第19話 優子と氷上

 翌日。ボランティア二日目。昨日と同じく一〇時集合。

 翔が三〇分前に集合場所に行くと、見知った顔の二人が絡んでいた。


「わ~本当に氷上さんと一緒にバンドできるんだね~。ずっとお話したいな~って思ってたから嬉しいよ~」


 優子の容姿は割と整っている方だと贔屓目なしに思っているが、その思いが打ち砕かれそうになるほど気持ちの悪いニヤニヤ笑いで氷上に話しかけていた。目尻は極限まで下がり、唇の端はにょよにょよとせわしなくうごめいている。

 そういえば優子はテンション上がっている時あんな顔になるんだっけな。それで中学の時同級生からよくイジられていて、愛されキャラを確立させていたような気がする。ケッ、と内心毒づく翔。

 そんなアゲアゲ(死語)な優子に対し、氷上は平常運転、感情があまり見られないクールさを貫いている。


「そう」


 会話する気ねぇのかこいつ。


「おはよう、優子、氷上さん、氷上」


 未だ呼び捨てに慣れない翔は二回呼ぶハメになった。


「おっはよ~う、翔くん。ねえねえ聞いてよ、氷上さんってばわたしに名前呼びさせてくれないんだよヒドくない? ってあれ、氷上さんなぜそちらにっ!?」


 優子が翔に話しかけていた間に、氷上は優子の傍から離脱、翔の背後へ回る。


「俺の背後に立つな」

「なぜ? 私がどこにいようと勝手じゃない?」

「すまん。言ってみたかっただけだ忘れてくれ」

「ねぇねぇなんで氷上さん翔くんの後ろに隠れちゃったのなんでなんで~?」


 優子と氷上は翔を中心にぐるぐる回りはじめた。さながら鬼ごっこをしている最中のように。

 障害物扱いされている翔は、二人の突然の奇行に呆けていた。が、いつまでもそうしているわけにはいかないため、事態を収束させるべく氷上に声をかけた。


「なんで優子を避けてんだ氷上さん、氷上」


 そこでピタリと二人の動きが止まる。


「苦手だからよ」

「普通そういうこと直球で言うか?」

「これからバンド組むのでしょう? なら正直に言った方がいいじゃない」

「バンド組むことに幻想を抱きすぎだ。もちろん、意思疎通が円滑に取れることに越したことはないし、本音でぶつかり合えた方がいいけども。ほら、氷上さん、氷上に苦手って言われてショック受けた優子が真っ白な灰になってるぞ」

「ははっ。さ、参考までに、なんでわたしのこと苦手なのか教えてくれないかな」


 優子は顔面蒼白になって今にも片膝つきそうなくらいふらついてる。


「そこまで落ち込まないで。あくまでも私側の問題であなたに非はないわ。私があなたを苦手とする理由はね」

「う、うん」

「リア充オーラが立ち上ってるからよ。陽キャラ? って言うの?」


 氷上が翔に確認を取る。


「なんで俺に聞くんだよ」

「詳しいでしょう?」

「否定はしない」

「どういう意味~?」


 優子は無邪気に首を傾げている


「昔はリア充という言葉は恋人がいる人間に使われていたんだが、最近は単に人生謳歌してるやつ、楽しんでるやつにも使われる。陽キャラ、略して陽キャってのは特定の団体内での明るい集団に属してるやつのことを言う。対義語は陰キャ」

「わたしってりあじゅうなの?」

「明らかに。コミュ力あるし明るいしクラス内で特に仲良いやつがいて、クラスメート全員とある程度の関わりがあるんだろう? あと、リア充や陽キャじゃない人間からしてみれば、相手がリア充、陽キャかどうかすぐ分かるんだよ」


 翔レベルになると数分会話するだけで判別できる。自然に友人の話、クラスでの話が出てきて、且つそれを笑顔で口にする、等の判断基準があるのだ。


「氷上さんはりあじゅうが苦手なの?」


 優子は翔の後ろに回り込んで、氷上の目をのぞき込む。


「優子、そこらへんで勘弁してやってくれ。お前は俺たちには眩しすぎる」

「翔の表現は回りくどいのよ。私みたいに他人と線を引いて、それ以上近づかないようにしている人間にとって、どんどん距離を詰めてくる陽キャ? の人たちが苦手ってだけ。嫌いと言ってる訳じゃないのよ」

「そこまで自分で言えるってすげぇなぁ」


 翔は、やはり自分と氷上は違うのだと改めて見せつけられたような気分になった。マイペースというか、確固たる自分を持っている。

 優子は氷上のその言葉を聞いて、急に表情を明るくさせた。何かしら合点がいったようだ。


「そういうことか! 氷上さんは、猫さんなんだね!」

「何がそういうことなの。意味が分からないんだけど」

「優子、お前天才だな。例えが上手すぎる」

「へっへーんそうでしょー。分かった、もうわたしからぐいぐい行かない!」

「……釈然としないけど、分かってくれたのならいいわ」


 氷上がようやく翔の後ろから出てくる。

優子は氷上に近づいたりはせず、にこにこと氷上を見つめるだけ。


「翔、どうしちゃったのこの子」


 微動だにせず笑顔を浮かべたままの優子が不気味すぎて、氷上が引いていた。


「きっと待ってんだよ。氷上が話しかけてくれてるのを」

「……あの、毬谷さん」

「優子ちゃんって呼んで!」

「毬谷さん。気味が悪いからこっち見ないで」

「ガガガガーン。ガガガガーン」

「交響曲第五番みたいなイントネーションでショックを現されても困る」

「翔くん! どうすれば氷上さんと仲良くなれるの!」

「気長に行け。それしかない」

「うぇえ」


 そんなくだらないやり取りをしているうちにボランティア参加者が全員揃っていた。

 園長先生の挨拶が終わり、各自講堂へ。

 移動中にも優子は懲りずに氷上の後ろをちょこまかしていたが、氷上はうっとうしそうにため息をついていた。


 翔は、氷上の気持ちが理解できた。優子が幼なじみじゃなく、初対面だったらと仮定したら、同じく身構えてすぐに打ち解けることはできなかったはずだ、と。

 優子は、好意を見せれば相手からも返ってくると思っている人種だ。実際、今までそうだったのだろう。恵まれた側の人間だ。容姿、生活環境、持って生まれた性質。愛されることを疑わない。それは、自信の裏返し。


 だから優子は、好意が拒絶されてショックを受けた。そもそも相手から好意が返ってくるなんて期待していない人間はショックなど受けないだろう。

 でもこういう人間ほど性格良くていいやつなんだよな~。ケッ。

翔はまたしても勝手に劣等感を感じ自滅。しかし目の前にやるべきことが迫っていたため気持ちを切り替えた。

 翔、優子、氷上はそれぞれの持ち場につき、幕が上がるのを静かに待つのだった

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