第20話 会話のキャッチボール

「園児たちが可愛すぎてハゲ上がりそう」

「お前は女なんだからハゲ上がることないだろう。薄くはなるかもだけど」


 ボランティアを終えた三人は、高校生御用達のイタリアンレストランに来ていた。


「細かいことは気にしない! そんなことじゃ将来ハゲるよ!」

「おまっ、なんてことを! 父親は無事だが母方の祖父が焼け野原で戦々恐々してるんだぞ! そもそも外国ではスキンヘッドかっこいいって風潮があり、気にしてるのは日本人だけっていう根拠のない説が流れていて」

「翔。その話長くなる?」

「すまんもう大丈夫」


 翔は最初、氷上は来ないだろうと思っていた。けど優子が誘ったらあっさり了承したため驚いた。が、よくよく考えてみると、バンドメンバー同士は分かり合うべきみたいなことを言っていたような気がしたため納得した。


「ねえねえ翔くん、かっくんも呼ぼうよ!」

「あいつ忙しいからなぁ。来るかな」


 言いつつスマホを操作して克己にメッセージを飛ばす。


克己:すまん、部員のやつらと自主練してるから行けねぇ!


 休憩中だったのか、すぐに返信が来た。日曜日まで練習とは。気合い入ってる。

 翔は熱しやすく冷めやすい性格で、一つのものを徹底的に突き詰めたことがないため、小学校の頃からずっとバスケ一筋の克己を羨ましく思うことがある。


 何かを一生懸命やっている人間は、見ていて気持ちがいい。

 保育士を目指すかどうか迷いながらも、子ども関係のボランティアに参加する等の行動を起こしている優子もそうだ。『自分』を持っている氷上も。


 ここ数週間で関わった人たちが、それぞれアイデンティティを持っていて、それがない翔はことあるごとに引け目を感じてしまう。

 だからこそ翔は、バンドを成功させなければならないと強く思っている。


「克己は自主練で来れないってさ」

「ほえ~。練習熱心だねぇ。インターハイに向けて頑張ってるんだね」

「うちの高校のバスケ部、強いらしいわね。克己くんはキャプテンだったかしら。バンドなんてやってる暇あるの?」

「いや俺に聞かれても。てか氷上も聞いてただろ。あいつがバンドやりたいって言い始めたんだぞ」

「そうなの? 知らなかった」


 氷上はどうやらあの時のバンドしようぜ! 発言を聞いていなかったらしい。結構クラスざわついてたのに。

 翔が氷上のマイペースぶりに驚いていると、優子が仕切り直しとばかりにパンと柏手を打つ。


「はい! バンド会議の日程は決まってることだし、今日はバンドの話無しで、親睦会しましょう!」

「おい、克己ハブいて親睦会とか可哀想だからやめようぜ」


 ハブられる辛さをよく知っている翔が全力で阻止しにいくと、優子は何を言っているか分からないと言わんばかりの呆け顔でこう言った。


「翔くん、この親睦会はわたしと氷上さんのだよ?」

「ハブられたの俺だった件について」

「だってわたしと翔くんは昔からの知り合いだし、氷上さんと翔くんは同じクラスでなんか波長も合うっぽいし。わたしと氷上さん、まずはお友達からはじめるべきだと思うんだよねっ!」


 翔は思った。優子に学習能力は無いのかと。ボランティアはじまる前に自分からグイグイいくことはやめるって言ってたの忘れたのかと。

 でもテンション高く頬を染めて純粋無垢な目を氷上に向けている優子を見ていたら何も言えなくなってしまった。


「優子、お前、バンドメンバーになるからって気合い入り過ぎじゃないか?」

「もうこの際だから言うよ? わたしはもうずうっと前から氷上さんと仲良くなりたかったんだよ!」

「だってさ氷上。片思い、か。いじらしいじゃないか。ラブコールに応えてやれよ」

「翔。明らかに私が困ってるのを見て楽しんでるわよね。そういうの人としてどうかと思う」

「マジレス乙」

「あなたって本当、外にいる時と教室にいる時とで全然違うわね」

「ゔ」

「あ~またそうやって二人で仲良くしゃべってるぅ。翔くんはちょっと黙ってて」

「はい」


 大人しく引き下がった翔は、優子の猛攻をいなしまくる氷上を見て楽しむことにした。


「氷上さーん、氷上さんの好きな音楽ってなぁに?」

「クラシック」

「へぇ。オシャレだねぇ」

「別に。他にも一通りのジャンルの音楽は聞いているわ」

「JポップやJロックも?」

「もちろん。演歌からアニメソングまで網羅しているわ。ねえ翔、オススメのアニメソング教えてくれないかしら?」


 あからさまに翔を会話に巻き込もうとしている氷上。


「それは機会があったらいくらでもしゃべり倒してやる。それよか優子と話してやれよ。今日ここに来たのはバンドメンバーと親睦を深めるためなんだろ? 優子もメンバーじゃないか」

「いいのよ。音を合わせれば気持ちは伝わる。だから話す必要はないんじゃないかしら」

「もう言ってることがめちゃくちゃだよこの人」


 どれだけ優子に苦手意識があるんだ氷上は。矛盾を押し通そうとするほどのものなのか。


「待って翔くん、氷上さんがわたしと親睦を深めるつもりはないのにバンドメンバーと親睦を深めに来た、ということは、実質、翔くんと親睦を深めにきたと、とらえられのでは!? ま、まさか氷上さん翔くんのこと!?」


 優子は一気に頬を染めながら拳を握り込む。


「ないだろ」

「ないわね。毬谷さんの解釈そもそも間違ってるし。私はてっきり姿月くん、あ、弟さんの方ね、も来るかと思ったのよ」


 即座に否定。この部分では翔と氷上は分かり合えていた。お互い恋愛感情を抱くことはないだろうと。

 翔がほーんの少しばかり優子の発言にドキッとしてしまったことは男の性なので仕方がない。


「なーんだつまんなーい」

「つまらない、じゃない。あのな、バンド内恋愛は禁忌なんだぞ。泥沼だぞ」


 バンド内恋愛イコールバンド崩壊を意味する。はじまる前に終わるなんてシャレにならない。


「人を好きになっちゃったらしょうがないじゃん!」

「そうだけどさぁ」

「安心して。私に限ってそれはないから」


 氷上の、『私に限って』の説得力が半端じゃない。具体的なこと何も言ってないのに。さすが数多のイケメンをフり続けてきただけのことはある。オーラが違う。


「わたしもないけどね。だって翔くんもかっくんもただの幼なじみでそれ以上に発展することはあり得ないし」

「俺もないな。氷上も優子もタイプじゃない」

「は? 女子にそんなこと言っていいのかしら? 本心はそうでもそこは『二人とも俺なんかじゃ釣り合わない素敵な子だからな』くらい言いなさいよ」

「そんな歯の浮くようなセリフ言えるか。てかそんなこと言ったら絶対キモいって言われる間違いない」

「確かに」

「こんにゃろ」

「わたしは翔くんにタイプじゃないって言われても特に気にならないかな~」

「私もそうだけど、このネタは攻めれそうだなと思って、つい」

「つい、で攻められる俺の気持ちにもなってくれ。ってか俺と氷上が話すようになってそんなに時間経ってないのになんでそんなにトゲトゲしいんだよ」

「ストーカーされたから」

「その件については誠に申し訳ございませんでした」


 氷上と話していると、不思議な気持ちになる。普段の翔からしたらまず氷上をバンドメンバーに誘うなんて行為自体ありえないし、フランクに話せるようになるまでもっとずっと時間がかかっていたはずなのに、こうして会話のキャッチボールができている。

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