第23話 楽しい女子会

「どうもー、お世話になります。あ、これ、うちの親からお土産のケーキ」

 直実の差し出したケーキの箱を、宮子は礼を言って受け取る。鳥居の前で一礼してから境内に入ると、直実が興味深そうに言った。

「ちゃんとお辞儀するんだね」

「小さいころからの癖なんだ。変かな」

「変じゃないよ。信じるって、美しいもん」

 砂利を踏む音を響かせながら境内を歩く。神社前の門は閉めてあるので、白塀の右隅にある自宅用通用口から入る。


「どうぞ」

 引き戸をガラガラと鳴らして玄関を開け、直実を招き入れる。早速、鈴子がやってきた。「こんにちは! 柏木鈴子ですっ」

 大きくお辞儀をする鈴子に、直実も笑ってお辞儀を返す。

「お姉ちゃんの友達の、菱田直実です。よろしくね」

 鈴子が満面の笑顔で、「スリッパどうぞ、スリッパ」と来客用のスリッパを並べる。直実が礼を言うと、鈴子は歯を見せて笑った。

 居間に移動すると、鈴子が早速ピザのチラシを持ってきた。

「直実姉ちゃんは、どのピザがいい?」

 直実も鈴子のテンションに乗って、あれがおいしそう、こっちも捨てがたいとはしゃぐ。話し合いの結果、スペシャルミックスと明太子チーズを注文した。


 ピザが来る前に、と宮子は炊き上がった御飯を白い平皿によそい、御霊舎みたまやに供えた。直実が神殿を見たいというので、神社への渡り廊下を案内する。

 社務所を通り、電気を点けて神殿に入る。宮子は板張りの神殿で正座をし、二礼二拍手一礼した。左横にある、亡くなった方を祀る祖霊舎にも、同様の作法をする。

「すごいね。ホントに神社だね。和太鼓とか普通にあるし。なんか奈良時代みたいな模様の布がかかってる」

 神殿前には、邪気をはねのけるという朽木模様の布がかかり、衝立には三種の神器を模した鏡、剣、勾玉を吊してある。宮子にとっては見慣れた光景だが、やはり普通の人には珍しいだろう。いろいろと説明したいが、神殿には神様がいらっしゃるので緊張する。

 宮子は早々に部屋を出て、自宅へ戻ろうとした。電話の音がかすかに聞こえる。鈴子が出たらしく、「鳥居をくぐった先の、塀の右隅にある扉から入ってください」と言っている。ピザの宅配が来たのだろう。


 自宅側に戻ると、ちょうど玄関にピザが届いた。財布を取ってきて、会計を済ませる。

「お姉ちゃん、早く早く」

 鈴子に急かされて台所に戻ると、すでにピザもチキンも並べられていた。脂っぽい食事に、コーラやウーロン茶のペットボトルが並ぶ食卓は、なんだか新鮮だ。

「チキンって、どの部分が入ってるか、当たり外れがあるんだよね」

 直実の言葉に、鈴子はチキンを順番に指さし、これはどの部分かいちいち聞いている。食事中のおしゃべりも、柏木家では禁止されていることだ。社交的な鈴子には、無口な父やおとなしい宮子との生活は、窮屈なのかもしれない。


 直実と鈴子はすっかり打ち解け、学校のことやテレビのことを話しながら食事を終えた。机の上を片付け、直実にもらったケーキと紅茶を出す。

「うちって、御飯のときはしゃべらない不文律があるんだ。だから、こうしておしゃべりしながら食べるのって、新鮮でいいね。直ちゃんちは、いつもお父さんやお母さんと話しながら食べるの?」

「仕事が早終わりのときはね。大抵、お父さんがおもしろい話をして笑わせてる。黙って食べるのって、つらくない?」

「慣れたかな。食べることだけに集中して、食べ物への感謝を実感した方がいいって、お父さんの考えなの。直ちゃんちが、ちょっと羨ましい」

 私も羨ましい! と鈴子も同調する。直実は紅茶を飲み干して、カップを置いた。

「ま、お父さんの教えは正論じゃん。それに、よく物語であるじゃない。お互いの境遇が羨ましいから何日か交換してみたら、やっぱり元通りの方がいいと実感するって。たぶん、宮ちゃんも鈴子ちゃんも、自分のお父さんがいちばんなんだよ」


 三人で協力して片付けをした後、花札で遊んだ。昔の遊びが珍しいらしく、直実もお菓子を賭けて、真剣に勝負している。

 途中、父から電話があった。心配しているようだったが、問題ないから大丈夫、と答えておいた。窓を開けて外を見ると、満月が高い位置に昇っている。宮子はもう一度戸締まりを確認して回った。


 気がつくと、もう十時前だった。さすがに鈴子はうとうとしている。風呂に湯を張り、先に直実に入ってもらう。その間に座敷で布団の準備をする。念のため、三人一緒にいる方がいいだろう。

 風呂からあがった直実が座敷に戻ってきた。

「窓の外で何かがコソコソ動いてるからビックリしたけど、猫か何かだったみたい」

 直実の言葉に一瞬どきりとしたが、あれは境内に入ってこられないはずだ。たぶん、隣の家の猫だろう。大丈夫、大丈夫と宮子は自分に言い聞かせた。

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