第13話 シンセサイザー
「克己? どうした? 俺何か変なこと言ったか?」
「え? いや、なんで?」
「急に上の空になったから……」
「何を言ってるのやら。誰にもちょっとぼーっとしちゃう時あるじゃんか。それだよそれ」
「そか。俺の自意識過剰だったか」
「うむ。あ、そうだゆうちゃん、保育系目指してるってことはオルガン練習してたりする?」
「おお、よくご存じで。保育士の資格取得のためにはオルガンが弾けることは必須。大学のカリキュラム調べてみると曲も作らされるらしいし、楽器とかってすぐ習得できるものじゃないから今のうちにそれだけはやっとこうって思って一年前くらいから練習してるよ!」
「おお! んじゃキーボードとしてオレたちのバンドに入ってくれよ!」
克己の急な勧誘に翔は思わずのけぞった。
「はぁ!? 翔お前何言い出してんだ!? 優子は他校の生徒だぞ!? ライブハウスとかで演るってなら話は別だが文化祭、校内で演るんだから」
「楽しそうだからいいよ~」
こともなげに優子はバンド加入を表明。
「いいんかーい」
「よっしゃ決まりだな!」
「何も決まってねぇよ。他校の生徒は文化祭のイベント主催側に参加できないだろ」
「そこは生徒会役員様であらせられる翔がなんとかしてくれるっしょ」
「生徒会役員だから余計にルール破れねぇんだろうがっ!」
「内側から変えるんだ。つまらない制度を。ルールを」
「そんなことしたくないしできないしそもそもつまらない制度なんかじゃなく、変える必要のない至って妥当なルールだと思うんだが」
「冗談は抜きにして、誰か別の人間の名前で申請して、本番の直前に体調悪くなったからこの子が代わりにやりまーすっつえばいけるっしょ」
「あーそれはまあいけるかもしれん」
「じゃあそれでいこう!」
「学年主任にだけは見つからないようにしようお面とかつけさせて」
「あ~それだったらわたし狐さんのお面つけたいな~」
軽いノリで三人目のバンドメンバーが決定。
にしてもキーボード、シンセ枠か。ギターまたはベース枠が欲しかったんだが仕方ない。
翔はもう自分がベースをやるしかないと諦め、氷上にボーカルだけでなくギターをやってもらうしかないと心に決めた。氷上を勧誘するので精一杯でギターを探している余裕は翔にはなかった。
一般的に、エレキギターとエレキベース、ドラムを用いたバンドの最低必要人数は三人。ボーカルがギターを弾きながら歌う、ギターボーカル、略してギタボをすることで成り立つ。俗に言うスリーピースバンドというやつだ。
今度勧誘するときにギターを弾けるか聞いておかないと。
翔がバンドについて想いを巡らせている間に、優子と克己は音楽の話題で盛り上がっていた。
「オレはJロックが好きだなー。ワンオク、ラッド、バンプ、エルレ、ウーバー、9ミリ、ワニマ、ヨニゲあたりかな!」
「ラッド、ワンオク、ウーバー、ワニマは聞いたことある! わたしはね~、ドロス、ベガス、セカオワ、フランプール、ヤバT、ししゃも、ブルエン、マイヘア、バックナンバー、ラルクかな~」
「なんだその会話面白そう俺も混ぜて。お前等の言ったやつ全部有名どころだから知ってる! 俺が好きなのはアジカン、スピッツ、フリップサイド、ジャムプロ、スーパーセル、奈々様、サカナ、時雨、フロウ、ユニゾン、マンウィズ、事変、あとは、あとは」
一通り全員好きなバンド、よく聞くバンドを上げて、あの曲いいよねあれもいい、などと大盛り上がり。
にしても各々こうスラスラと好きなバンド名が出てくるとは。まあみんな自分のウォークマン、iPodなんかの音楽再生プレーヤーを見ながらなんだけど。
翔は、克己や優子と好きな曲について語り合えることを好ましく感じていた。どうせバンドやるなら音楽何も知らないやつよりも、ある程度知っているやつの方がやりやすい。
「オレがいっちゃん好きなのはやっぱエルレかな! こう、ロックを王道でいってる感じがたまらない!」
「わたしは好きなバンド、一つに絞れないなぁ。特定のバンドが好きというより、特定の曲が好き、みたいな」
「俺はなんだかんだ言ってやっぱりアニソン全般だな。でもあえて一バンド選べって言われたら、アニソン専門じゃないけどアジカンになるな。声がクセになる」
「分かった。翔くんって声フェチなんだ! しいなのりんごちゃんみたいな声とかも好きでしょ!」
「!?」
「翔、性癖見抜かれたな。ドンマイ」
「みんな好きな声、歌手ぐらいいるだろうがっ!」
「「せやな」」
「お、ま、え、らぁ!」
ここのところオフ会にもあまり参加していなかった翔にとって、趣味の話ができる環境というのは非常に心地よく、自分からどんどん話題を提供して雑談を楽しんだ。
あっという間に時間は過ぎていき、気付けば夕暮れ時になっていた。
優子が淡いピンク色の腕時計で時刻を確認しつつ立ち上がる。
「今日は久しぶりに二人に会えて楽しかったよ~。バンド活動、いつでもできるように準備しておくから、集まるとき声かけてね~。あ、もちろんただ単に遊びに行くとかでも声かけていただければ! またね~」
「おう、またな!」
「キーボード、よろしく頼むな」
久しぶりに沢山話してげっそり疲れた翔と、元気一杯の克己という対照的な二人は、揃って優子を見送った。
「さ、翔、もう一七時だし急いで帰るか」
「だな。父さん母さんが飯作って待ってることだし」
「バンドメンバー増えてよかった! この調子で頼むぜ翔」
「背中叩くなお前の一撃は重いことを自覚しろ。この調子でっつってもなぁ。氷上さんを誘わないと何もはじまらない。どうすりゃ勧誘成功すんだろ……」
「今日翔がオレや優子に話した時みたいに、氷上さんの声にどれだけ惚れてるか語ればいけるんじゃね?」
「んなことできるか恥ずかしくて死ぬわ。つか俺みたいのが早口でところどころどもりつつお前の声が好きなんだよとか言ったら気持ち悪すぎて泡吹かれるわ」
「そっかなぁ。そんなことないと思うけど」
克己の戯れ言を無視した翔は、どうすれば氷上の心を動かせるか考えはじめ、思考の底へ沈んでいく。
帰りの電車の中で、時折揺れる車体に身を任せながら思案に耽る翔だったが、一向に良い案が思いつかないまま新宿駅へ着いてしまった。
克己はそんな翔の横で単語帳を開いて、眺めては居眠り、起きて数分眺めてまた居眠りを繰り返していた。
翔は、よだれがたれかかっている克己の寝ぼけ顔を見ながら、こいつには頼れないなと改めて感じ、深呼吸をした。
どうすっかなぁ。
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