第21話 外泊
まずは『おためし』から――と、つきあいはじめたのはいいが、
映画を観に行ったり遊園地に行ったり、お弁当を持ってピクニックに行ったり、学生らしく図書館で勉強したり。夏にはクラスの友人たちも一緒に海に行ったり、花火大会に出かけたり。
クリスマス、バレンタイン、ホワイトデー。それからおたがいの誕生日。カップルにとって重要なイベントもひととおり経験した。
楽しかった。
忍の気持ちとしてはそのひとことだ。おおきな衝突もなかったし、さっぱりした愛の性格もつきあいやすくて居心地がよかった。
ただ、それが恋愛感情だったのか――といえば、少しちがっていたような気がする。
好きで会いたくてたまらないとか。
会えないときも彼女のことばかり考えてしまうとか。
ほかの男子となかよくしているのを見て嫉妬してしまうとか。
恋愛していればふつうにあるらしいことが、ほとんど……いや、正直にいおう。まったくなかった――のだ。
忍が頭を悩ますのはたいてい
そのせいで愛がどれほどがまんしていたのか。笑顔の裏でどれほどさみしい思いをしていたのか。これっぽっちも考えたことがなかった。いや――気づいてすらいなかったのだから、それ以前の問題だ。
いくらおなじ場所でおなじ時間を過ごしていても、忍は愛とまともに向きあっていなかった。彼女をちゃんと見ていなかった。忍がそう気がついたのは、なにもかもおわったあとのことだ。このころはまだ、愛の気持ちなど考えもせずに『順調』だと思っていたのだから、まったくおめでたい話である。
そして――
つきあって一年半ほどたったころ。
その日、愛の二度目の誕生日を迎え、ちょうど日曜だったので、以前から彼女が行きたがっていたテーマパークに出かけた。電車とバスで片道約三時間。早朝から出かけてちょっとした旅行気分でたどりついたそこは、花と森をテーマにした遊園地とアスレチックと植物園と――まる一日かけても到底まわりきれないくらい盛りだくさんのレジャー施設だった。
閉園時間の二十時ギリギリまで遊んで、電車に乗ったまではよかった。しかしまず、この電車がとまってしまった。数駅先で人身事故があったとかで三十分近くも停車していただろうか。この時点で、最寄り駅の終電にまにあうかどうかすでに微妙になっていた。なにしろ片道約三時間である。それでもまだ大丈夫だろうと思っていた。仮に最寄り駅まではたどりつけなくても、三つ手まえの駅まで行く終電なら十分まにあう。そのくらいの距離なら、家から車で迎えにきてもらうこともできると思っていたからだ。
しかし――
どうにか最初の乗り換え駅についたとき目にしたのは『全線運転見合わせ』という看板で、でかでかと書かれていたのは、送電線のトラブルで復旧の見こみはたっていない――という無情なお知らせだった。
そう……そこは最初の乗り換え駅なのである。地元にもどるにはこのあとさらにもう一回乗り換えなければならないのだ。
駅の外はやはり帰宅困難者であふれかえっていた。バス停もタクシー乗り場も、人、人、人で。息苦しいほどにピリピリイライラした空気が満ちるなか。
「すっごいねー。こんなトラブルがかさなるなんて。なんかの呪いかな」
あせるでも不機嫌になるでもなく、愛はあっけらかんと笑っていた。
当時はホッとするだけでそんなこと考えもしなかったけれど、こういうトラブルに直面しても笑いとばしてくれる愛に、きっと忍は何度もたすけられてきた。このときだって、彼女が笑っていてくれたから、忍も落ちついて行動できたのだ。
*‐*‐*‐*‐*
『あらぁー。じゃあ、今日はお泊りなのね。あんたのことは信じてるけど。避妊だけはちゃんとしなさいね? 傷つくのは女の子なんだから』
「……母さん、話聞いてた? お泊りじゃないし、そういう話じゃないからね?」
『あら、そうなの? それは残念』
電話の向こうでのほほんと笑う忍の母は――なんというか、非常におおらかな人であった。
しかし散々遊びつくしての帰り道である。そもそもホテルに泊まれるような
誕生日が少々残念な締めになってしまったわけだが、これはこれでいい思い出になると愛はやっぱり笑っていた。
そのときまで一緒にカラオケに行く機会がなかったため、彼女の
そうして、ふたりで歌ったり話したりウトウトしたりしているうちに朝になり、電車も無事に動きだした。
さすがに疲れていたけれど、家には連絡もしていたし事情が事情だった(わりとおおきなニュースになっていた)ので、どちらの両親からも特に怒られるようなこともなく、学校を一日休んだだけでおわった。
なにも、問題はなかった。
その翌日から、紗菜子があからさまに忍を避けるようになったこと以外は。
(つづく)
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