第37話 歌詞
二週間後。
翔と氷上は、克己と優子との約束の時間より二時間早くスタジオに入って、実際に演奏しつつ歌詞を考えてみたものの、中々上手く行かなかった。メロディにあてられる言葉だけピックアップすればうまくハマっているように聞こえるが、全体を通して見てみると、歌詞の意味や、息継ぎのタイミングなど、まとまりがとれていない。
歌詞作りに集中していた翔と氷上は、克己と優子が部屋に入ってきたのに気づかなかった。
「言葉選びにセンスがある。流石だ。俺にはとてもこの言い回しはできない」
「いえ、奇をてらいすぎて伝わりづらくなってるような気がする。もっとストレートな言葉を使って」
「だとするとAメロ部分も変えなきゃな。サビのための伏線みたいになってるから」
「振り出しに戻ったわね」
「だな」
議論に一区切りついたところで、翔が、既に入室していた二人に気づいた。
「おわっ!? お前らもういたのか!? てかその下卑たニヤニヤ笑いを引っ込めろ」
「いやぁ、相変わらず仲のよろしゅうことでと思いましてなぁ、ゆうちゃんはん」
「そうどすなぁかっくんさん。って歌詞作りならわたしたちも混ぜてよ~ズルいよ~楽しそうだよ~」
「オレも興味あるっ! 熱い魂の台詞をぶち込むぜっ!」
やいのやいのと騒ぎ出す克己と優子。
「氷上がいいなら。俺はいいけど」
一瞬、悩むような素振りを見せた後、氷上は小さく頷いた。
「じゃあ、試しに全員で案を出しながらやってみましょうか」
その台詞をきっかけに四人で作詞をはじめること三〇分。
「時間の無駄だ。とりあえずコピー二曲と、歌詞無しバージョンでオリ曲練習すっぞ! 歌詞作りに関してはスタジオ終わりにまた考えっからとりあえず全員黙って楽器持てやぁ!」
翔のマイク越しの声により、マシンガンのごとく言い合いをしていた各々は、すごすごと己の定位置につき、楽器のセッティングへ移っていく。
我の強い四人が集まり、一つのものを作り上げる。
結末は、とんでもなく良いものができるか、あるいは意見と意見がぶつかり合ってバラバラになり、砕けて破綻するかのどちらかだ。
スタジオ練習が終わり、一同ファストフード店へ。
「克己、あそこにお前のアレンジでハイハット入れたの良かったな」
「その方が気持ちいいかなぁと思って」
「感覚肌タイプか。これからも自分の直感を信じてアレンジしてみるといい。だけど複雑にし過ぎて、つまり手数増やしすぎてコントロールできなくなるのはNGだ。ドラムはバンドの土台。リズムキープは前提条件。それを肝に命じておくように」
「おう!」
「次。優子。イントロのメロディライン、音が少なすぎるように感じる。音と音の間が間延びしてるって言うのかな。もっと密度高めてけ。イントロは曲に引き込む最重要ポイントの一つ。軽やかに、明るいイメージを想起させるように音のツブを増やすように」
「なんとなく伝わりました! 了解であります!」
「具体的なことで悩んだらまた連絡してくれ」
「ふぁい!」
「次。氷上。特に言うこと無し。個人的にはAメロのブリッジミュートの部分の音作り、もっと歪ませた方がいいと思うが、個人の趣向だからなんともいえん。あと、強いて挙げればCメロ前のソロ部分、もっと音量デカくしてもいいと思う。ブースターかなんかでな」
「どちらもエフェクターで解決するわね。次のスタジオまでにいくつか物色して導入してみるわ。オーバードライブしか持ってないから、Aメロ部分はディストーション、ソロ部分はクリーンブースター、あとシンセがあるもののギター一本でバンドサウンドが若干薄いんじゃないかって感じてたからコーラスやディレイの空間系も試してみることにする」
「ナイスだ。演奏中に踏み分けるのは慣れが必要だから早めに購入するといい。以上だ」
パチパチパチと、なぜか克己と優子から拍手が上がる。
「翔すげぇよ! めちゃバンドっぽい!」
「キレてるね~キレキレだねぇ~向かうところ敵無しって感じだね~」
「うっせえバカども。なんとかバンドの体裁整えようと必死なんだよ。どうせやるなら、ちゃんとやりたいだろう。高校生活最後の思い出になるかもしれないんだから」
「翔、オレと同じようなこと言ってる! やっと分かってくれたか!」
「嘘マジで!? あぁ確かにそんなようなこと言ってたなうわぁいつの間にかリア充思想に染まってしまった! 俺がリア充思想に染まっても本物のリア充になれるはずもなくイキッた陰キャ、いいとこキョロ充だというのにあああああ!」
そんな風に騒いでいたところで、氷上が皆に聞こえるよう大きめの咳払いを放つ。
そこで、周りからの、うるせえ静かにしろ学生ども的な視線に気づき、瞬時に黙る三人。
「で、結局歌詞の件はどうするの?」
水を向けられた翔はコーラを一口飲んでから、一同を見渡し、氷上の問いに応えた。
「歌詞は氷上に一任する。この中で一番良い詩を書けるのは、きっと、氷上だ」
氷上はポーカーフェイスを保ちながら、僅かに目を見開いた。
克己と優子はうんうんと、納得したと言わんばかりに頷く。
「それがいいなっ! 氷上さんってめちゃくちゃ良い歌詞書きそうな気がするもんなっ!」
「分かる! あと個人的な興味もある! 氷上さんがどんな歌詞書くのか楽しみ!」
氷上がかつて、歌詞の賞をとったことをこの二人は知らない。それでも二人は氷上が一人で歌詞を書くことを全肯定した。そう思わせるだけの何かが、氷上にはあるのだろう。
「任されたわ。文化祭までには必ず完成させるから」
氷上はすました顔でそう言う。
文化祭までに、というのは、ギリギリまでかかるということ。
翔は、今後手伝いをしないという意味で、一任するという言葉を選んだ。氷上はきっとそれを汲み取ってくれたのだ。
俺は作曲、編曲でオリジナル曲を整える。最後に命を吹き込むのは氷上だ。頼んだぞ。
翔はそんなことを、心中で呟いた。
九月の終わり頃。
翔は目覚ましの音で目を覚ました。
雲行きが怪しく、登校中に雨が降り出しそうだな、と窓の外を見やった翔の耳に、メッセージ受信の報せが届く。まだ眠気が残っているため、のろのろとゆっくりスマホに手を伸ばす。
確認すると、氷上からだった。
氷上:ごめんなさい。文化祭でバンドしようとしていること、母親に知られてしまったの。だから、もう、できない。バンド、抜けさせてもらうわ。姿月くんや鞠谷さんにもあなたから伝えて欲しい。こんな中途半端に終わってしまって私自身心苦しいのだけれど、仕方ないことなの。身勝手なのは重々承知している。本当に、ごめんなさい。さようなら。
瞬時に消え去る眠気。
しかし眠気が消え去ったところで、翔の脳味噌はまともに働いてはくれなかった。
部屋を出て階段を降り、母親が作っておいてくれていた朝食を克己と食べ、身支度を整え、駅までは克己と歩き、乗り込む車両は別にして、人もまばらな車内に腰を降ろし、習慣からまずスマホが受信したメッセージ一覧をチェックすべくスマホのロックを外し、一番に飛び込んできた氷上からのメールを再び見て、ようやく翔は文言にまともに目を通すことができた。
あっけない幕切れ。たった数行のメールで、全てが溶けた。
仕方ないこと。それはそうかもしれない。氷上の母親はとても厳しい人物で、バンドなんて不良がやるものだというイメージを持っていると、以前、聞いた。
どうする。今から代役を探すか? 難しい。ライブまで残り一ヶ月なんだ。すぐ見つかったとしても、練習時間が圧倒的に足りていない。
何より、氷上以外の人間とやりたがらないだろう。優子も、克己も……自分も。
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