第14話 ボランティア
良案が浮かばない翔の元へ、チャンスがやってきた。
挑戦し続ける者にのみ勝利の女神は姿を見せる。
優子と再会した日、六月一七日から五日経過した、二二日の金曜日。
翔は例によって例のごとく、食堂に女子数人を伴って向かった氷上に着いていき、聞き耳を立てていた。
そこで、前回と全く同じパターンで氷上のボランティア情報を得たのだ。
空の果て幼稚園という名前の幼稚園のお遊戯会のお手伝い。二日かけて準備が行われるそうだ。
応募を終えた翔の元へ、メッセージが届く。
優子:ねえ、もしかして翔くんも空の果て幼稚園のお遊戯会お手伝いに申し込んだ?
翔:今さっきな。氷上さんも参加が決定してるそうだ
優子:約束を、果たす時がきた
翔:勧誘手伝ってくれるってことでおK?
優子:おっけー
翔:サンクス。当日よろ
優子:あいあいさー
優子は保育士志望だし、このテのボランティアを見逃すはずがないか。
そうやって翔はこの都合が良い展開に納得した。これは神が成功させるためにお膳立てしてくれたとしか思えない。
空の果て幼稚園。
仰々しい名前だが、至って普通の幼稚園である。
強いて挙げれば講堂があることぐらいか。その講堂で大がかりなお遊戯会をやるから人手が欲しい、と。
お遊戯会の内容は劇。演目はオズの魔法使い。幼稚園児があの物語の内容を理解できるのだろうか。小さい頃から古き良き古典作品に触れるのはいいことだけども。
ボランティアの内容は、翔が想像していたものとは違って、子どもたちと触れ合う機会はほとんどないようだった。基本は裏方仕事。今日だって土曜日のため園児たちは一人もいない。
集合時間は午前一〇時だったが、翔は三〇分前にはもう現地に到着していた。
前回と同じ過ちは繰り返さない。ボランティアがはじまる前に、まず氷上さんにあいさつをする。話はそれからだ。
ぽつりぽつりとボランティア参加者が集まってくる中、翔の知り合いであるその二人は集合時間五分前、他の参加者が全員揃っている中現れた。
遠目からでも、優子が積極的に氷上さんに話しかけ、氷上さんがそれをうっとうしそうにしているのが分かる。
翔はこの時点で優子を当てにするのをやめた。
「おはよう、優子、氷上さん」
「翔くんおっはよー」
「……おはよう、姿月くん。あなたと毬谷さんってお友達だったのね。知らなかったわ」
どことなく責めるような語気。優子に頼んだのは逆効果だったかもしれない。
「そうなんだよ。小学校中学校と一緒でさ。そ、それで、あの、勧誘のことなんだけど」
「前に私、断ったはずなんだけど。毬谷さんから誘われても、答えはNO。姿月くん、ちょっとその件で話したいことがあるから、ボランティア終了後、時間もらえないかしら。毬谷さんは抜きで」
有無を言わさぬ迫力。鋭い目つきに射すくめられた翔は、ただ無言でコクコクと頷くしかなかった。
もはや勧誘どころではなくなった翔は、ボランティアに集中、現実逃避することにした。
「翔くん、このコードほどくの手伝って」
「あいよ」
翔が一人で作業していると、時折優子が仕事を持ってくる。
優子は子ども関連のボランティアに多く参加している。しかし今まで、知り合いと参加することは一度もなかった。
だから優子にとって知り合いである翔が一緒に参加しているのは新鮮で、いつもと違ったワクワクがあり、こうして仕事を振りにくる。別に一人でできることだったとしても。
そんな様子を、氷上は度々横目で盗み見てはすぐ視線を外す。
決して、仲良い友達がいていいな、他校同士なのに、なんてことは思っていない。
氷上は雑念を振り払い、目の前の作業に集中することにした。
一〇時スタートで、全体作業の終了は一八時。途中、昼休憩一時間を挟んだものの、長丁場と言って差し支えない作業時間となった。
出来上がった舞台セットを見て、翔はふぅ、と囁くように息をついた。
翔は生徒会役員として文化祭を運営した時と同じような充実感を得ていた。
「イイ顔してるね、翔くん」
「そういう優子こそ」
「ふっふっふ、わたしのイイ顔は、この舞台で一生懸命演技する園児たちを見てからさらに進化するよ~」
「これ以上となると菩薩か。アルカイックスマイルか」
「なにそれ」
翔と優子は、淡い照明に照らし出された舞台を見てだらだらと会話している。
現在は、園長の挨拶が終わって解散した後であり、講堂にはまばらに人がいて、各々完成した舞台を眺めたり、舞台に上がって演技したりと思い思いに過ごしている。
そんな中、氷上は舞台袖で最後の確認をしながら、翔に声をかけるタイミングをうかがっていた。
氷上は二人の会話が終わってから声をかけにいこうと決め、それまでの時間つぶしで終了作業のチェックをすることにした。
あれ、この背景板、振られてる番号が違う。この数字に従って板を動かすと、上手く一枚の背景絵にならず園児たちが混乱してしまう。
気付いた氷上は、絵が描いてある方ではない裏面、むき出しの木材に書き込まれているチョークを雑巾で消してから正しい番号を振っていく。
五〇枚以上ある。自分一人でどこまでできるだろう。
確か、ここが閉まるのは二〇時。あと二時間弱。ギリギリ間に合う。
そう判断した氷上は、手伝いを誰にも頼まず一人で作業し続けた。
達成すべきノルマがあり、それに向かって真っ直ぐ進んでいる時を、集中していると言う。集中している間は周りの様子が目にも耳にも入らなくなり、体感時間が早くなる。
きっかり一時間で舞台の西側に置いてあった背景板を修正し終わった氷上は、反対側、東側へ向かう。
舞台袖から出て、舞台中央へ足を踏み出した氷上は、数歩進んだところで立ち止まった。
なぜなら、前方から翔が歩いてきたから。
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