第12話 憧れ
「……ふぅ」
時間にして数秒だったが、翔には随分長く感じた。
優子が大きく息をつき、それを皮切りに翔が弁明をはじめる。
「ち、違うんだ、ひょ、表現の仕方がおかしかったというか、気持ち悪いよな、ごめん一方的に話しちまって」
「ううん。気持ち悪くないよ。昔から、翔くんってそんな感じだったじゃん。凝り性で、好きなものに一直線でさ。そんなに夢中になれるものがあるって、羨ましいなーって、思ってた」
ゆっくりと、適度に言葉を区切りながら、優子は素直に胸の内を伝えた。
「あ、う」
「好きなものについて話すとき、顔赤くなるとことかも変わってないね。ぷふっ」
「わ、笑うな! あと克己もニヤニヤこっち見るんじゃねぇ!」
「でもここまで積極的なのにはびっくりしたかなぁ」
「それはオレもだ。相当氷上さんに惚れ込んでんだな」
「その言い方は語弊を生む。俺は氷上さんの身体にしか興味は無い」
「翔くんサイテー」
「翔、そっちの言い方のがよっぽど語弊を生むと思うぞ」
「おわッ!? 曲解だ俺がそんなこと言うわけないって知ってんだろ!?」
「ふへへへ」
「あぁ~翔の反応やっぱおもしれー」
先ほどまでの劣等感はどこへやら、翔は自然体で笑えていた。
全員一旦飲み物を飲み終わり、二杯目を注文。
「翔が頼んだコーンスープ、コーヒーカップに入って出てくるとは。コーヒーの店でコーンスープってどうなん?」
「お前も飲んでみ」
「お、一口くれるのかサンキュ。ま、オレがコーヒー店で出してるコーンスープなんかに美味しいなんて言うわけなんだこれウマッ!!!」
「これが即堕ち二コマってやつか」
「なんだそれ。ってかゆうちゃんも同じの頼んでんじゃねぇかどうなってんだ!」
「カフィインのとりすぎはよくないからね。二杯目はこれで決まり!」
「カルチャーショックですわ……」
ひとしきりヨネダ珈琲のメニューでも盛り上がった後、再び雑談タイムへ。
「そういやぁゆうちゃんはボランティアよく行ってるん? 氷上さんとよく顔会わせるって言ってたけど」
スマホを操作しながら克己は優子に話を振る。
学校のリア友とメッセージのやりとりでもしているのだろう。大変だな今の若者は。常に繋がってないと安心できないってか。ケッ。
見やれば優子もせわしなくスマホの画面で文字を打ち込んでるし。あーヤダヤダ。
内心で、ぶつくさ呟いている翔もまたSNSでネッ友(ネット友達の略。翔考案)とやりとりしていたため、全てブーメランになっていることにまだ気づいていない。
各人やりとりに一区切りつけるまで適度にスマホを操作しつつ会話をする。
「ん~、わたしは子ども系のボランティアだけかな。保育園、幼稚園、小学校の子たちと触れ合えるやつだけ選んで行ってるの」
「そりゃなんでまた」
先に一区切りついた翔が、スマホをポケットにしまってから相槌をうつ。
「わたしね、保育士に興味あるんだ~」
「似合いそうだな。イメージ通りというか」
「はは、友達にもなんでかよくそれ言われるなー」
あ、この人、おとなしそう、優しそう、って一目見てなんとなく分かる人間っているよね。それがまさに優子だ。
「じゃあ大学も保育系目指してるとか?」
「ん~、まだ、考え中。ほら、保育士ってさ、給料少ないじゃん。それで親に反対されててさ。幼稚園に就職できれば多少マシにはなるって説明したんだけど、倍率高いんじゃないの? そこに行ける保証はあるの? って切り返されちゃって。何も言い返せなかった」
本当にやりたいことならそんなの気にせず突っ走れ!
なんて、ありがちなキャラが言いそうな、ありがちなセリフを、翔は言うことなどできなかった。
「そっち方面に興味ないオレでも知ってるぜ。保育士の給料低いの。生活してくために金必要だし、給料も大事だよな」
「だな。実際問題やりがいだけじゃ生きていけない。難しい問題だと思うよ。例え色々切り詰める生活になってもかまわないって考えられればいいんだけど、実際にやってみないと分からないしな。ネットで絡んだ社会人さんが言ってた。どれだけ理想を抱いて就職したとしても、ままならないことばかりで辛いって。理想は現実の前に崩れ去るんだって。それ言った人がまさに給料低かったパターンだったよ。息抜きにもお金が必要で、ものが買えない、行きたいとこに行けない、何より友達に会えないのがきついって」
社会人さんとのやりとりは高校生の翔に多少なりとも影響を与えた。まだ大学に行くビジョンさえ上手く描けない翔だったが、未だ学歴社会のご時世、偏差値の高い大学に行くことは何かにつけて得だという両親の考えもあながち間違いではないと思えた。
「はぅ、まだ一七歳なのにお金のこととか考えたくないーしたいことだけして生きていきたいー」
優子は現実的な話に心が折れたようで、テーブルにべたーっと両腕を投げだし、突っ伏した。
「そうなるのも仕方ない。優子は真剣に考えててすごいと思うよ。大体そういうことって受験生になって考えはじめるし、悩んで当然だ。俺なんてとりあえず偏差値高いところ目指そうってだけだもん。克己もそうだよな?」
「あ、ああ、そうだな。うん、オレも、そう思って、る」
妙に歯切れが悪い。受験生だしこういう話題では暗くなったり憂鬱になったりするのも当然か。
翔は一般論に当てはめて克己の様子をそう断定した。
「へぇ。かっくんはともかく翔くんもそういうスタンスなんだ。ゲームのBGM作るの好きって言ってたし、そっち方面の大学行くと思ってた」
「それはあくまで趣味。俺って熱しやすく冷めやすい性格だから曲作りだっていつ飽きるか分からないし。趣味はたくさんあるけど、生き方、みたいな、本当にやりたいことってないんだよ。優子は保育、克己はバスケがあって羨ましい」
「…………」
克己は翔の言葉に反応せず、物思いに耽っているのか目の焦点が合っていない。
それを見て翔は、高校に入ってからあまり克己と話していなかったから、どんな話題に克己が食いついて、どんな話題が苦手なのか、そういう会話の感覚みたいなものが鈍ってしまっていたため、克己に嫌な思いや退屈な思いをさせてしまっているのだろうかと考えた。
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