第39話 ストーカー再び
翔:カラオケ行こうぜ
と、氷上にメールを送ったのは、克己に活を入れられた日の夜。
返信は当然なく、翌日の朝を迎えた。翔は、とある計画を実行すべく、決意を固める。
休み時間、克己に目配せする。それを合図に、克己は友人たちと会話をしながら少しずつ移動をはじめた。
すると不思議なことに、教室中の人間の配置が次々と入れ替わっていく。
「ごめん、ちょっと席貸してもらっていい?」
「ど、どうぞ」
きた。翔は内心ガッツポーズをとりながら、席をどいた。
普段だったら舌打ちしていたところだが(もちろん心の中で)、今はしてやったりとほくそ笑んでいる(もちろん心の以下略)。
グループ同士は、干渉を嫌う。近づきすぎないように、ほぼ無意識に一定の距離をとる。その習性を利用した集団操作。
クラス内の配置を意のままに操る様はまさに指揮者。クラスの中心人物、絶対的リア充というタクトを振るう克己の姿には畏敬の念を抱いた。
そしてそのリア充力にあらがえるのは、同程度のリア充力を持つ者のみ。
見た目にリア充力を全振りしている氷上だ。そこだけぽっかりと穴が開いたようにスペースができている。克己のコントロールのおかげで、氷上の隣の席が空く。
翔は教科書、テキスト等を持って、当たり前のようにその席に座って自習をはじめた。
これには氷上も動揺したらしく、目を見開いて翔の方を向いた。しかし、それは一秒にも満たない時間で、すぐに視線は窓の外へ。これでいい。プレッシャーをかけられれば。
昼休み。
氷上は終業のベルが鳴るとすぐさま席を立ち、教室から出ていった。
翔はそれに追随。
食堂で、一人分のスペースを開けて座り、話しかけるなどの決定的な行動をとるわけでなく、ただ食事をする。
氷上は丁寧に食べるように見せかけてその実最速でお昼ご飯を口に運び、ものの一〇分で完食。持ってきていた文庫本を片手に食堂を早足で出て行く。
着いていく翔。行き先はある程度予想ができていた。なにせこれと同じようなことをやっていたから。
翔の予想通り、氷上は図書室へ入っていった。氷上のついた席から一定距離を開けて座る翔。
一日中、翔は氷上に張り付いた。それはもう露骨に。あくまで偶然を装って。氷上は最初から故意だと気づいていたが、クラスメートたちは気づかない。
そんな日が一週間も続いたある日。
氷上:一六時半に裏庭
六限目、HRが終わり、すぐにスマホを確認した翔は、冗談ではなく一瞬心臓が止まった。
ついに来た。約束の時間まで、氷上に言うべきことを頭の中でまとめる。まとめようとする度に、言葉があいまいになっていき、定まらなくなっていく。
翔はぶっつけ本番で説得することに決めた。
先に裏庭で待っていようと席を立ちかけた時、気になる会話が聞こえてきたため、浮かしかけていた腰をおろした。
「な~な~かっちゃん、もうすぐ文化祭だけどほんとにバンドやるん? 今だに信じらんないんだけど~」
克己の取り巻き、クラストップカーストグループの一員のチャラ男……って呼び方は、良くないよな……加藤は克己にそんな質問を投げかけた。
加藤は氷上のことを知る由もないのだが、なんというタイミングで爆弾を投下してくれたんだ。しかしそこは克己。変わらぬ笑顔で、自信たっぷりに、こう言い放った。
「おうよ! もちろんだ! 最高のメンバーで、最高のライブをぶちかます予定だからよろしくぅ!」
それを聞いてやんややんやと克己を持ち上げる友人たち。クラスのみんなも一様に克己に羨望のまなざしを送っていた。
「はぁ~まーじでかっちゃんすげえわ。勉強もがんばってっしさ。あぁ~おれもバンドとかでスカッとしてぇなぁ。そうだかっちゃん、今からおれをメンバーに入れてくれん? めちゃ練習するかんさ!」
聞き捨てならないセリフ。鼓動が速まる。
「すまん! メンバー足りてんだ。これ以上は増やせん!」
パン、と大きな音をたてながら手のひらを合わせ謝罪する克己。だが、尚も食い下がる。
「頼むよかっちゃん~。そだ、確か最初、かっちゃんが翔くん誘った時、翔くんあんま乗り気じゃなかったぽくね? おれと入れ替わりじゃダメなん?」
「いや~厳しいかな~」
「え~なんでさ~いいじゃんいいじゃん~。あ、本人に許可取ればいいよね? ちょい待ち」
克己たちの話なんか無視してとっとと教室を出ればよかった。加藤がもう目の前に来ていた。
「ねえねえ翔くん、悪いんだけどかっちゃんのバンド抜けてくんね? おれめちゃくちゃ練習して文化祭までに間に合わせっからさ。パートなに?」
「べ、ベース」
「まぁじで!? おれの兄貴大学の軽音部でベース弾いてるんよ! 教えてもーらお。翔くん、安心しておれに後を任せな! いいよな? な?」
克己の取り巻きだけあって、イケメンだ。多少ちゃらいが愛嬌があるし、コミュ力あるし、運動もできる。邪気のない笑顔。きっと、これまで多くの人間に愛されて、肯定されて生きてきたのだろう。きっと、こいつがバンドに入った方が当日のライブは盛り上がる。技術が拙くともステージパフォーマンスは上手そうだし、なにより人脈がある。ビジュアル面でも俺に大きく差をつけている。
バンドの成功を願うなら、ここで身を引くことが正解なのかもしれない。
翔はクラス内の日陰者。克己と絡むことが本来は許されない存在。なんでコイツが、このメンツの中にいるんだ? と誰もが思うはず。
『マジ克己クンこんなんとバンドなんかやらない方がいいって。絶対。印象がた落ちじゃん。つかかキモオタ自分からやめろよ。克己クンに迷惑かかんの分かってるっしょ?』
できたばかりのカサブタをはがされた時のような痛みとともに、かつてぶつけられた言葉がリフレインする。
翔は、震えながら、必死に声を絞り出す。
「ご、ごめん。ごめんなさい。それは、できない」
断られるとは思ってなかったようで、満面の笑みから瞬時に呆け顔になった。
「ええ~そりゃないよ~翔くん~。バンドやるの、嫌なんじゃなかったの?」
さきほどから異常分泌している唾液をゴクリと飲み下す。大きく息を吸う。気道が広まる。
「最初は確かに嫌だった。でも今は、そうじゃない。俺は、克己や、他のメンバー全員とバンドがやりたいんだ。克己の言うとおり、最高のメンバーなんだ。このメンバーじゃなきゃ意味ないんだ。だから、ごめん。バンドメンバーの変更は、できない」
真っ直ぐ目を見て、ハキハキと話す翔に、注目していたクラスメートたちが意外そうに見つめる。これまで教室内での翔といえば、誰とも目を合わさず、口を開けばつっかえつっかえ、声も小さくて聞き取りづらい、とコミュニケーションが取りにくい人間だった。
そういう印象を持っていたクラスメートにとってこれほど明確な『線』を形作った翔ははじめてで、クラス中が二人の動向に注目していた。
「……かー、そっかそっか。そこまで言われちゃ引き下がるしかないな~。つか今から練習とか現実的じゃないか~。めんごめんご! おれってば思いついたらすぐ行動したくなっちゃうタイプでさ~。や~でも翔くんがこんなにちゃんと話せるとは思わなかったぜよ!」
バシバシと翔の背中を叩く加藤。翔は、動悸がだんだんと収まっていくのを感じていた。
良かった。ネガティブな感情をぶつけられなくて、と翔は安心する。
「い、痛い。加藤、力強すぎ」
「おっとぅ。失礼失礼。勉強の邪魔して悪かったな! また今度かっちゃんとかも交えて飯でも行こうぜーい!」
「お、おう」
人好きのしそうな笑顔で、加藤は克己グループの元へ戻っていった。
それに合わせて、クラスの雰囲気が通常運行に戻る。
なんとなく気まずさを覚えた翔は、手早く荷物をまとめて裏庭へ向かった。
裏庭は相変わらず人気が無かった。流石氷上が指定する場所ではある。氷上が選ぶ場所は、いつだって人がいない。別に立ち入り禁止になっている場所じゃないのに。
裏庭に群生している木の一つに背中を預け、深呼吸をする。
ああああ何てことをしてしまったんだ! クラスで存在感を消すことに命をかけてたのに。入学以来の努力が水の泡だ。まだ高校生活若干残ってるのに!
そんな後悔の念にかられながらも、翔は不思議な高揚感に包まれていた。
こんな風に、特に親しくない人にモノを言えたのは久しぶりだ。
そして口に出したことにより、翔は自分の気持ちを理解した。
そっかぁ。なんだかんだ言って、バンド、やりたかったんだなぁ。しかも、今のメンバーじゃないとやりたくないんだなぁ。知らなかったなぁ。俺がこんなにもメンバーのことが好きで、バンドやりたかったなんて。一人きりなのに翔は勝手に赤面して悶え、うずくまった。
氷上と克己に聞かれた。絶対イジられる。
「何してるの。そんなところで体育座りなんてして」
頭上から降ってきたのは、氷上の冷たい声だった。
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