第17話 アドレス交換

 こんな感じで、翔と氷上による愚痴トークは、講堂が閉まるギリギリまで続いた。

 園長が声をかけるまで、講堂のど真ん中で、何に座るでもなく立ちっぱなしでおしゃべりを続けていたことに二人とも気がつかなかった。

 似たもの同士であることは、この時点で二人とも自覚していた。

 あくまで似たもの同士、というだけで、全く同じというわけではない。そこがミソだ。

 だからこそ、完全な同類ではなかったからこそ、距離を縮めることができたのかもしれない。


「連絡先。教えて」


 氷上が短くそう切り出した。


「お、おう。SNSアプリのIDでいいか?」

 女子と連絡先を交換することなんてほぼない翔が、動揺をすんでのところで押しとどめつつ答える。

「私、メールアドレスくらいしか連絡先ないのよ」

「マジで? 今の時代そんなことあんの?」

「あるのよ。だってめんどくさいじゃない。四六時中、素早いレスポンスを求められるのよ? 地獄じゃない」

「俺は連絡来る知り合いとかいないから関係ないさフハハ」

「乾いた笑いってこういうのを言うのよね。私の場合、あなたと違って、いくらやんわり拒否しても接触してこようとする人たちが後を絶たないの」

「へぇ。人気者なんですねぇ。うらやましいこって」

「面倒くさいだけよ。そんな理由もあってやってないの。Twitterとかインスタとか全部」

「分かった。んじゃちょっと古風ではあるがメールアドレス交換といくか」


 昨今稀にみるアドレス交換。

 今は便利なSNSアプリがあり、リアルタイム、ノータイムでメッセージを送ることができる。結果、まるで本当にその場で会話をしているかのような錯覚に陥るほど高度なコミュニケーションを可能にしている。


 反面、流れが速すぎて、速さについていけない場合、またはその流れに乗ることを強要されているかのような雰囲気に馴染めない場合、大きな負荷がかかる。

 いつの時代、どんなツールを使おうと一長一短。


 人と人との間に起こる不具合は避けられない。

 ただ、付き合い方に多様性がある今の時代は、それだけ自分に合ったものを選べるということを意味し、その点については、恵まれているな、と翔は思っていた。

 人に流されず、人との付き合い方を自分で決められる氷上はすごい。


「交換完了ね。バンド関連の連絡はこのアドレスにお願い。翔の弟さん、克己くんと、毬谷さんにこのアドレスに空メール送っておくよう伝えてもらえないかしら」


 早速宣言通り呼び捨てで呼んできた。翔は気恥ずかしさを通り越して尊敬した。自分だったら呼び捨てに慣れるまで時間がかかる。


「空メールとかもう死語だよなぶっちゃけ……了解した。今日中にでも送らせるわ」

「ありがとう」

「なんかさ、氷上さん、ええと、氷上って、案外フランクに話せるのな」

「それはこっちのセリフ。翔、あなた教室とはまるで別人よ」


 ごもっとも。返す刀が強力過ぎて、翔は言葉に詰まった。


「俺にも色々あるんだよ。色々と」

「それって何も理由が無いときに使う常套句じゃない?」

「もういいだろ俺のことは」

「バンドをする以上、お互いのことをある程度知っておかなければならないと思うんだけど」

「そんなこと言うならメールで質問攻めしてやる」

「不快にならない頻度であればいいわよ」

「その不快にならない頻度の基準が分からない」

「翔基準でいい。それ越えたら無視するだけだし」

「そりゃ分かり易くていいな」

「あなた変わってるわね」

「氷上に言われたくない」


 氷上は氷上で、無視されたら普通は怒るか悲しくなるはずだという一般論、翔は翔で、まだロクな付き合いのない、アドレス交換したばかりの異性に対してメールどんどん送ってこいよ!(意訳)など自分だったら絶対不可能という主観的考え、それぞれもちろん相手に伝わるはずもなく。

 それでも翔と氷上の会話は噛み合っていた。 


「私、こっちだから」

「俺は向こう。それじゃあ、また。具体的なスケジュールとかは後日連絡する」

「分かった。それまでに私がやっておくことってある?」

「そうだな……あ」


 翔はそこで、氷上に尋ねておくべきことを思い出した。


「なにその、やってしまった、みたいな顔」

「あ、あのさ、その、氷上にボーカルとして入ってもらうのは、氷上も分かってると思うんだけど、もう一つ、やってもらいたいことがあるんだよ」

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