第48話 Blue Springs

「そんなことがあったのね。ふぅん、あなた、首席卒業目指すのね」

「同じ大学だからって邪魔するなよ」

「それはどうかしらね」

「ま、全国模試で流々風に負けたことないし、その心配はないか」

「油断してると足元すくわれるわよ」

「おー怖い怖い。学部違うから同じような学力でも成績に差が出てくるかもな」

「それがね、私、法学部から、文学部にしたのよ。色々やりたいことがあって、ね」

「マジで!? 聞いてないぞ!? うわー同じ大学なのは知ってたけどまさか学部まで被るなんて。てか流々風んとこの親も厳しいんだろ。直前の学部変更、怒られなかったか?」

「いいえ。はっきり自分の考えを主張したら、受け入れてくれたわ。文化祭のライブの時、来てたらしくて。カッコよかったわよ、って感想も言ってくれて。私の母も、変わった部分があったんだと思う」

「そっか。そりゃ良かったな」

「ええ。これも、バンド活動のおかげかしらね」

「……だな」


 そよ風が頬を撫でる。

 二人は、また、黙って運動場の方を眺めた。

 相も変わらず、優子は追いかけられていたが、わざと転ぶフリをして、園児たちにつかまっていた。


 もみくちゃにされながらも、幸せそうな笑顔を浮かべている。

 優子は保育士学科のある中堅大学に進学が決まっている。保育士一直線で、合格が決まってからすぐに保育関連の教科書を読み始めたそう。

 二人の視線に気づいた優子が、園児たちを振り切って、縁側までやってきた。


「そろそろ、準備はじめようか!」


 それと同時に、克己も保育士さんたちとの会話を切り上げて、合流する。


「なあ、早くやろうぜ。身体がうずうずしちまってかなわねえ!」

「おう。んじゃぼちぼち動きましょうかね」


 翔が腰を上げたのを契機に、全員がオルガンのある教室に移動をはじめる。

 各々、楽器の調子を確かめながら、彼の日を振り返っていた。


「ふふふ、Blue Springs、再始動だね」


 優子が自由気ままに鍵盤を叩きながら嬉しそうに声を漏らす。


「だな。ま、再始動っつっても、これで活動最後になると思うけど」

「なんでそんなヒドいこと言うのっ!?」

「現実的に考えろ。俺たちの進路はバラバラ。進学してからやることも全然違う。それぞれ楽器なんて触ってる余裕、ないかもしれない。そもそも予定も合うか怪しい。変わってくんだよ。生活も、何もかも」 


克己と流々風は手を止め、翔と優子の会話に耳を澄ませていた。


「わたし、このバンドだけは、繋がりだけは、なくしたくない。だって、みんなと話してると、楽しいし。気、合うし。離れちゃったとしても、SNSとか、電話とかで連絡取り合いたいし、定期的に会いたいし。それぞれバイトとかしてさ、旅行行ったりさ、そういうこと、したいって思ってるの、もしかして、わたしだけだったのかな?」


 若干涙声になってきた優子。

 静観していた二人が口を開こうとしたが、翔が手で制する。


「優子、お前、何か勘違いしてないか? バンド活動は終わるかもしれないけど、繋がりが切れるなんてことは言っちゃいない。バンドっていうものに固執する必要はないんじゃないかってことが言いたかったんだ。だってさ、そんなものなくても、その、あー、俺と克己は兄弟だし、優子……ゆうちゃんは幼なじみだし、流々風は知らんけどなんだかんだで関わりはありそうだし、つまり、お前が心配してるようなことは、えー、無いと思う」


 そっぽを向いて、赤くなった顔を隠そうとしている。だが、耳が赤くなっていたため、隠し切れていなかった。


「ちょっと、私のとこだけ雑じゃない? あなたとコンビ組んで同人音楽活動する話、無しにするわよ?」

「すみませんでした。流々風は俺たち全員が一目置く人物であり、核であり、なくてはならない存在であります、はい」


 鋭いながらどこか茶目っ気をたたえる瞳を翔に向ける流々風と、その視線を受けて萎縮する翔。

 その二人を見て、優子はたまらず吹き出した。


「ぷっ、ふふ。完全に尻に敷かれてるね、翔く……かーくん」


 弛緩する空気。それを引き締めるように、克己がカホンを叩いた。


「さて、翔が良い感じに締めてくれてたところで、オレたちの、最後になるかもしれないライブのために最終調整しようぜ。さっき翔は、バンドっていう形に拘らなくても、って言ったけど、やっぱデカいだろ、オレたちの中じゃ。バンド、ってか、音楽か。音楽が、オレたちを結んでくれた。それに感謝する意味でもさ。園児たちに伝えようぜ。音楽って、楽しいんだって。素晴らしいんだってさ」


 爽やかな克己の笑顔。それぞれ感じ入るものがあったようで、準備作業に戻った。

 比較的準備の少ない優子と克己はすぐに楽器の準備を終わらせ、園児たちをひまわり組の教室……ライブ会場に呼び込んでいる。

 流々風はアコースティックギター、翔はアコースティックベースを念入りにチューニングする。


「にしても、わざわざこのライブのために新しい楽器買うなんて、バカだよな」

「それほどこのライブが大事ってことでしょ」

「まあ、そうなんだけどな。大事ってか、楽しみにしてた。保育園で演奏なんて新鮮だし、こういう機会だからこそ、オリジナル曲とじっくり向かい合えるような気がするんだ。文化祭の時は熱に浮かされて訳分かんなくなってたから」

「あれよね、愛してる~ってやつ」

「そのネタでイジるのいい加減勘弁してくれ!」


 声を殺して笑う流々風にうらめしげな目を向ける翔。

 園児たちが軒並み集まり、翔たちの準備が終わったところで、一旦教室の外に出る。


 全員が全員、穏やかな表情で、教室の中をのぞいた。

 騒ぐ園児たち。

 木の香りがする室内に差し込む光。


 オルガン。

 カホン。

 アコースティックベース。

 アコースティックギター。


 黒板には、大きく『Blue Springs』とチョークで書かれている。


「やっぱダサいような気がしなくもないんだよな、バンド名」


 翔がボソリと呟く。

 そんな翔に肘鉄を喰らわせながら、優子はムッと口を尖らせた。


「みんなで決めたことでしょ~。ていうかこのバンド名、ブルーハーツっぽくしたいっていうかーくんの一言が決め手になったみたいなものでしょ」

「いやいや、決め手は他の候補が明らかにおかしかったことだろう。何だよ爆発マーガリンとか残像エビフライとか」

「も~いいってその話は! ライブ直前なんだから集中集中! こほん、え~、皆さん、今日はわたしのわがままに付き合ってくれてありがとう! セトリ確認いくよ! どんぐりころころ、森のくまさん、大きな栗の木の下で、きらきら星、最後はわたしたちの歌、ね!」


 文化祭ライブの前。優子が保育園のボランティアをした時、園児に、文化祭で演奏することを漏らしたところ、聞きたい! とねだる子が多かったそうだ。

 希望する園児たち全員が、高校の文化祭に来れるはずがない。だから約束したそうだ。じゃあ保育園で発表会するね、と。

 優子一人でもよかったらしいが、優子本人がバンドメンバー全員で演りたいと言い出したため、全員の予定が合う時を狙った。それが、高校卒業直後の今、というわけだ。


 当然、当時最高学年の園児は卒園してしまっていたが、今日は卒園児たちも勢揃いしている。優子の愛されようがうかがえるというものだ。

 優子が、真っ直ぐ手を突き出す。

 克己、流々風、翔の順で、手を重ねていく。


「ではバンドリーダー、ここで一言お願いします!」


 優子が突然翔に振った。


「え、俺? えーっと……最高のライブにしようぜ!」

「「「おー!」」」


 引き戸を開け、翔たちは元気良く教室の中へ足を踏み入れた。

 それぞれの楽器が奏でる、電子楽器とはまた違った、あたたかな音。

 園児たちも知っている、もちろん翔たちも知っている、昔から伝わる懐かしいメロディーが響く。

 翔たちの演奏に、園児たちの歌が加わる。

 残すところ、あと一曲。


「みんな、ごめんね。最後の一曲は、みんなが知らない曲なの。私たちが作った曲だから。歌詞の意味も分からないかもしれない。それでも、聞いてくれる?」


 聞きたーい! 聞かせてー! 

 そんな無邪気な声が返ってくる。

 この園児たちが、歌詞の意味を理解できる年になるまで、この曲のどこか一節でも覚えていてくれていたら、いいな。


「ありがとうね! それじゃあ、いくよ!」


 

人はそれを青春と呼ぶのだろう


作詞:氷上流々風 作曲:姿月翔・氷上流々風 編曲:姿月翔


 退屈な日々 押し殺した日々 自分はどこにあるのだろう いつからこんな自分になってしまったのか 湧き出る熱は行き場を失い消えていく

 そうきっかえさえあれば かみ合った歯車は動き出す 逃さぬように手を伸ばせ 求むるものを口ずさんで

 私 今 歌っている この歌を歌っている この曲を聴いてくれるあなたがいる それが証明 私が変われた証明 私自身になれた証明なの

 

 いつからだろう泳げなくなったのは 息継ぎするのが億劫になり 残った酸素抱いてただ沈むだけ 頑なに動かず、膝を抱える日々

 かつては空だって飛べた 陸を走り回ることもできた 水中を自由に泳げることだって もう一度思い出して さあゆこう

僕は 今 歌っている ステージの上で歌っている ここは自由だ どこまでも行ける バンドを組んでライブしている 僕が僕であるために 声の限り

 

 劣等感抱いて素直になれず 未来憂いて不安になり 自信持てず殻にこもり 自分殺して諦めても きっと差し伸べられる手が すくい上げてくれる


 私 今 歌っている 僕は 今 歌っている 簡単なことだったんだ やりたいことをやればいい


 後先考えず 後悔しないよう 今を全力で生きるんだ 私が 僕が 自分自身であるために

 さあ歌おう 曲は君の中にある

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人はそれを青春と呼ぶのだろう 深田風介 @Fusuke

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