第6話 光の粒と、闇の記憶
どう声をかけようか迷っていると、沙耶が振り向いて笑った。
「じゃあさ、今日は、近場で遊ぼう。宮子のお気に入りの場所に連れていってよ」
沙耶の笑顔は、口が大きいからか、とても嬉しそうでつらいことなどないように見えてしまう。
「どこかあるでしょ。昔、基地とか作らなかった?」
小さいころは、お気に入りの洞穴を秘密基地と名付けて、一人で遊んだものだ。男の子たちに占領されてからは、行かなくなった。こう暑くてはみんな、家でゲームでもしているだろう。今なら、誰もいないかもしれない。
「よし、秘密基地に行こう!」
沙耶が宮子の手をとり、エイエイオーと天に掲げる。二人は手をつなぎ、秘密基地へと向かった。
坂道を上り、畑の横から山道に入る。人ひとりが通れるくらいの細さで、土と同化しかけた枯れ葉が両脇に積もっている。
「この山って、立ち入り禁止じゃなかったっけ?」
「奥へは、お祓い所に申し込まないと入れないけど、途中までなら大丈夫なんだ」
太陽の光が木々にさえぎられた道を、カサカサと足音を立てながら歩く。角を曲がると、硬い岩肌に開いた洞穴に着いた。
「ここ。ひんやりしてて、なんだか落ち着くんだ」
入り口は、少しかがめば十分入れる高さだ。沙耶も恐る恐る、後からついてくる。
「わあ、洞穴って、初めて入る。無人島の洞窟で暮らすお話があったじゃん。あれを思い出すなぁ」
「じゃあ、今からここは無人島の洞窟で、私たちの住み処ね。この明るいところが居間で、奥のくぼみがベッド」
「へー、ベッドまであるんだ。どれどれ」
沙耶が、横穴に入り込む。
「んー、二人だとちょっと狭いかな。宮子もおいでよ」
手探りで横穴を確認し、体を滑り込ませる。沙耶の隣に膝を抱えて座ると、ちょうど穴がいっぱいになった。
「やっぱり、ベッドにするには狭いね」
光の入らない横穴は暗く、沙耶の輪郭がうっすらとしか見えない。
「ねえ。サーヤは、暗いところで光の粒が見えたりする?」
「光の粒?」
「うん。私ね、暗いところだと、いろんな色の光の粒が見えるんだ。でね、それを自分の思い通りの形に動かせるの。たとえば、赤い粒をバラの花にしたり、白い光で羊を作ったり。……私って、おかしいのかな」
沙耶の表情は見えないが、拒絶するような雰囲気は感じられない。
「ううん、おかしくないよ。私も、ちょっとは見えるから」
「ホント?」
宮子は沙耶の肩へ頭をもたせかけた。
「すっごい嬉しい。今まで、馬鹿にされたことしかなかったから」
宮子が幼稚園児のころ、遮光カーテンで真っ暗になったときに、隣の子に「ほら、獅子舞だよ」と言って、光で獅子舞を作って見せた。けれども、その子は「うわ、こいつ、頭おかしい」と吐き捨てただけだった。小学一年生のときも、テレビ授業で真っ暗になったときに、鳩の大群を作って教室の中をぐるぐる回らせてみたが、誰も気づかなかった。
鈴子でさえ、光の粒は見えない。父には、なんとなく聞いてはいけない気がして、試していない。今までで、これが見えたのは、死んだ母だけだった。花や動物を作って遊んでいると、「かわいいね」と笑ってくれた。
宮子は黄色い粒を集めて星を作り、沙耶の方へ飛ばした。
「あ、流れ星発見」
やはり、沙耶には見えているのだ。ようやく、自分のことをわかってくれる友達ができた。
今度はケーキを作ってみる。立体感を出すのが難しいのだ。
「あ、イチゴショート。食べちゃえ。……うわ、苦い。宮子、光の粒って苦いよ」
沙耶がくすくすと笑う。
「よし、とっておきのを見せちゃう」
宮子は、イギリスの近衛兵の連隊を作った。黒い光はないから、大きな帽子は藍色だ。ちゃんと足を左右交互に動かしながら、足並みをそろえて行進させる。
「すごい、隊列を崩さずに歩いてる。こんな技ができるなんて、やっぱり宮子は強いね」
沙耶の手が、宮子の首に触れた。夏だというのに、冷たい指だ。暗いから、腕と間違えているのだろう。
「ずっと、気味悪がられたり遠巻きにされたりで、寂しかったんだ。サーヤが友達になってくれて、ホントに嬉しい」
沙耶の指に力が入った。血がのぼり、頭の芯が締め付けられる。
「苦しい」と言う間もなく、宮子の意識は薄れ、暗闇に同化した。
気がつくと、宮子はどこかのアパートの部屋を、天井から見下ろしていた。
台所で、沙耶がラーメンを作っている。流しには、空袋が二つ。菜箸で鍋をかき混ぜている姿を、後ろから誰かがじっと見ている。水色のワンピースから伸びる素足、ウエストから腰にかけての曲線、ポニーテールのうなじにうっすらと浮かぶ汗。舐めるような視線が、彼女を観察している。火を止めて調味料を入れようとしている沙耶に、誰かが近づく。
──サーヤ、逃げて!
視線の主は、動物を捕獲するように沙耶を後ろから抱きしめた。沙耶が、大声をあげて暴れだす。男は沙耶を床に押し倒し、口をふさごうとした。
「やめて、お義父さん!」
沙耶のものか自分のものかわからない悲鳴で、宮子は目が覚めた。視界は真っ暗で、洞窟の中にいたのだったと思い直す。
沙耶の指は、すでに離れていた。服の中の勾玉が、熱を持っている。光でできた近衛兵は、粉々に砕け散っていた。
「サーヤ、今の……」
まだ少し血のめぐりが悪い頭で、先ほどの夢を思い返す。正夢だったとして、沙耶にどう声をかければいいのか。触れない方がいいのだろうか。迷っていると、沙耶は突然腰を浮かし、横穴から這い出した。
「……あたし、実は、暗くて狭いところが苦手なの」
宮子も、慌てて後に続く。
「早く言ってくれればいいのに」
暗いところに慣れた目には、洞穴の外はまぶしすぎる。積もった枯れ葉や木々ばかりが広がっていて、遭難でもしたみたいに不安になってくる。
「そろそろ、戻ろうか」
近道だからと、神社の境内を横切ろうとすると、沙耶が嫌がった。不思議に思いながらも、民家側の坂道を下りる。なんとなく気まずくて、会話が途切れる。沈黙に耐えきれず、宮子は話題を探した。
「あの神社、三諸神社っていうんだけど、御山が御神体なんだよ。うちの神社とは、親子みたいなものかな。神社って、死を穢れととらえるから、普通は氏子さんでもお葬式はお寺にお願いするの。でも、大きな神社は、死者を祀る別院を持ってるの。その一つが、うちの三諸教本院なんだ」
「……人間、誰でも死ぬのに、死んだら『穢れ』として忌み嫌うなんて、ひどい話だと思わない?」
沙耶の顔に、いつもの笑顔はない。言葉を失った宮子は、うつむいたまま歩き続けた。
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