第11話 雑談
「おうよ! ってなんだよその克己くんって呼び方。昔みたいにかっくんでいいぞ! その代わりオレもゆうちゃんって呼ばせてもらうけどな!」
「いいの? 男の子ってそういうの嫌がると思ったんだけど」
「ははっ、今さらじゃねぇか。忙しくて学校も違ったから全然連絡取れてなかったんだけど、こうやって機会があればまた話したいって思ってたし!」
「そっかぁ。嬉しいこと言ってくれるなこのこのお!」
優子は隣に座った克己に数発、軽い肘鉄を入れる。
「ふはは、この鍛え上げられた肉体にそんな攻撃が効くか!」
「うわぁ中学校の時よりさらにおっきくなってる~! 男の子の成長ってすごいね。変わってないって言ったけど、嘘になっちゃった。うう、こんなに立派になって」
「ゆうちゃんはオレのオカンかっ! オレも、全然変わってないとか言ったけど、ゆうちゃんも中学校の時より大分大人っぽくなったぞ!」
「お世辞がお上手なことで」
「いえいえ、本心でございまする」
そんなコントじみたことを出会ってすぐさらりとこなす二人。
なんだこいつら。約二年ぶりに再会したとは思えない軽快なやり取りだったぞ。これがコミュニケーション強者の圧倒的な力か。
翔はリア充たちの繰り広げる高度な会話術に戦慄した。
俺は優子と会話するの、実はまだ若干緊張してるってのに。
克己も優子も常に学校に親しい人間がいて、グループを形成して、しかもその中心にいる。
自分から他人を遠ざけて、学校にいる間はろくに会話をしないまま日々を過ごしている翔と、対人会話スキルに開きがあるのは当たり前といえば当たり前な話。
それでも劣等感を感じずにはいられなかった。
こいつらはこいつらで勝手に親睦を深めてくんだろうな。俺は置いてきぼりをくらうんだろうな。自業自得なんだけどさ。けどさ。
翔がネガティブループに入りかけていることなんて露知らず、克己と優子は話を進めていく。
「ところで、なんで翔はマスクしてるん?」
「あ、それわたしも気になってた! ここ来る前はしてなかったよね?」
「そ、それはだな、その、うちのクラスの連中に、女子と喫茶店に入ったこと知られたくなくなかったからというか、変な噂話を流されたくなかったというか……」
急に話しかけられ、どもりながら返答する翔。
キラキラしてる二人に後ろ向きなことを言うのがためらわれ、言葉尻がしぼんでいってしまった。
優子は、まさにキョトン、という表現が似合う表情で翔を見る。
「わたし、別の学校の生徒だし、男女で喫茶店入るのなんて普通だと思うけど」
「うぐっ。それを言われると……。俺が、そうしたいだけなんだ。ほら、いるだろ? 風邪でもなんでもないのにマスクしたがる女子。それと一緒だって」
「根本的に違うと思うよ」
苦笑いする優子。そこから追求する気はないようだ。
克己は先ほどまでの快活な笑顔を引っ込めて。気まずそうに俺から視線を外した。
こいつなら察せるだろうな。翔は微妙な空気になってしまった責任を感じ、新たな話題を提供した。
「そうだ、克己が来たら詳しいこと話すって言ったろ。どうして俺がボランティアに参加することにしたのか」
「そうだったね~。内申点稼ぎじゃないってことは、あれかな、純粋に奉仕の心が芽生えたとか!」
「そんなんじゃないよ。すべてはこのバカの突拍子のない一言からはじまったんだ」
翔は右斜め前の克己の二の腕にパンチをお見舞いする。
「ふんぬっ!」
「いたっ! 何咄嗟に力込めてんだお前!」
「敵の動きを察して先回りして動くのはバスケプレーヤーのたしなみだぞ」
「バスケやってるやつ大体超能力者説」
「あはは、仲良いね~二人とも」
「「そこまでではない」」
「わ~お、そういうハモリって現実的に起こりえるんだね。感動」
このまま優子に克己との仲をイジられるのも癪なので、翔はさっさと本題に入ることにした。
「それで、ことの発端なんだが、教室で堂々と『バンドしようぜ!』って俺に話しかけてきたことなんだけど」
「ほほ~う、何やら面白そうな話の予感がぷんぷんしますな~。そだ、似たような話高二の時聞いたような気がする。文化祭の後、教室の隅っこで数人の男子が、俺たちも来年バンドしようぜ! って盛り上がってたような。あの人たちどうなったんだろうな~」
それは一時のテンションで言ってしまったけど実際にやるのは難しくて立ち消えになってしまったパターンと思われます。
「で、だ。こいつはそのバンド活動について全部俺に丸投げしてきてな。メンバー集めもその中に含まれてて」
「ほうほう」
「んで、ボーカルとしてどうしても迎え入れたいやつがいたんだけど、断られちまってな。諦められなかったから、こんなとこまで追いかけに来たってわけだ。ま、優子に会ったことでそれをすっかり忘れちゃったんだけどな」
「それってもしかして氷上さん?」
「え!? なんで知ってるんだ? もしかして知り合い?」
「や、よくボランティアで一緒になるからこっちが一方的に覚えてるだけだよ。こっちからあいさつして、そこから会話を広げようとするんだけどいつもすげなく断られちゃうんだよね~」
「そ、そっか。顔見知りなら協力を頼みたいところなんだけど」
「う~ん、翔くんか克己くんが一緒なら、協力しないこともないけど」
「ほんとか!?」
「う、うん。なんか必死だね。氷上さん美人だしそれも当然か」
優子は納得した様子で顎先をちょこんとつまみながら頷く。
それに対し、翔はストローに近づけていた顔を離し、やや前のめりになりながら優子の目を真っ直ぐに見つめた。
「違う。外見もある程度重要かもしれんが、そこじゃない。俺はあいつの声に惹かれたんだ。身体を、声帯を、楽器として使いこなしてる。鼓膜だけじゃねぇ、魂まで震わされた気分になった。あとあれだな、自分を表現したいっていう強い意志みたいなのを感じた。氷上さんってさ、普段の学校生活、すっげえつまんなそうにしてんの。誰に対しても気の抜けたような態度とっててさ。でも、歌ってるときは違ったんだよなぁ。自分はここにいるって叫んでるみたいだった」
翔はそこまで話したところで、数センチ浮かせていた腰をイスに落とし、急に無表情になって黙り込んだ。
いけない。興奮し過ぎた。絶対引いてる。なんだこいつ突然饒舌になって意味分からんこと話し始めたきっもとか思われてるそうに違いない。
優子の顔を見るのが怖くて、うつむく。
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