第41話 団結

「余韻がぬけねええええ」


 克己がファストフード店のテーブルに突っ伏し、脱力している。


「ほえ~心に~心に春風が吹き抜ける~」


 優子は僅かに顔を上げ、目線を宙空に固定して何事か呟いていた。


「…………」


 翔は、オリジナル曲の練習後、スタジオを出てからファストフード店に入り、注文してハンバーガーセットが届いた、今の今までただの一度も口を開かず、腕を組んだまま押し黙っている。眉間にはしわが寄り、身体全体が微かに震えていた。

 全滅しているバンドメンバーの中で、一人だけ正気を保ちつつ小さくなっているのは氷上。


「まだ、誰からも感想聞いていないのだけど……」


 氷上が不安げにそんなことを言う。真っ先に反応したのは克己だった。


「流々風の真っ直ぐな気持ちっつーか、なんてーのかな、芯、じゃなくて、ああーなんだろう素直な気持ちみたいなのが伝わってきて、色々共感できて、昔のこととか今のこととかこれからの未来とか頭の中がごちゃごちゃになって、最後はスッとそれらが洗い流されるような、とにかくめちゃ良かった!」


 つばを飛ばす勢いでテーブルに身を乗り出し、熱く語る克己。


「ありがとう。必死に言葉にしようと頑張ってくれたのは伝わったわ。あと褒めてくれてることも」

「風が吹き抜けた。わたしの胸に。そう、流々風ちゃんの名前のように。わたしは草原にいた。確かにいたの。歩きだそうとして、やめて。そんなことを繰り返して。でも、風が私の背を押してくれたの。最初の一歩を踏みだして、それからステップ、走り出して、最後は風に乗って空の中へ――――」


 優子は焦点の定まらない瞳のまま話し、終わりに胸を押さえてテーブルに倒れ込んだ。


「優子が想像力豊かなのは分かったわ。あと褒めてくれてることも」

「…………」          


 翔は我関せず。全員から視線が集中しようがおかまいなしに瞑目している。


「翔。あなたいつまでそうしているつもり?」

「…………」

「え、ちょ、泣いてるの!?」


 翔はまるでマンガのキャラのように、目を閉じたまま目尻から涙を一筋流した。


「素晴らしい……素晴らしかった……今の俺に歌詞の内容がぶっささって……シンプルな歌詞。直球で届いた……まだ、噛みしめさせてくれ……」


 克己と優子は生温かい目で翔を眺める。少しして目線を氷上に移した二人は、驚愕した。

 氷上が目を伏せ、スカートをギュッと握りこみながら、小さく震えていた。頬に朱を注ぎながら。

 克己と優子はますます笑みを柔らかくして翔と氷上を同時に鑑賞するのだった。

 翔が現世に戻ってきて、思わず涙を流してしまったことに対し克己と優子が散々イジった後、普段の空気感で雑談を再開する。


「にしても、流々風が急にやめるとか言い出した時は驚いたよな。翔が連れ戻してくれてよかったぜ」

「それさぁ、わたし、知らされてなかったんだよ!? ヒドくない!?」


 優子が若干涙目になりながら一同を非難する。氷上と翔が特に申し訳なさそうに縮こまった。


「その節は本当に申し訳ないと思っているわ」

「むぅ~、わたしだけ蚊帳の外~。ま、でも無事このメンバーでライブできるならいっか!」

「美徳だと思うわ。あなたのその深く考え過ぎない能天気なところ」

「それ褒めてないでしょ!」

「美徳だって言ってるでしょ」


 二人がここまで親しく、ころころと笑い合う姿を見ることができるなんて、と翔は密かに感動していた。

 二人のやりとりがおさまったところで、克己が話を戻す。


「流々風の母ちゃんってすっごく厳しいんだろ? それを気合いで突破するたぁ、流々風は根性あんな! オレも見習わねえと」


 後半は失速し、自分に言い聞かせるように呟く克己。


「氷上はよくやったと思う。すげえよ。自分の殻を破ることは、中々できるもんじゃない」


 翔も素直に氷上を褒める。

 全員から持ち上げられる中、はじめこそ恥ずかしそうにもじもじしていたが、やがて、表情に影がさす。


「改めて謝らせてちょうだい。誰にも相談せず、勝手にやめるだなんて言って、ごめんなさい。それも、逃げるように、メールだけで伝えてしまったことも。翔に発破をかけられなかったら、私、一生後悔していたと思う」

「だってよ、翔! お手柄だな、リーダー」


 茶化すように克己が肘で翔のわき腹を突いた。

 湿っぽい空気を吹き飛ばすのはいつだって克己だ。


「本当、お手柄だよねっ。結局、最後に流々風ちゃんを動かしたのは翔くんだし」

「それな! いや~感動したよあの時の二人のやりとり!」

「ね! あんなに密着して座りながら笑顔を交換し合うシーン、わたし、ドキドキしちゃったよ!」


 盛り上がる二人を、翔と流々風は半眼でねめつけた。


「あなたたち、その話、詳しく聞かせてもらいたいのだけど」

「あの時幻聴だと錯覚した声、お前らだったんだな! おかげで変な空気になりかけたんだぞ!」


 冷たく怒る流々風。分かりやすく憤慨する翔。


「べ、別に盗み聞きするつもりはなかったんだ! 最初は! ゆうちゃんが会場の下見したいっつうもんで体育館まで案内しょうとしてたら流々風を見つけて、声かけようと思ったけどすげえシリアスな顔してまっすぐ体育館裏向かうもんだから出遅れて……」

「そうそう! 隠れながらかっくんに流々風ちゃんがバンド辞めようとしてるって聞いて、もし翔くんが説得に失敗したら、その時はわたしたちが、ってスタンバってたんだよ!」


 必死に弁明する二人。悪気は無かったのが伝わったのか、流々風と翔は脱力して深くソファに腰をうずめた。

 翔は仕切りなおすようにかぶりを振って、会話の流れを戻す。


「きっかけさえあれば、氷上はいつだって、母親とぶつかれたさ。うちの高校決める時、既に母親の要望はねのけてるんだから。それに、俺に、氷上を説得するよう焚きつけたのは克己だ」

「ちょ、そういうのバラさなくていいから! ダセェから!」


 克己が慌てて手をわちゃわちゃさせる。


「ありがとう、克己。私、三人のおかげで、今ここにいられるのね。……明日のライブ、成功させたい」


 絞るように声を発する氷上。それに同調するように、翔、克己、優子の表情が引き締まる。


「ぜってえ成功させっぞ。サクラは任せろ! バスケ部のやつらに集客盛り上げその他頼んである!」


 そこはやっぱり純粋に音楽だけで観客を沸かせる! と言いたいところだが、会場のテンションを上げるには火付け役が必要だ。プロならまだしも俺たちは素人。盛り上がった方が演奏にも良い影響が出る。克己が手を回してくれたことに感謝すべきだろう。


「わたしも、友達沢山呼んでくるからね~。ふっふっふ、みんなわたしと違って本物のお嬢様だよ! 男性諸君、喜びたまえ~」

「はっはっは、そりゃいい! うちの部活の野郎どもは女子に飢えてるからな。女の子紹介しろ紹介しろってうるさいんだ。この機会を利用しない手はない」


 こういう仲間想いなところが好かれるんだろうな、と翔は思った。


「お嬢様、か。二次元においては強力な属性の一つだ。ファンタジーものだと大体一キャラ出てくるな」

「翔。あなたはどこまで残念なの。そこは男子らしく健全に鼻の下でも伸ばしてなさい」


 鼻の下伸ばしたら伸ばしたで怒られそうな気が……。

 翔は、内心そう思いつつ口には出さず、一息入れたところで、気合を入れるように頬を叩く。


「そうか。もう、明日、本番なんだな。よっし、各自、今日は早く寝て体調を万全にしておくように! 体調崩してパフォーマンスを発揮できないなんて最悪だからな。不安で眠れないってやつはメッセージ送ってくるなり電話なりしてくるように」


 翔は、テーブルの上で、握り拳を突き出した。

 意図を理解した面々は、一人ずつ拳を合わせていく。

 はじめは克己。力強く、翔の拳を打つ。

 続いて優子。最後は、控えめに、ピトッと、氷上の拳が合わさる。


「高校生活最後の文化祭。後から笑って振り返られるような思い出、作るぞおらぁ!」

「おう!」

「うん!」

「……おー」


 それを合図に、合わせた拳を真上に掲げる。

 周りから向けられる奇異の視線に気づかないまま、一同は清々しい笑顔で、解散した。


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