第27話 君に決めた!
六月三一日。日曜日。
「遅れてすまねぇ! 二人とも待ったか、って、なんだその格好?」
「プライバシー保護」
「右に同じく」
克己が素っ頓狂な声を上げるのは無理もない。なぜなら翔も氷上も顔が分からないような格好をしていたからだ。
翔は帽子を目深に被り、マスク着用。氷上はパーカーのフードを被り、マスク&伊達メガネ。
「そこまでする必要あるか?」
「ある。吹奏楽部のやつらとワンチャン遭遇する。学校からある程度離れているとはいえ」
「私も万全を期したい。本当はサングラスを着用したかったのだけど、流石に怪しすぎるから妥協で伊達メガネを選んだわ」
「はぁ。オレにはよく分からんわ」
分からないだろうな、克己には。
氷上はまだしも、翔はスクールカースト底辺の人間。そんな人間が上位層と関わりがあると知れたら面倒事が付きまとうに決まっている。
氷上はスクールカースト上位層の人間だが、特定のグループに属していない。それはある意味、俺より危ういのかもしれない。女子だし。
「よし、これでメンツは揃った。いざゆかん聖地へ」
昨夜氷上からメッセージを受け取ってすぐ双方に確認を取り、三人で行くことの許可を得た。
歩くこと一〇分あまり。
雑居ビルの中にある楽器店に入った克己は、弾むような足取りで店内を物色しはじめた。
店内は暖色系の照明に照らされ、内装も暗い色の木材がふんだんに使われているため、どこかの高級ホテルを彷彿とさせる。
「うおおおすげぇ、こんなに沢山の楽器見たことねぇ!」
「私、こういうバンド系楽器専門店、はじめて来たわ」
氷上も物珍しげに、ゆったりとした足取りでギターコーナーへ。
翔はまずベースのメンテ依頼をし、フロントに預けてから、克己の元へ。
「翔、このペダルちょ~カッコよくね!?」
「見た目で選ぶな。パワー重視で重いのにするのか、瞬発力重視で軽いのにするか」
「なあなあこのペダルが二つくっついてるやつは?」
「ツインペダルだな。ツーバス用の。両足使ってドコドコするやつ。メタルとかでよく使われるな。初心者のお前が手ぇ出していいもんじゃない。ほらほら別の探せ。そこにドラムセットあるから気になったのは試させてもらうように」
「ほーい」
克己は翔の言いつけ通りツーバス用ペダルから離れ、色とりどり形状様々なペダル群の方へ。
手くリズムキープできなくなるため、まず最初にペダルを買うドラマーがほとんどだろう。
「よっしゃ! 君に決めた!」
喜色満面で翔に見せびらかす克己。
その手元には、足で踏む部分が赤銅色のペダルがあった。
「へぇ。見た目もいいじゃん。おいくら万円?」
「二万!」
「結構高いのいったな。まあ愛着もてるやつのが練習に身が入るか。んじゃ次はスティックだな」
スティック数本と、ペダル収納用ケース、ペダルケースを選びはじめた克己から離れ、翔は次に氷上の方へ向かった。ショーケースの中を見つめるその瞳は真剣そのもので、翔は一瞬、声をかけるのをためらってしまった。そんな翔に気づいた氷上が先に声をかける。
「決めたわ。この子にする」
「試奏しなくていいのか?」
「いい。弾き続けて手になじませる」
おそらく楽器店で、試奏させてくれない店舗はないだろう。試奏しなければ弾きやすさや音が分からない。高い買いものだから多くの人が慎重になるのだが、中には氷上みたいに一目惚れしてしまう人も存在する。こうなったらもうどうしようもない。一目惚れしても仕方ない、と翔は思ってもいる。なぜなら、それほどまでに楽器は美しいから。
形、色、纏った雰囲気。まるで芸術品だ。コレクションしたくなる人の気持ちも分かる。
「そうか。んで、どれだ?」
「あの子」
「ん。……ギブソンのレスポールで、色は。ほう、青か。いいな。ピックガードは白。値段は……三五万!? ローンで買うつもりか?」
「いいえ。一括で。貯金減っちゃうけど仕方ないわね。下の階のATMでお金おろしてくるわね」
氷上は軽やかな足取りで店内を去った。……ガチお嬢様ぱねぇ。
「んじゃこの勢いでスタジオへゴー!」
「は?」
それぞれ楽器を背負い、あるいは持ちながら楽器店を出た直後にそんなことを言いだした克己。
「実は最寄りのスタジオ予約してあんだよねー。一五時から一七時で!」
「なにしてくれちゃってるねんおまいさん」
「なんだその口調。氷上さんももちろん来るよな?」
「当然よ。早くこの子を鳴らしたくてたまらない」
「キャラ変わってんぞ氷上。だーもうちくしょう分かったよ行く行く。はぁ、俺は自分の中で立てた一日の計画が乱れるとストレス感じるんだよ克己覚えとけ」
「覚えるの面倒っすわ。では、いざゆかんスタジオ七五三へ!」
スタジオ七五三。まあ名前なんてのはどうでもいい。スタジオの造りは大体どこも同じなのだから。
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