第24話 第一回バンド会議 その3

「じゃあこの中から三曲選んで配ったメモ帳に書いてってくれ」


 各自リストを見ながらよどみなく希望曲を記入していく。

 皆、好きな音楽の好みが確立されているのか、ものの三〇秒ほどで全員の紙が集まった。


「えー、四票入った曲はなし。三票入ってるのが一つだけあるな。これは確定、って、お前らぁ!」

「ちょっと、いきなり大きい声出さないで。耳が痛くなるじゃない」

「いやだって、『オリジナル曲』だぞ!? 意味分かって書いてんのか!?」

「よく分からないけど、なんだかカッコいい! やってみたい!」


 優子が元気よく笑顔を振りまきながら答えた。それに克己が続く。


「自分たちだけの曲ってロマンだよなっ! でっかい思い出作ろうぜ!」

「なるほど。お前たちの熱は伝わった。で、二人とも、曲を作る技術は?」

「「ない!」」

「だろうなぁ!」

「ねぇ翔。そんなに怒るなら最初からリストに書き込まなければ良かったんじゃないの?」


 氷上から鋭い指摘が飛ぶ。このリストを作ったのは翔であり、氷上の言うとおり選択肢に含めなければよかっただけの話。


「ゔ。そそそそそれはそうなんだけど。一応、できなくもないわけじゃん? 可能性が0じゃない限りは選択肢に入れないと。ただ、恐らく俺一人で作ることになるだろうし負担かかって嫌だからなるべくしたくなかったなーというかなんというか」

「面倒くさいわね」

「仰るとおりで」

「私も作詞、作曲くらい手伝えるんだから、やってみましょうよ。せっかくなら」

「そういえば氷上、お前もオリジナル曲に票入れてたな。そか、氷上も作詞作曲いけるんだな。まー、なら、やってみてもいい、か」

「「わっほーい!」」

「他力本願ズ。少し大人しくしてはくれないだろうか」

「カラオケボックスなんだからどれだけ騒いでもいいじゃ~ん。つかもうオレ限界! 歌わせてくれ! そうだ、オリジナル曲以外はいい感じにバラけたし、自分の希望曲歌ってこうぜ!」

「さんせい!」

「私も知らない曲あるし良い考えだと思う」


 克己の鶴の一声ですっかりカラオケムードになった。

 翔は、克己のこういうところがすごいと、常々思っていた。

 自分の要求を通す力。周りから受け入れてもらえる提案力。自分も楽しめて、周りも楽しませる。それはまさしく翔の理想で、こんな何気ない日常の一ページでさえ、差を感じてしまう。


「ここは民主主義日本。俺は大人しく民意に従うとしよう」


 翔は降参の意を見せ、率先して曲を転送した。


「俺から提案なんだけど、一人一曲希望曲歌う形式にして、曲というよりその人に投票形式、とかどうでせう」

「イイネ! 個人の歌の上手さも影響するってことか。燃えてきた!」

「つーわけで一発目、姿月翔、『ちいこい』行きます!」

「モンパチ不朽の名曲キター!」


 この歌は流行のハイトーンボイス曲とは異なる、ややしゃがれた声で歌われる曲で、演奏の簡易さとシンプルな表現の歌詞がウリ。

 翔の選曲に克己が盛り上がる。

 親子、兄弟は曲の好みが似ることがある。小さい頃から同じ音楽に親しんできたからだろう。


 翔の次に優子がフランプールの爽やかなJロックナンバー『君届』を歌い、続いて克己がワンオクの曲の中で最も有名であろう、耳に残るパワーコード主体のギターリフが特徴の『不完全ドリーマー』を歌い、最後に氷上が、超細胞の代名詞的曲、軽やかなピアノのイントロからはじまる恋の歌『きみしら』を歌った。翔はどの曲も聴き慣れていて楽しく盛り上がれたのだが、やはり最後の氷上だけは別格だった。


 情感たっぷりに歌い上げられた曲に、耳が釘付けになった。

 これで氷上の歌を聴くのは二回目だが、一回目より感動が大きい。マイクを通すと浮き彫りになる。

 強弱の付け方が抜群に上手い。歌詞や曲の進行に応じて抑えるべきところは抑え、サビなどの盛り上がる部分では爆発的に声量が上がる。

 広い道は流麗に、美しいフォームで駆け抜け、細い道では速度を落としすぎるのではなく身体を上手くひねって踊るようにすり抜けていく。そんなイメージだ。


「氷上がまさかアニソン歌うなんてな」

「どんなジャンルでもカバーしてるって言ったでしょう。この曲はアニメソングの中でも特に気に入ってる曲ね」

「この曲を気に入るとはセンスあるな」

「自分の好みに合った曲ってだけでセンスあるとか言う人ってどうかと思う」

「正論やめて」


 氷上と軽口を叩いている今も、頭の中に歌が反響している。

 もっと氷上の歌が聴きたい。そう思わずにはいられなかった。


「氷上さんの歌もすごかったけど、翔くん意外と歌上手くてびっくりした!」

「意外と、とか、びっくりした、とか失礼なんじゃないですかね。地味なやつが歌えて悪いかコルァ」

「もーすぐそうやってひねくれた発言するぅ」

「そうね、私も少々驚いたわ。だってクラスでの合唱コンクール練習の時、声出してなさ過ぎて先生に怒られてたもの」

「声でないんだよクラスのやつらと一緒だと」

「難儀な性格してるわね」

「ほんとにな」


 二人の会話が終わるのを見計らって、投票用紙を持った克己がマイクの電源を入れ、片手で口元にかまえる。


「結果発表! じゃかじゃん! 三票獲得! 圧倒的支持を受け一位に輝いたのは! 氷上流々風さんです! おめでとう!」

「順当な結果だよね~」

「こうなることは予想できてたっすわ」


 一位になった氷上は涼しい顔で小さく頷いただけだった。


「それでは一位を獲得した氷上さんにインタビュー! 今のお気持ちと勝利の秘訣を教えてください!」


 インタビュアー気取りでマイクを氷上に向ける克己。こういうノリの良さが人気者たる所以なのだろう。


「特に何も。小さい頃からいくらかレッスンを受けているわけだし、評価されやすいのも当然だと思うのだけど」

「ひゅ~、かっくいい~。氷の女王と言われるだけはありますな~」


 克己が氷上の二つ名(?)を口に出した。

 翔は、そういうあだ名は本人が嫌がっているのでは、と慮り、止めにかかる。


「おい克己、そういう本人的に不本意に思っているかもしれないあだ名を口に出すのはどうかと思うぞそもそもまだそれほど親しい仲でもないのにあだ名を使うのはどうかと思うしそもそもあだ名ってのは本人の確認をまず最初にとってからだな」

「わ、わかったわかった、オレが悪かったからそんなにすごむなって」

「私は気にしてないけど? どう呼ばれようが何とも思わないし」


 翔は氷上の言葉を聞いた後、目を細めため息をついた。


「俺は氷上のそのハートの強さが欲しいよ」

「翔はメンタル強そうで弱いわよね。この軟弱者」

「もういっそ罵ってくれ」

「わ、わたしは今、とんでもないものを目撃している! えすえむってやつだ!」

「優子、そういうんじゃない。誤解を招く。やめろ。口をつぐめ」

「はーい」


 場の空気がグダついてきたところで克己がバンド会議に引き戻す。


「では、オリジナル曲を除く二曲は決定ってことで!」

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