第32話 変装

 期末テストが終わり、高校生最後の夏休みがはじまった。

 克己はなんとか及第点を取り高校の補修を回避した。塾に通いながら部活に全力投球する日々へ。


 翔は校内一位をマーク。五点差で氷上が二位だった。

 この二人がメールで煽り合ったことは言うまでもない。メールのやり取りの翌日、翔が教室に入った時からずっと氷上が翔のことをにらみつけていたため、翔は内心ヒヤヒヤした。


 優子は偏差値高めのお嬢様学校で校内二〇位と好成績を残した。優子も姿月兄弟と同じ塾、コースに申し込みをしたため、三人は夏休み中もほぼ毎日顔を合わせることになる。ちなみに氷上は独自に受験勉強を行うそうだ。

 夏休みがはじまり二週間が経った、ある日のこと。


「かっくん、もうすぐインターハイだね」

「だな。今年こそ優勝狙う!」

「さすが部長。気合い入ってんね~」

「あたぼうよ。オレは、オレだけは、弱気になっちゃあいけねえんだ。チームを引っ張るものとしてな。リーダー兼ムードメーカーは苦労するぜよ」

「お疲れさん~。わたし、友達連れて当日応援行くからね~」

「ゆうちゃんの友達?」

「うん。かっくんの写真見せたらファンになっちゃってねぇ。この色男ぅ」

「あーマジか。ありがたい、けど」

「だいじょぶだいじょいぶ、かっくんカノジョ作るつもりないって言ってあるから。バスケが恋人だって豪語してた、って伝えてあるから」

「助かる」


 塾の休み時間。

 後ろの席で行われているリア充トークに聞き耳をたてている男子生徒が一人。そう、翔である。克己と優子は、それぞれ数人友達を引き連れて夏期講習を受けにきているのだが、時々こうして二人でご飯を食べている。お互い自分の所属するグループに、ごめんちょっと抜けるわいーよいーよ行ってきなよさんきゅごめんな、というようなグループ特有の会話を毎回律儀に行ってから。お勤めご苦労様です。


 無論、夏期講習には翔のクラスメイトが数人来ている。翔にとって疑似教室そのもの。だからおおっぴらに克己と優子に接触することはできなかった。

 翔は黙って、克己の応援に行くつもりだ。今まで克己の試合を見たことはなかったけれど。できるなら、氷上も連れて。


 だって、バンドメンバーだから。そう、兄弟としてではなく。

 克己に、バンド続けるかどうか前向きに検討すると言ったが、翔の中では既に答えが出ていた。ただ、ああ言ってまだ二週間そこそこしか経っていない手前、すぐに、バンド続けますと言い辛いというだけで。

 手早く氷上にメールを送り、翔は自主勉強に取りかかった。



「あ、翔くんと氷上さん」

「変装バレた」

「なんでバレたのかしらね」

「二人の変装見慣れてるわたしだからこそですな。にしても惜しかったね~。あれだけの接戦、どっちが勝ってもおかしくなかったよ~。というか、あと数秒あればかっくんが絶対得点してたよね! あ~モヤモヤするぅ」

「仕方ないでしょ。それが勝負の世界だもの。一分一秒で結果が割れることがある。その片割れになっただけよ」

「冷めてるねぇ氷上さん。冷めてると言えば、翔くんも氷上さんも冷たいなぁ。来てたなら声かけてくれればよかったのに」


 克己の試合が終わってすぐ、氷上と翔が飲み物を買いに自販機に来たところ、同じ目的で足を運んでいた優子と偶然かち合った。


「だって、お前の周り、わたしたち輝いてます! って感じのオーラ出してるイケイケ青春ど真ん中なやつしかいなかったじゃん。目が焼かれるから近づきたくなかった」

「私は単にあいさつするのが面倒だっただけ。グループで楽しんでいるところに水を差すのは野暮ってものよ」

「あ~そうだね、うん。二人ともそういう性格だったね。そろそろわたしも慣れないとね。ごめんね」

「そうだぞ早く慣れろ」

「いいわよ別にそんな深く考えなくても」

「あ、立ち話もなんだし、どうせならこのまま三人でかっくんのとこいく? なんだったら励まし会的なノリで食事とか」

「やめとくよ。今、こんな変装姿で出て行ったら克己に迷惑かかるし、あいつ、もしかして俺が試合見たってこと、嫌がるかもしんないから」

「確かにその変装はアレだけど、かっくん、嫌がらないと思うんだけどなぁ」

「私もやめておくわ。姿月くん、部長だからこれから他の部員との予定が目白押しでしょうし、その予定が終わったら一人で結果と向き合う時間も必要だと思うから」

「は~、氷上さんは大人だねぇ。分かった、わたしも今日は帰ることにするよ~。家に帰った後のフォローはよろしくね、お兄ちゃんっ。じゃ、わたしは友達のとこ戻るね~」


 とっとことっとこ友達のところへ戻る優子を見送ってから、翔と氷上は出口へ向かった。


「すごいわね、姿月くん。一人で実力的にも精神的にもチームを引っ張ってて」

「ああ。ああいうのを、輝いてる、って言うんだろうな」


 翔の声音にはいつもの羨むような、僻むようなニュアンスが感じられず、氷上はそれに違和感を抱いたもののスルーした。


「姿月くんには悪いけど、これでバンドの方に時間を割けるようになるわね」

「そうだな。後は勉強と両立さえしてくれれば」

「私たち、受験生だものね」

「こんな時期にバンドやろうだなんて、バカだよな」

「いいんじゃない。他ならない私たちが納得していれば。それで他人にどうこう言われたって知ったこっちゃないわよ」

「ソロ充様の言うことは違いますなぁ」

「それ褒め言葉よね」

「もちのろん。そだ氷上、今日時間あるか? ちょっと楽器店行きたいんだが」

「ごめんなさい。この後すぐに帰って勉強しなくちゃいけないの。お母様が家にいるから」


 急に氷上の声から温度が消える。


「そっか。分かった」


 翔は短くそう言うのみ。

 それから翔と氷上はお互いに各教科の問題を出し合いながら帰路についた。

 

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