第4話 歌声
高梨は落ち着かなさそうに頭を揺らし、スカートを強く握りしめていた。派手なグループにいるからこういうところで緊張しなさそうだと思っていたが、そうではないようだ。
一方の氷上は涼しげな顔をしている。あれだな、人ってのは良い意味でも悪い意味でも興味関心があるから何かしらの感情が動くのであって、端から興味のない人間はほんとに何も感じないもんだな。
翔は、自分だったら絶対緊張してるわ、と密かに感心しながら、選定試験に注目した。
まずは高梨。緊張のせいで歌いだしは不安定かつ声量が小さかったが、中盤くらいから段々良くなっていった。
音程は……まあまあだな。
翔は趣味でゲームBGMを作っているおかげで相対音感は身についていた。だから聞き込んでいる曲については音程の合い具合等が分かる。
可もなく不可もなく、だな。悪くはないって程度。
そのうちヴォーカロイドを用いて曲を作ってみようと考えている翔はその目線で歌を観察していた。
クラス内からそれなりに拍手が送られ、安堵した様子で自分の席に戻る高梨。
次は氷上の番。
背筋が真っ直ぐに伸びていて、地面と直角に立つその姿はどこか気品を感じさせる。
これは近づきづらいわけだ。住んでいる世界が違う感覚を相手に与える。
ただ一人そこに立つだけで一種の威圧感を発している氷上を見て、教室中の生徒たちは即座に静まりかえった。
翔も例外ではなく、氷上が教壇に立ったところを見ただけで居住まいを正した。
確信めいたものを感じる。きっと、その口から、喉から、腹から出る声は。
歌い出すために息を大きく吸う。顎が少しだけ上がる。
そして、響きわたった。
文字通り、響く。イスが、机が、小刻みに揺れる。
肌に振動が伝わる。あまつさえ、心臓にも。
それでもうるさいと感じないのは、氷上の声質か、あるいは技量によるものか。
細い身体のどこからこれほどの声が出るのか。
人の身体は楽器。誰かがそう言っていた気がするが、やっと意味が分かった。実感が伴った。
一言では言い表せない、絶妙なさじ加減の音程調節。
可愛らしすぎることもなく、ハスキー過ぎもしない声質。
翔は何より声質に注目した。天性のものか、鍛えた末に出来上がったものかは知らないが、この声質なら幅広く歌い分けられる。
加えて技術面。明らかに素人じゃない。ヴィブラートはもちろん、ファルセット(裏声)もよく出ているし、ミックスボイスも使いこなしている。
息継ぎのタイミングも理想的。違和感なく、且つ息継ぎ回数をカウントするに十分に息を吸えている。肺活量もあるようだ。
最初は気圧された生徒たちだったが、徐々に耳が慣れていくにつれ、氷上の音を楽しめるようになっていった。
緩急の付け方が上手く、その落差を味わう者。翔のように声そのものを好ましく感じる者。優れた容姿を持つ人間が歌う、そのこと事態に酔う者。単純に大きく響く声、それを歌としてコントロールする様に感服する者。
誇大表現でもなんでもなく、教室中が氷上の虜になっていた。翔も例外ではない。
氷上が歌いきり、余韻が完全に消えた瞬間、歓声が上がった。
拍手ではない。歓声だ。思わず口をついて出てしまう心からの声だ。
そこかしこで上がる歓声の中でとりわけ大きく、目立っていたのは、翔のものだった。
全員が全員熱狂していたため、誰もそのことを気にかけなかった。克己を除いては。
克己は、翔が大声を張り上げている姿に目を疑った。。
翔が、兄が、学校でこんなに露骨に感情を爆発させるなんて。
これは動くぞ。運命とかこの先の未来とかなんかそういうのが。多分。
克己は胸中で漠然としたことを呟くのだった。
結果は言うまでもなくぶっちぎりで氷上。
競合相手の高梨が絶賛していたのはいいとして、教師でさえ惚けていたほどだ。
練習してたの? と尋ねられた氷上は、昔から習い事をしていただけだと答えた。
あれだけの歓声を受けたにも関わらず、氷上は普段教室でしているような、気だるげな表情のまま教壇を降りた。
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