第18話 氷上とのメール
克己:さっすが翔! やってくれると思ってた! 難攻不落の氷上さんをオとすなんて!
翔:その言い方だと曲解されかねないからここ以外で使うなよ。勧誘には成功したけど、俺は多大なる犠牲を支払ったんだぞ
克己:それ気になった。どんな手使って承諾してもらったんだ?
翔:言うわけ無いだろ恥ずかしい
克己:翔のことだ。ネット範囲外の対人スキルの低さ。それを考えると、正直に話すしかなかったんだろ。前にオレやゆうちゃんの前で語ってた、自分がいかに氷上さんの声に惚れ込んでるかっていう演説ぶちかましたとか
翔はそれから克己のメッセージを無視した。図星を突かれて不快になったとか子どもじみた理由では決してない。
バンド会議の日程。会議の中で議論すべき内容。今日氷上に送るメールの内容。やることは尽きない。
日程については、氷上がSNSを一切やっていないのがネックだが、翔、克己、優子の三人である程度候補日を決め、氷上に最終決定してもらう、という形でいいだろう。
克己との個人やり取りは打ち切ったが、三人グループの方では今絶賛候補日のすりあわせ中だ。そこで答えが出次第、氷上にメールする。
会議の内容については湯水のように溢れてくる。文化祭での出し物の時間は一グループ三〇分。MCの時間を含めて演れる曲は五曲程度。文化祭まできっかり四ヶ月。オリジナル曲を作るかどうかでスケジュールは大きく変わってくる。
カバーするにしても難易度、ジャンル、全体の統一性等様々な要因が絡んでくる。
もっと突っ込めば、学校で使える機材も限られているからそこも詰めていきたいところだ。うちに軽音楽部が無いせいで、吹奏楽部にアンプを貸してもらえるよう頼み込むしかない。
PAを雇えるはずもなく、音響周りも自分たちでセッティングしなければならないだろう。
翔は有益そうなサイトを片っ端からブックマークし、知識をインプットする準備を整えていく。どうせ克己は何もやらない。というかやる余裕がないはずだ。勉強、部活があるし、何よりドラム歴が一ヶ月しかないのだから余剰時間はひたすらドラム練習に充ててもらうしかない。
優子も優子で進路に悩んでて余裕無さそうだし負担をかけられない。オルガンをやっているとは言ったが、キーボードとは勝手が違うし、何より弾くジャンルがそれまでと違うから、やはり優子にも練習に重きをおいてもらいたい。
氷上は、どうだろう。
そうだ、こういうことこそメールで訊けばいいじゃないか。ちょうど克己、優子と都合の良い日も決まったし、それと併せてきいてみよう。そう思い立ち、翔はすぐさまメールを送る。
翔:こんばんは。初バンド会議の日程ですが、候補日として今月末、三〇日と、来月の一日、八日があがっております。ご希望の日時などはございますでしょうか?
どんな文体でメールを送ったらいいか迷った翔は、無難に丁寧めな固い文章にした。
翔はスマホをベッドに投げつけパソコンに向かい、自分たちのバンドでカバーするとしたら何の曲がいいか検索しはじめたところで。
「返信はやっ!」
部屋に響くバイブレーション音。まだ送って一分も経っていなかった。
氷上:こんばんは。どの日程でもかまいません。時間については、午前開始なら一〇時から、午後開始なら一三時半を希望します
氷上も翔にならってお固い文章に。翔はすぐさまメールの内容を克己と優子とのグループルームに放り込んだ。この二人も二人で暇なのか勉強の息抜き中かは分からないが一瞬で既読がつき、希望日時が書き込まれていく。
克己:オレは今月末の午前中希望!
優子:今月末ってとこは賛成だけど、わたしは午後がいいな~
翔:俺も午後がいいな。午前中は起きれる気がしない
優子:わたしは翔くんみたいなだらしない理由と違って、午前中は勉強に使いたいっていう真っ当な理由だからそこのところよろしく
翔:ねえそれ言う必要あった? ないよね?
克己:おっけ! 午後で行こう!
ともかく日時は決まった。すぐさま連絡先一覧から氷上の欄へ飛び、アドレスをタップしてメールを作成。
翔:六月三〇日の土曜日、一三時半に開催となりました。当日遅れないようにご参加願います
氷上:承りました。当日の持ち物などはございますでしょうか?
翔:筆記用具を持参してください。あとこれは必須ではありませんが、やる気も
氷上:承りました
翔のボケはスルーされた。やる気持参は当然だと考えているか、反応するのがめんどくさかったのか。
翔:ここで突然の質問タイム。氷上は小さい頃からどんな音楽教育を受けてきたんだ? 何も受けてないとは思えない
流石にこの質問メールに対しての返信は一分以上かかった。
氷上:物心つく頃から色んな習い事をしてきたわ。その中でも親が音楽教育に特に熱心で、声楽、ピアノ、ヴァイオリン、ギター、マンドリン、ハープ、クラリネット、木琴あたりは触れるわね。だからジャンルはクラシックにどうしても偏ってしまうのだけれど、それだけ学んできたというわけでもないわ。民族音楽、特にケルトなんて私の心をざわめかせるし、一時期はジャスにハマってサックスやドラムなんかも練習したわ。映画を見てフルートやハーモニカ、オカリナになんか手を出したり、あと――――」
まだまだ続くびっしりと画面を埋め尽くす文章。分かったのは、氷上が楽器オタクだということ。律儀に最後まで読み通した翔は、おやすみなさいとだけ返信してスマホを宙に放った。
トスンとベッドに着地するのを横目にパソコンへ向き直る。
翔は四人でバンドをする想定で、衣装や、スタジオ練習後のご飯はどうするかなど、益体の無いことを考えはじめた。
珍しくその日は、ネッ友とのやりとりの時間は一〇分もなかったという。
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