第26話 予定
第一回バンド会議が終わって数日。
とりあえず難易度が低めの『ちいこい』から進め、各自最低限弾けるようになったらスタジオ練習しようという話にまとまった。
氷上については心配していない。元々音楽をやっているってことは、他の楽器についても飲み込みが早いはずだから。
優子は、どうだろう。趣味で高一の頃からオルガンを練習しているってことは、歴だけで言うと三年目。こちらについてはフォローが必要かどうかの判断を初回のスタジオ練習でするとしよう。
問題は克己だ。バスケ部については今月末にインターハイがあり、勉強面では塾の夏期講習が待っている。いくら七月後半から夏休みに入るとはいえ、忙しすぎる。
何より、克己はその二つとも疎かにはしないだろう。
本人とヒアリングして、どうしたらドラムの練習時間を確保できるか考えないと。
翔が克己について思案していると、当の本人からSNSアプリを通してメッセージが飛んできた。
克己:翔明日ヒマ?
翔:午前中は勉強に割いて、午後は趣味時間だ
克己:おっけ! なら明日の午後、買い物につき合ってくれ!
翔:いいけど、お前、期末テスト前なのに大丈夫なのか?
高校生にとっての夏休み。それは学年によって大きく印象が変わる。
一、二年はまだいい。明日に、未来に希望を抱き、毎日怠惰に過ごせるだろう。それが許されるだろう。
しかし三年生の夏休みは違う。希望を抱ける未来を作るために地獄を見なければならない。
受験勉強。夏を制する者は受験を制す、とはよく言ったものだ。
受験組の中で自分の実力以下の大学を進路先に選んでいない者全て、多くの時間を勉強に捧げなければならない。
就職組は、人生の夏休みと呼ばれる大学へ進まない代わりに、この高三の夏が最後の夏休みとなるだろう。全力で遊んでも許される組だ。
翔と克己は受験組。既に両親によって有名塾の夏期講習参加が決まっている。
そんな夏がはじまる前。全ての高校生に等しく立ちはだかる関門。それが期末テストだ。
ここで悪い点を取る、言い換えると志望校に遠く及ばない点を取ってしまった場合、学校の補修が強制となる。
克己がもし悪い点を取った場合、学校の補修、塾の夏期講習、部活に時間が支配され、バンドに割く時間などとても確保できないだろう。
それだけは避けなければならないと考えた翔は、克己の勉強の進み具合を確認してみたわけだが。
克己:あー、大丈夫だと思う。たぶん
翔:一緒に勉強するか?
翔は今までに数回、共に勉強することを提案してきた。
克己:いや、それはいい
と、これまで通りすげなく断られる。
翔:一人でやる方が効率良いやつがいる一方、複数人で集まった方が伸びるやつもいる。もしお前が後者なら俺じゃなくてもいいから、誰かと一緒にやってみたらどうだ
克己:いい。一人でやる
頑なな克己の態度。翔はそれ以上突っ込むのをやめた。
スタンスについては人それぞれ。特に受験期の今、口出しするのは野暮だったか。
翔:問題ないならいっか。で、買い物って?
中学生くらいの頃からか、翔と克己は一緒に出かけたり遊んだりといったようなことをしなくなった。
同い年で、兄弟。お互い気遣う部分はある。
だからこそバンドしようって言ってきたときは驚いたし、バンドつながりで克己と過ごす時間ができて、翔は新鮮な気持ちになっていた。
克己:もちろんドラム! 翔が今日言ってたペダルってやつを買いにいきたい!
翔:早めに買って慣れるのは大事。良い判断だ。オススメの楽器店に連れてってやる。俺も自分のベース、メンテに出したいからな
翔はBGM作りのとっかかりとしてしかベースを使用していないため、最低限のメンテはできるもののフルメンテ、細かいところの調節まではできない。
そのため定期的にメンテに出す。エレキベースは電化製品としての側面も持つためこまめな点検が大切なのだ。
克己:決まりだな! んじゃ明日、駅に一四時頃集合で!
翔:おK
同じ家にいるのにわざわざ駅を集合場所に指定する理由について、翔はおおよそ察しがついていた。午前中にどちらかが外に出ているから、という真っ当な理由じゃない。
両親が怒るからだ。克己に。翔を連れ出すな、と。
嫌な予想を振り払い、翔はたてかけてあるベースをギグバッグにしまって明日の準備を整える。
明日の午前中、勉強に集中するため翔は普段より大分早くベッドに潜り込んだ。
ピロン。
眠りにつこうとした翔の耳にメッセージ着信音だ届く。スリープモードにするのを忘れていた。本日最後のメッセージを確認しようとスマホを手に取る。
「メール……?」
どこかのサイトのお知らせメールかと思ったが、違う。
氷上:明日暇? 私、アコースティックギターとフォークギターは持ってるんだけど、エレキギターは持ってないの。どこかオススメの楽器店教えてもらえないかしら?
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