第7話 手紙

 ノックの音が鼓膜を震わせる。


「兄さん、今、だいじょぶ?」


 控えめな克己の声。昨日のことがあったからだろう。若干声が震えている。


「休憩中だからモーマンタイ」

「おっけい」


 恐る恐る入室する克己。


「母さん、珍しく外出てるからそんな緊張しなくていいぞ」

「そうなん? 知らんかったわー」


 途端、克己は肩の力を抜いてベッドに転がった。


「悲報。氷上、屋上に来ず」

「マジで!? なんか予定あったんかな」

「常識的に考えてあの手紙、非常識の塊だったわ。気づかない俺もアレだがお前もお前だ。明らかにあの手紙はダメだろ。指摘してくれよ」

「えー。オレ、翔が書いたような手紙下駄箱入ってたら、なんだこれ面白そうっつって屋上行くけどな」

「脳天気過ぎだろ。差出人も用件も書いてない手紙だぞ。普通に行かんわ」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ」  

「んなら新しい方法を考えねば!」

「それはもう考えてある」

「さっすが~」

「まあ明日バシッと決めてくるから待ってろ」


 翔は机に向かい、手紙をしたためた。

 明日、それを朝イチで氷上の下駄箱へ投函する予定だ。


「へ~なになに……先日は不躾に怪文書を送ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。私は貴女と同じクラスの姿月翔と申します。この度は私のバンドにお誘いするべく手紙を送らせていただきました。貴女の声が必要なのです。返事はすぐでなくてかまいません。本日六月一三日から一週間後、六月二〇日の放課後の屋上にて返事をお聞かせ願いませんか? お待ちしております……やけに丁寧だな。クラスメートに送る手紙とは思えん」


 克己は翔の後ろから手紙を読み上げると、渋い顔を作った。


「このぐらい丁寧な方がいいんだよ。俺たちは氷上さんのこと何も知らないんだし話したことすらないんだぞ?」

「確かにな。流石のオレも話しかけに行くのは勇気がいる相手だわ。なんちゅーか壁感じるんよな」

「分かる」

「翔と同じ種類の」

「……そんなに俺、拒絶オーラ出てる?」

「出てる出てる。ほら、翔がよく見てたアニメのなんとかフィールドばりに」

「そんなにかぁ。まあ教室内で友達なんかいらないからいいけど」

「ひねくれてんなぁ。んなこと言って本当は友達欲しいんだろ?」


 再びベッドに戻っていた克己が何気なくそう言った直後、やたら大きな音を立てながら翔が立ち上がった。


「そういうのが一番むかつくんだよ。勝手に決めつけるな。お前も知ってんだろ。俺はSNSを通じての友人が沢山いるし、オフ会にも参加しててリアルの繋がりもある。誰も彼もが学校で友達とエンジョイしたいと思ったら大間違いだ」

「……へーい。気に障ること言ってすまんかったな。自分の部屋戻るわ」

「おう。報告楽しみにしとけよ」

「ん」


 険悪になりかけていた空気は霧散。翔は腰をおろした。

 勉強するか。んでその後はネトゲだ。

 翔は頭を切り替えてルーチンワークへ移るのだった。


 

 翔が手紙Ver.2を送った翌日。

 下駄箱を開けた翔は、予想外の出来事に下顎ががくんと下がった。

 手紙が入っている。しかも淡いピンク色ので、表には姿月翔様へ、と丸っこい字で書いてある。

 この手紙は女子からのものだと見て間違いないだろう。

 下駄箱に投函される手紙は二種類のみ。ラブレターか果たし状だ。

 昨日、自分がそのどちらでもないものを投函したことをすっかり忘れていた翔は、震える手で手紙を回収した。


 まさかまさかまさか。

 早足で男子トイレの個室へ駆け込み、鍵をかける。

 閉じるために使われていたシールをゆっくりとはがす。

 ついに俺にもこの時が。


 ―――なんて期待は、トイレに駆け込んだ時に自ら握りつぶした。

 頭を冷やせ。影が薄く誰の印象にも残っていないような俺がラブレターなんぞもらえるわけがない。大体今の時代、ラブレターなんて文化は廃れている。主流はメッセージをリアルタイムで送り合えるスマホアプリでの告白だ。

 ともすると、恐れていたことの到来かもしれない。

 そう。イタズラ。明確な悪意の矛先が向けられた可能性。

 先ほどとは違う意味で震えながら、中身を取り出した。


『今日の放課後、体育館裏に来なさい』

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