第25話 第一回バンド会議 その4

「おし。各自、それぞれのパートを練習しておくように。スタ練までに」

「はいはいはいはい質問です!」

「はいは一回。優子氏、質問を許可する」

「スタ練ってなんですか」

「スタジオ練習の略だよ」

「スタジオ? 写真スタジオのこと?」

「あー、そっか、スタジオって言葉はそっち方面のが浸透してるか。音楽スタジオって言えばいいのかなぁ。簡単に言うと、ある程度機材の揃ってる完全防音ルームで、楽器持ち込んで練習するところだよ。一時間五〇〇円~一〇〇〇円とかで個人からバンド単位まで受け付けてる。楽器貸してくれるところや、レコーディングルームがあるところ、カラオケなんかと併設してるとこなど形態様々」

「へー。楽しそう! 行ってみたい!」

「全員が曲覚えたらな。弾けるようになってからじゃないと全員でスタジオ行く意味はあまりないと個人的に思ってる。全員で合わせる時間を確保するための場所って印象だな。まあ個人で行くのはアリだと思う。お金払ってる分集中できるし、どれだけ大きい音出してもいいからストレス発散できるし」


 ちなみに翔はよく一人でスタジオを利用する。ギターやベース、極たまにドラムなんかも触って、爆音出してストレス発散するために。

 目を輝かせて話を聞いている優子、聞いてるのか聞いてないのかよく分からない、彫像みたく座っている氷上。そして、身を乗り出して翔を凝視している克己。


「翔、なんでそんな素晴らしい施設のことをオレに教えてくれなかったんだああああ!」


 わざわざマイクを使ってそう叫ぶ克己。運動部だからか声量があり耳がキンキンする。


「バンドやりたいとか言い出すくらいのやつだから当然知ってるものかと」

「知らんわ!」

「知ってろよ」

「それよか、そのスタジオではドラム貸してくれるんだな!?」

「当然。ギターやベースは追加料金支払って借りるとこが多くて基本持ち込みだが、ドラムはほぼ全てのルームに最初から設置してある。お前が普段練習してる電子ドラムじゃなくて本物のやつな。自分で持ち込むのはスティックくらいだ。あ、それもスタジオで売ってるとこがほとんどだぞ。あれ消耗品だから。ちなみにこだわってくと、まずバスドラ用のペダル、次にスネア、あの自分側一番手前の小太鼓みたいなやつな、それとシンバル系、ハイハットが一番使用率高いからそれ買う人が多いかな……と、資金あれば購入するのもアリだ。ってかペダルは自分に合ったのを買うべきだ。リズムキープに大きく影響してくるからな。そうだ、今度の休日俺と買いに」

「すげぇ! スタジオ行けば思いっきり、色々気にせずドラム叩けるんじゃん! そんな天国のよな場所があったなんて! 決めた! 今まで貯めてきたお金全部この数ヶ月に捧げる!」


 翔の言葉を遮ってテンション高くまくしたてる克己。

 克己がこれだけ自分の世界に入り込んでるの珍しいな、と翔は思いつつ、それほど家で練習するのに窮屈さを覚えていたのか、と驚いた。

 いつも、どことなく申し訳なさそうに叩いていたのは、きっと、母さんのせいだな。


 翔は克己の喜びようを複雑な心境で眺める。

 克己がやべーやべーと言いつつスマホでスタジオを調べ始めたため、翔は一旦それをやめさせて話を進めることにした。

 なんだかんだでもう一七時近い。こうやって集まれる機会はそうそうないしなるべく決められることは決めておかないと。


「克己、調べるのは家に帰ってからにしとけ。今からスタジオ入る時期決めるんだから」

「おぉ。そっかそっか。バンド会議中だもんな。こりゃ失礼。はぁスタジオ楽しみだなぁ。今すぐにでも入りたいくらいだ」

「その熱意や良し。んでスタジオの時間なんだけど」


 翔が本題に入ろうとしたところで、氷上が手を挙げた。


「質問か?」

「いいえ。門限だから私は帰らせてもらうわ。迎えも来てるみたいだし」


 そう言って振動していたスマホを操作し、バイブレーションを切る。


「そっかぁ、氷上さん前一緒に食べたときもこのくらいの時間に帰ってたもんね。大事にされてるんだね。うちなんか放任主義だから門限なんて一切ないよ~」

「優子んちはご両親のほほんとしてるからな」

「そうなんだよねぇ。全く、一人娘なんだからもっと気にかけるべきだよっ」

「……毬谷さんが、少し、羨ましいわ。私は大事にされてる、というより、お母様のエゴ、というか……なんでもないわ。スタジオの時間等はまた翔を通じて伝えてもらうからよろしく。今日は楽しかったわ。それじゃあ」


 前半は何事かぼそぼそ呟いた氷上だったが、後半はやけに淡々と、事務的に告げ、ソファから立ち上がった。


「またな氷上さん!」

「まったね~ひっかみさんっ!」

「じゃあな。またこっちでスタジオのタイミングとか連絡するわ」


 背を向けた氷上は翔たちに応えるように手を挙げ、退室した。

 氷上を見送った後、笑顔を解いた一同。


「氷上さんのおうち厳しそうだね~」

「だな~。迎え、って言ってたし良いところのお嬢様って感じだな~」


 優子と克己はのんきに氷上のことのについて話し始めた。

 その空気を壊したくないと思い、翔は自らの考えを胸の内にしまうことにした。

 氷上との付き合いは浅いし、他人のことについてあれこれ考えるのは悪いクセだと自覚しつつも、それでも考え、勝手に予想してしまっていた。


 生きにくそうだ。陳腐な表現になるが、まるで鳥籠の中の鳥のように。

 翼があるのに、羽ばたけるのは極限られた狭い範囲だけ。氷上の翼は、そんじょそこらの有象無象とは違うのに、もったいない。


 そんな印象を持ってしまう。ただ、門限が厳しいというだけで。帰り際にいつも見せる、感情を切り捨てたような冷めた目だけで。

 氷上を観察していた期間に感じていた、何かやりたいことがあるのに、あえて自分で封じ込めているような言動。


 氷上が、門限なんて気にせずもっと遊びたいだとか、そういうことは一度だって口にしていない。けれどもそういう、ネガティブな予想をしてしまうのは、自分の性格がひねくれているだけか。翔はそう結論付け、カラオケ大会に突入していた優子と克己に混ざりにいった。

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