第14話 再会、そして
大丈夫よ、と言おうとして、宮子は言葉を呑み込んだ。
確かに、死んだはずの沙耶が会いに来たら、母親は自分が恨まれていると思い込み、怯えるだろう。
躊躇していると、寛太がこちらに来た。
「水野奈保さん、だったよな」
沙耶が、小さくうなずく。
「六人部屋だけど、二人は寝ているし、三人は留守だ。今のうちに」
しかし、沙耶は力なく座り込んでしまった。
「いい。やっぱり、いいよ。ママに嫌われたくない。幽霊だ! って怖がられるのは、いや」
そうだ、母親が沙耶を怖がったのは、「幽霊」だったからだ。沙耶を知覚できたということは、母親はある程度「見える人」なのだろう。それならば。
「サーヤ、私に任せて。お母さん、絶対に怖がらないから」
不安げに見上げる沙耶に、宮子は計画を話した。
沙耶の母親は、区切り用のカーテンを足首のあたりまで閉めて、窓際のベッドに寝ていた。頬がやつれたその女性は、目袋と、ぽってりした唇が、沙耶によく似ている。宮子は部屋の電気を消し、ベッドの脇に座り込んだ。
寛太が窓際まで静かに進み、そっと遮光カーテンを閉める。廊下から光は漏れるが、かなり薄暗くなった。
沙耶が入ってくる。ベッドの正面に立ち、母親の寝顔を見つめる。
「ママ」
沙耶が声をかける。母親の瞼が動き、ゆっくりと開く。
宮子は全神経を集中させて、光の粒を集めた。
母親が、はっと息をのむ音が聞こえた。
ベッドの向こうに立つ沙耶に、目を奪われているのだろう。純白に輝く羽を背中に生やし、頭に金色の輪をつけた姿に。
「沙耶……」
こっそりと、沙耶の母をのぞき見る。その表情は、怖がってはいない。
沙耶の背後から、金色の光が放射状に放たれて、さらに神々しさを増す。そこまではデコレーションしていないのに、と思っていると、ベッドの反対側で寛太が印を結んでいる。宮子も負けじと翼を広げ、沙耶を美しく飾り立てる。
沙耶の母親の目から、涙がこぼれ落ちる。彼女は起き上がり、額を擦りつけるようにして頭を下げた。
「ごめん、ごめんね。こんなママで、ごめん」
泣きながら詫び続ける母親を、沙耶はしばらく見下ろしていた。その表情が、さまざまに変わる。
大人びた顔で目を閉じた沙耶は、穏やかに告げた。
「もういいよ、ママ」
顔をあげた母親に、沙耶が寂しそうに微笑む。母親はギプスのはまった右足を庇いながら、おずおずと近づいて沙耶へと腕を伸ばした。
「沙耶」
母親は、ためらうことなく沙耶を抱きしめた。何度もお互いを呼び、泣きながら抱き合う。
そんな二人をはさんで、宮子と寛太は顔を見合わせ小さくうなずいた。
やがて、母親は睡眠薬でも飲んだかのように眠りだした。
「怪我平癒の簡単な加持をした。敏感な人は眠気を感じるから、寝ているだけだ。心配ない」
沙耶が、こくりとうなずく。
「ありがとう、二人とも。これで、思い残すこと、ない」
沙耶が体をびくりとさせ、呆けたように虚空を見つめる。
「サーヤ、大丈夫?」
「ん……。上に行きたい。行かなきゃ」
「上? 上って……」
突然、沙耶が我に返って走りだした。先ほどまでの弱々しさが嘘のようなしっかりした足取りで、病室を飛び出す。宮子と寛太も慌てて後を追った。
「何? サーヤ、どうしたの?」
寛太が横に並び、息ひとつ乱さずに言う。
「帰天だ。思い残すことがなくなったから、行くべき場所へ行こうとしているんだ」
階段を駆け上がっていった沙耶に続いて、屋上への扉を開ける。強風にはためく洗濯物をかき分けて進むと、沙耶が空の一点を見つめて立ち尽くしていた。
視線の先を追うと、曇天の中にひとつだけ、低い位置に漂う白い雲があった。内側から、まばゆいばかりに光り輝いている。
「あそこに行きたい」
振り返った沙耶が、白い雲を指さす。
「管長さんを呼んでくる」
引き返そうとする寛太に、沙耶が首を振る。
「ううん、宮子に送って欲しい」
金剛杖を地面でコツンと鳴らし、寛太が言う。
「無理だ。集中力が養われていない素人がやるには、危険すぎる」
「やだ。宮子がいい。それに、もう時間がない」
沙耶の身体が、うっすらと透けて見える。光る雲も、風にあおられて、ふちの方がわずかに綻び始めている。
宮子は拳を握りしめ、心を決めた。
「私、やる。供養は心が大事なんだって、前にお父さんが言ってた。だったら、友達の私がうってつけじゃない。初めてできた友達を助けられないなんて、情けないもん」
宮子と沙耶を見比べて、寛太があきれたように言った。
「どうせ、止めてもやるんだろ? 危なっかしくて見てられないから、俺も手伝う。鈴子ちゃんの伝言を聞けば、管長さんが来てくださるから、それまでもたせよう」
三人は、人目に付かないよう屋上の隅に移動した。洗濯物がちょうど目隠しになってくれる。
「ようは、あの光る雲までサーヤを連れていけばいいんでしょ?」
「ああ。こいつを導くところを、具体的にイメージするんだ。はしごを作って登らせてもいいし、鳥に乗せて飛んでもいい。ただし、絶対に集中力を切らすなよ。少しでも雑念が入ると、術がほころんでしまうからな」
集中力、と自分に言い聞かせ、宮子はうなずいた。
「サーヤ、私、がんばる」
「ありがと。信じてるよ、宮子のこと」
沙耶の笑顔を、心に刻みつける。とうとうお別れなのだ。
すぐ隣で、寛太が
──集中しなきゃ。サーヤを無事に送るために。
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