第8話 人は死んだらどこへ行くの?

 どうすればいいのか、いくら考えても答えが出ない。。

 考えるのを諦め、宮子は階段を下りて洗面所へ向かった。、居間から鈴子の笑い声が聞こえる。

「でねでね、鈴子はレイナ艦長が好きなの」

 寛太に、お気に入りのアニメを観せている。派手な音楽と、ミサイル発射の効果音が鳴り響く。あの無表情な寛太に話しかけるなんて、鈴子の無邪気さも大したものだ。感心しながら覗いてみると、意外にも寛太が食い入るようにテレビを観ている。先ほどまでと違い、いきいきとした小学生の表情だ。

「よし、がんばれ連邦!」

 宇宙船の戦いを、本気で応援している。作りごとの、物語の世界なのに。

 ──あんな顔するんだ。実は、わりといい奴なのかな。

 母親が亡くなり、父親と離れて行者の世界に入ろうとしているのだ。普段は、気が張っているに違いない。宮子と同じ、小学六年生なのに。


 洗面所で顔を洗う。目が充血していないか鏡でチェックし、ついでに髪も整える。首の指痕がまだ消えていないので、タオルを巻いて隠す。

 わざと足音を立てて居間に入ると、テレビではアニメのエンディングが流れていた。寛太と鈴子が並んで座っている。

「で、連邦と帝国の戦いは、どうなるんだよ」

「それは、来週のお楽しみー」

「まじかよ。続きが気になって修行にならないじゃん」

 寛太の残念そうな顔に、鈴子が笑い声をあげる。

「じゃあ、ちゃんと録画しといてあげる。夏の修行が終わったら、観に来てよ」

「やった! 約束だぜ」

「うん。指きりげんまん、ね」

 鈴子が差し出した小指に、ためらいもせず、寛太が自分の小指を絡めて指切りをしている。


 隣の台所から、炊飯器のメロディが聞こえてくる。

「お、炊けたか」

 寛太が立ち上がる。宮子と目が合うと、気まずそうに「よう」と手を上げた。

「炊飯器、勝手に借りたぞ。握り飯作るから、深めの皿を貸してくれないか」

「うん」

 宮子は、深めの皿に塩と水を入れ、テーブルに置いた。茶碗とまな板も、その横に並べる。寛太は、白衣の袖を少しまくって手を洗い、ビニール袋から保存容器を取り出した。中身は梅干しだ。

「ラップでもアルミホイルでも、使ってくれていいよ」

 しゃもじを水に濡らして、寛太に渡す。

「サンキュー」

 寛太は、御飯を茶碗によそい、真ん中に梅干しを入れた。手を塩水で濡らし、茶碗の中身を掌に移す。手慣れた様子で、御飯の塊を三角形に整えていく。まだ熱いはずなのに、表情ひとつ変えない。

「上手だね。私も手伝おうか?」

「気持ちだけもらっとく。これも、修行のうちだから」

 二つ、三つと握り、まな板の上に置く。五つ握り終えると、寛太はいったん手を洗い、ラップで握り飯を包み始めた。それをさらに風呂敷で包み、対角線同士をくくる。ちゃんと皿とまな板を流しで洗い、水きりの中に入れている。炊飯器の内釜も洗おうとしたので、宮子が止めた。

「まだ熱いよ。冷めてから洗うんで、そのままにしといて」

「そっか。釜が痛むんだっけ。じゃあ、頼む」


 白衣の袖を正している寛太に、宮子は声をかけた。

「ねえ。……もし、友達が、本当は行かなきゃいけないところがあるのに、行かずにいるとしたら、どうするのがいちばんいいと思う?」

 わかりすぎるたとえ話だが、考えている余裕など宮子にはない。間髪を入れずに、寛太が答える。

「行かなきゃいけないなら、行かせるべきだろう」

「そこが、もしかしたら、あんまりいいところじゃないとしても?」

「あんまりいいところじゃないと判断するのは、本人であって、周りじゃない。それに、最終的に本人のためになるだろう道を勧めるのが、友達の役目だ」


 父が似たようなことを言っていた。寛太の父親が、息子を内弟子に出すのを承諾したと聞いたときだ。父親が自分を手放したのは、将来のことを考えてくれているからだと、寛太は自らに言い聞かせているのかもしれない。

「本人を、どう説得したらいいかしら」

 寛太が初めて言い淀む。

「それは……難しいな。相手の性格にもよるし。管長さんに任せるのが、いちばんいいと思う」

 風呂敷を持って出て行きかけた寛太が、振り返って言う。

「おい、無茶はするなよ。守るべき人が誰なのかを、ちゃんと頭に入れておけ」

 玄関へ向かう寛太を、鈴子が手を振って見送っている。寛太が言う「守るべき人」とは、妹である鈴子のことだろう。もちろん、宮子もそんなことは百も承知だ。けれども、沙耶のことも守りたいのだ。



 夕食の支度が出来たので父を探していると、庭で寛太と棚を作っていた。

「わ、管長さん、この電動ネジ巻き、すごいですね」

「だろう? 娘たちはこういうのに興味がなくてな。こっちも締めてくれるか」

 一瞬でネジが締まることが嬉しいのか、寛太が歓声をあげる。男同士で楽しそうにしているのが、少しうらやましい。棚が完成したところで、宮子は声をかけた。

 今日は玄斎が留守なので、寛太も一緒に食卓についてもらう。僧であっても「自分のために殺されたものの肉」でなければ食べていいので、ハンバーグにした。

 父が食前の柏手を打つ。宮子と鈴子も手を合わせる。寛太は合掌して何かの偈文を唱えていた。

 柏木家では、基本的に食事中は会話をしない。食べ物への感謝を実感できるよう、食べることに集中する、という父の教えなのだ。

 寛太も同じ習慣らしく、黙々と食事をしている。歳の割に食べ方がきれいで、一つひとつの動作がとても丁寧だ。食べ物を咀嚼し、呑み込んでから、次のおかずに箸を伸ばす。動作をきちんと意識しているのが見て取れる。神道もそうだが、仏教では食事も修行の一環であることを思い出す。

 食事を終え、後片付けをする。寛太が手伝いを申し出たが、これは私の仕事だからと辞退した。一緒に皿洗いをするのは、なんだか照れくさい。鈴子が寛太を居間へと引っ張っていく。またアニメでも観せるのだろう。


 片付けを終えてゴミを捨てに行くと、神殿に明かりが点いている。今なら、父一人だけだろう。宮子は急いで手を洗い、神殿へ向かった。

「お父さん。聞きたいことがあるの」

 父が、持っていた供物を机に置き、畳に座る。宮子も向かいに座る。

「なんだい」

「人は……死んだら、どこへ行くの?」

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