第9話 張り込み調査
克己:そっかー、失敗しちゃったか。ドンマイ! で、どうしようか。別の子探す?
姿月家。帰宅部の翔は夕方には自宅に戻っているが、バスケ部の克己は帰りが遅く、二人がやりとりをするのは基本夜二一時くらいからになる。
今日は父親が家にいるため、克己は直接翔と会うのを避けている。
姿月家の両親は学歴主義で、この時間、翔が勉強していると信じて疑っていない。
そこで克己が翔の部屋に訪れたらどうなるか。
翔は、両親の視野狭窄ぶりに辟易しつつ迎合している。
成績さえ維持してれば、深く詮索されないから楽なんだけどな。
今だってネトゲしてるし。そろそろボス戦終わるし切り上げてSNSで適当にフォロワーさんと絡んでBGM作りに励むとしよう。
翔は克己とメッセージのやりとりをしつつ趣味の時間を過ごす。
翔:別のやつ? ありえん。あそこまで歌えるやつが俺たちの学校にいるだろうか? いやいない
克己:んまあメンバー集めは翔に一任してあるからな~。翔が満足するまで頑張れ!
翔:任せられた記憶はない。お前はどこまで他力本願なんだ。パート決めどうする? 曲は?
克己:オレはドラムやりたい!
翔:そういやうちにある電子ドラム叩いてたな
克己:簡単な曲なら叩けるようになってきた! だから翔はギターかベースだな
翔は曲を作るため、いくつかの楽器を所持している。
防音室がなく、大きな音を出せないことを考慮して、エレキギター、エレキベース、キーボードと電子楽器だけ。
電子ドラムにだけは家族共用。どうやら父と母もたまにストレス発散で叩いてるようだ。
翔:ギターとベース一人ずつ確保してシンセやるって手もあるぞ
克己:シンセって?
翔:シンセサイザー。キーボのことだよ。キーボード。っってかバンドやりたいなら少しはバンドのこと調べろ
克己:だいたいのことは翔がなんとかしてくれるかなーって
翔:だから他力本願過ぎるだろパート二。集まるやつら次第だけど、個人的にはベースをやらなきゃと思ってる。お前まだ初心者だし本番走るだろうから
克己:いやいや流石にライブ中に走り出すとかありえねーよ!
翔:ドラムが走るっつうのは規定テンポより明らかに速くなってる状態を言うんだよ! ベースの返し、あ、返しっつうのは自分たちの出してる音が聞こえるように、バンド側に置かれたスピーカーのことなんだけど、それ大きくしといてお前の耳に俺のベースの音が入るようにしとけば俺がリズムコントロールできるからな
克己:うん、翔に任せておけばなんとかなるって分かった!
翔:だから他力本願パート三。まあお前はドラムの練習だけしてればいいや
克己:おう!
克己とのやりとりを終わらせた翔はスマホをベッドに放り投げ、イスの背もたれに体重をかけた。
右手で目を覆い、足で勢いよく床を蹴りイスをくるくる回転させる。
どうすれば氷上の勧誘を成功させられるか。いかんせん氷上に関する情報が少なすぎるな。こういう時、学校に友達がいないことが悔やまれる。克己は役に立たないし。俺一人で情報収集するしかないか。
翔は決意を固めながら、目を回すまでイスを回転させ続けた。
翔は早速翌日から氷上に関する情報収集に身を乗り出した。
ひたすら氷上の会話に耳を傾ける。だが、氷上の会話の頻度はそう多くなく、あっても当たり障りのない会話ばかりで、しかも自分のことはほとんど話していない。分かったことといえば、氷上が流行に疎いという点だけだった。
普段は教室で一人飯をキめているが、情報を集めるためだ。翔はそう自らを鼓舞し、昼休みの時間、弁当をもって席を立った。
学食。そこはリア充の聖域の一つである。
二人組以上のグループが大半を占めるこの空間。どこもかしこもわいわいぎゃあぎゃあと騒いでやがる。そこに一人でいるとさらし者にされている気分になる。
教室の方がマシだな。翔は居心地の悪さを感じつつも、氷上と同じテーブルについた。
最近氷上に注目していたから気づいたが、氷上は基本俺と同じく教室で一人で食べるタイプ。
だが違うのは、誘われたら一緒に食べることだ。まあ俺は誘われもしないんだけど。
今日はまさに誘われたパターンのようで、氷上含めクラス内でそこそこ地位の高い女子四人のグループが形成されている。
テーブルは八人掛け。右端に氷上たち四人、その横に二人組、そして左端に翔。
二人組が大人しめの男子たちだったため、なんとか翔の耳にも氷上たちの会話が届いた。
しかし昼食の場であっても氷上はあまり会話に参加していない。つまり、得られる情報はほとんど無かった。
氷上さんもそろそろLineとかTwitterとかやればいいのにー。え、インスタもやってないの? というクラスメイトの発言から、SNSに手を出していないことが分かったのは収穫といえば収穫。
最悪の場合、アカウント特定して裏アカで親交を深め、俺でしたーという戦法もとれたのだが。リアルではコミュ力ゴミだけどネット上ではコミュ力無双できるのが翔の強みだ。
またオフ会にも積極的に参加していることから、ネットで仲良くなってからリアルで仲良くなるというパターンは翔的にアリらしい。
翔は、案の定突き刺さる、ボッチに対する冷ややかな視線を受けながら粘ったが、昼休みが終わる一〇分前になっても氷上勧誘の手がかりは掴めなかった。
引き上げを考えていたまさにその時、翔にとって聞き捨てならない話が聞こえてきた。
「てかさー、氷上さん成績いいよね。内申点も高そうだし」
「あ、あたし聞いたことある! 氷上さんって確か小学生の頃からボランティア皆勤賞だって!」
「いいなー。そういうので内申点稼げるの。うちが今からボランティアとかやっても、こいつ明らかに内申点稼ぎにきたなって思われるだけだもん」
成績の話。進路の話にも結びつくものだ。
氷上は自分が会話の引き合いにだされても、相変わらず微笑んでいるだけ。愛想笑い、と表現した方が正しいか。
翔は有益な情報を得られるかもしれない、という期待に胸躍らせながらも、会話の内容にモヤモヤしていた。
別に内申点稼ぎが目的とは限らないだろう。それに、今からボランティアをはじめて内申点稼ぎだ、と思われて何が悪い。志望校側からしたら、そこまでして自分のところを志望してくれるのかと喜ぶかもしれない。それにどんな動機であれボランティアをやることは良いことだと周りから認知される。何もせずダラダラしているより、きっかけはどうあれボランティアなりなんなりに参加したらどうなんだ。
と、誰に話すことなく己の中で持論を展開する翔。
「成績良いといえば、うちのクラスの、かっちゃん兄も良かったよね」
「兄の方ね」
「あんま話したこと無いなー。頭良くてもネクラっぽくてあたし苦手だなー」
「克己くんと本当に兄弟なのか疑いたくなるレベル」
「それ!」
唐突のディスに袈裟斬りされ、小さく呻く。
くっそ、ここにいるんだよ本人が! 壁に耳あり障子に目ありという言葉を知らんのか!
翔のマッチ棒ばりに細い心がぽっきり折れた。怒りの炎を燃やしたまま折れた。
まだあと少しその場にいることはできたが、翔は席を立つことにした。
背を向け、立ち去ろうとした際も会話は耳に入ってくる。
「ねえねえ氷上さん、学校で紹介してるボランティアに参加してるんでしょ? 次どっか行くの?」
「ええ。来週の日曜日に、お台場の児童会の手伝いに行くわ」
「へぇ~。氷上さん子ども好きなの?」
「いえ、特に」
「そ、そう」
ほう。なるほどなるほど。
傷心の翔のテンションは乱気流の中にあり、流れに任せるまま掲示板へ直行、ぎりぎり申し込みが間に合うことを確認し、応募用紙を提出。
後に後悔することになるのは、当たり前という話で。
「あー明日行きたくねー。せっかくの日曜日ガー」
現実逃避で曲作り、ネットサーフィン、SNSでフォロワーと絡む、マンガアニメ携帯ゲーム、最後に難関大学予想問題集とフルコースをキめ、寝不足のまま翌日を迎えた。
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