第22話 第一回バンド会議 その1

 六月三〇日。土曜日。十三時三〇分。

 遅刻することなく四人が揃った。


「えー、ではこれより第一回バンド会議をはじめます。司会はわたくし、姿月翔がつとめさせていただきます」

「何その口調。普通に話しなさいよ」


 克己や優子より早く入る氷上の鋭いツッコミ。  


「緊張してるんだよ察しろ!」

「こんなことぐらいで緊張するなんて」

「失笑すんなや。俺のクラスでの様子見てれば分かるだろ。仕切るのはガラじゃないんだよ」

「でも生徒会役員として活動してるときは大人数の前で話してるじゃない」

「あれは大丈夫なんだよ。人が多すぎて個人が判別できないから」

「よく分からないわ。あなたの基準は。最初は驚いたのよ。あなたのクラスでの様子と、バンド加入を決めた後の私、毬谷さん、姿月くんに対する態度が全然違ってて」

「やめろよその話は」


 翔は心底嫌そうに顔をしかめた。

 そこで優子がはいはいはい! と言いながら真っ直ぐ手をあげた。


「どういう風に様子が違うか教えてください氷上さん!」

「いいわよ。とりあえずフランクに話しかけてくれないかしら。台詞は……次の移動教室どこだっけ、で」

「ふぁい! おう翔、次の移動教室どこなんだぜ? いつもと違う場所だった気がするぜ」


 不自然な男言葉を話す優子。

 俺に話しかけるのは男子だけだと。女子から話しかけられるはずがないから男バージョンにしたと。そう言いたいんですね優子さん。

 翔が後ろ向きな深読みをしている間に、優子に話しかけられた氷上が突然机につっぷした。

 そこから、実に眠そーうな顔で、ボソボソと応えた。


「ん? あ、もしかしてお、俺に聞いてる?」

「他に誰がいるんだぜ」

「そ、そうか。う、うん、次の移動教室、だっけ。えーっとちょっと待って、メモ帳、あ、家に忘れた……ご、ごめん、お、俺も分からない。役に立てずごめん」

「お、おう。そうか、なら他の奴に聞いてみるんだぜ。あばよっ!」


 茶番終了。


「…………」

「おいゆうちゃん、氷上さん、やりすぎだって。翔が精神ダメージ受けすぎてガチへこみしちまってるじゃねぇか」

「氷上……それ最近リアルにあったやつじゃん……結局俺次の教室どこか分からなくて授業に遅れて……ああもう思い出したくもない……ゔぉえ」


 ストレスでえづき始める翔。これは流石に可哀想だと、優子と氷上が申し訳なさそうに謝罪する。


「翔くんごめん、悪ふざけだったね」

「ごめんなさい翔。私があまりにそのままのあなたを再現し過ぎたせいで」

「いいんだ。もう、いいんだ」


 翔は、膨らませた浮き輪の空気が抜けきる最後の瞬間のような力ない声でぶつぶつ呟く。


「翔、落ち込んでる場合じゃないぞ! 今日は何のために集まったんだ? 言ってみろい!」


 克己の活により、徐々に翔の目に光が戻ってくる。


「バンド、そう、バンドをするためだ。そうだよ、今日は待ちに待ったバンド会議の日だ! てめぇ克己よくも俺に丸投げしやがったなぁ! 氷上の勧誘が成功しなかったらどうなってたか!」


 翔は隣に座っている克己の胸元をつかんで前後に揺すった。


「翔、テンションの振れ幅大きすぎ。落ち着け」

「……ふぅ。すまん。嫌なこと思い出した反動で感情が吹き出しちまった」

「よし。翔も落ち着いたことだし、気を取り直して歌おうじゃないか! ストレスは大きな声を出して発散!」

「そうだそうだ~。一番手はわたしね! みわちゃんの曲いきま~す」

「お、いいねぇ。オレはブルエンいこうかな~」

「はい、二曲とも取り消し」

「「何するんだ翔(くん)!」」

「それはこっちの台詞じゃあ! カラオケ大会はバンド会議の後!」


 会議室としてカラオケを選んだのは間違いだったのかもしれない、と、今さらながら後悔する翔だった。


「目の前にマイクがあるのに歌えないなんて生殺しだよ~。せっかく前日に今日何歌うか一生懸命考えてきたのに」

「一生懸命考えるべきはバンドのことだ」

「固いこと言うなよ翔~。な、ちょっと、ちょっとだけ歌ってからはじめようぜ?」

「さっき俺に今日の目的は何か思い出させたやつは誰だったかな? それにちょっとだけじゃ絶対終わらないだろ。お前夏休み、いつもちょっとだけゲームしてから宿題するとか言ってそのまま五時間ぐらいゲームしてたじゃねぇか。二人とも諦めろ」

「翔くんのけちんぼ。ね、氷上さんも歌いたいでしょ?」

「私は別に。バンド会議の方が優先順位高いと思うし、そちらが先なのは妥当なはず」

「ぐう」


 優子からぐうの音が出た。

戦況が不利だと判断した克己は潔く両手を上げ、降参のポーズをとった。


「じゃ、翔、司会進行頼んます」

「やっとその気になったか。無駄に時間使っちまったな。えー、ではまず各パートの確認から。克己や優子にはまだ言ってなかったけど、氷上がギター兼ヴォーカル、つまりギタボを引き受けてくれることになりました。はい拍手」

「「わー」」

「ちょっとやめてよ、恥ずかしい」


 全く恥ずかしがる様子を見せないまま表情を変えず言い放つ氷上。


「もし氷上がヴォーカルしかできなかった場合、ギター、またはベースを探さなくちゃいけなくなるところだったけど、その手間が省けた。これは実に大きい。あ、そうだ、確認してなかったけど、氷上、ギターヴォーカルじゃなくてベースヴォーカルやりたいとかあるか? 俺一応ギターも弾けるしギターやってもいいけど」

「私、重い楽器はあまり好みじゃないからギターでいいわ」

「了解。んじゃそれで。で、俺がベース、克己がドラムで一応バンドの体裁は整った。これで一般的なロックバンドの最低単位であるところのスリーピースバンドの出来上がりなわけだが、予想外の出来事発生。優子の加入だ」

「なんかその言い方だと厄介者みたいでやだー」


 翔の対面に座っている優子がバタバタと足を揺らす。つま先が翔の脛にクリーンヒットし続けていたが、翔はかまわず真剣な声音で優子の勘違いを否定した。


「厄介者? バカ言え。ありがたいことこの上無しだ。キーボードが加われば幅が広がる。音に厚みが生まれる。スリーピースバンドだと音が薄くなりがちだから欲を言えばもう一人ギター欲しいって思ってたから助かる」

「お、おう。なんという熱量。翔くんのバンドにかける想いをちょっとナメてたかも」


 翔の、真剣味を帯びた様子にたじろぐ優子。


「どうせやるならよりよいものをやりたいじゃないか」


 翔がそんなやる気に満ちあふれたコメントをしたところで、氷上が綺麗に背筋を伸ばしながら挙手をした。

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