第15話 問いかけ

「こっちは終わったぞー。その様子だとそっちも終わったっぽいな」

「あなた、なん、で」

「なんで、とは」

「声かけてくれたらよかったのに」

「すげぇ集中してて声かけ辛かったからさ。やってることは見たら分かったから、俺は俺で勝手にやればいいかなって」

「……そう」

「なんで一人でやってたんだよ。みんなでやればもっと早く終わったのに」

「逆に聞くけど、あなたが私の立場だった場合、誰かに声かけてた? 毬谷さんがいないって想定で」


 翔は考える素振りさえ見せず即答した。


「かけてないな。確実に一人でやってる」

「でしょう。つまりはそういうこと」


 納得しかない。そもそも教室での氷上さんの様子を見てれば分かることだった。

 氷上さんは、基本的には一人でやりたがるタイプだと思われる。特定の友人をクラス内で作らないというのは、全部一人で背負うということなのだ。

 その分人間関係のしがらみを排することができる。友達沢山、助け合いルートを選ぶか、一匹狼ルートを選ぶかお好みで。尚、前者のルートにはある程度の努力が必要で、中には後者のルートにしか入れない者もいる模様。なんだこのクソ仕様。

 氷上は俺と違って、自ら望んで後者のルートに入ったと断定。


 ここまで分かってしまうと、ますます勧誘しにくくなる。

 バンドは小規模だが、れっきとしたグループ活動。氷上はそういうの、好きじゃなさそうだ。

 翔はどう考えても敗戦濃厚で勝ち目がないと薄々感じつつも、そのことから目を逸らし、勧誘をしようと口を開いた。


「氷上さん、あの」

「待って。わたし、言ったわよね。今日のボランティア終了後に、時間もらえないかって」

「そういえば、そうだったな。忘れてた。ごめん」

「謝らなくていいわ。今こうして話せてるんだもの。本題に移るわね。……そろそろ、ストーカー行為、やめて欲しいんだけど。もしエスカレートするようだったら教師に相談も視野に入れて」

「ちょちょちょちょちょっと待っち! 待って! ス、ストーカー!? 俺が!?」


 寝耳に水とはこのこと。

 翔は犯罪者扱いされたことでテンパり、どもりまくった。講堂には氷上と翔の二人しかいなかったのは翔にとって不幸中の幸いだった。


「そうでしょ? 最近あなたの視線を頻繁に感じるし、私が食堂に行けば必ず着いてくるし」

「たたたた確かに、その、あの、そういう行動はしてなくもないけど」

「何? そんなに私をバンドに入れたいの? それとも、その、わ、私に気があるとかっ!?」


 自分でも言うのが恥ずかしかったのか、若干声がうわずっていた。表情は、プライド故か崩れなかったけれども。


「きききき気があるとかちゃいます! 違います! えー、理由は氷上さんの発言の前半通りで……白状する。どうすれば氷上さんを勧誘できるか、様子をうかがっていた。一回断られたけど、諦められなくて。不快な気分にさせてしまって、申し訳ない。俺みたいな得体の知れない気持ち悪い奴がチラチラ見てきたりとか、食堂にいつもついてくるとか、よくよく考えると犯罪レベルだよな。煮るなり焼くなり、好きにして欲しい。どんなことでも受け入れます」


 翔は、今までしてきたことを振り返り、自分がしてきたことに顔を青くさせた。

 恋は盲目。恋ではないけれど、頭が浮かれてふわふわしていたことは確か。

 九〇度。完璧な角度の謝罪お辞儀。

 翔は脂汗を浮かべ、罪の意識に苛まれながらまぶたを力強く閉じて、歯を食いしばる。


「そ、そこまでかしこまらなくていいわよ。あなたの目的も分かったし。あの、もしかして今日のボランティアに参加したのも」

「無論、氷上さんにアプローチするためです」

「その敬語やめてもらえないかしら。同級生から敬語使われると変な感じする。それはいいとして、何でそこまで私を勧誘したがるの? それが一番疑問なんだけど」


 翔の誠実な対応に面食らった氷上は、ストーカーの件は一旦置いておくことにして、最も気になっていたことを聞いてみることにした。

 翔と話して分かったことがある。それは、度々氷上の元に訪れる、興味本位で自分の格を上げるためだけに接触してくる人間たちとは少し違う、ということだ。

 自惚れではない。氷上のこれまでの人生を鑑みれば、察せれないほうがおかしい。


 氷上は、自分の容姿が優れていることを理解している。成績だって全国模試で一〇位以内を常に維持するほど優秀。

 そういう人間と仲良くなることがステータスになり得るのが、学校という場。そのことも理解している。

 だから、透けて見えてしまう。

 己の立場を上げるためだけに自分と仲良くしにきているというのが分かってしまう。


 男子たちの対応もそう。ろくに話したこともないのに告白してくるのなんて氷上的にはあり得ないし、単に友達になりに来ている、と見せかけて彼女にせんと狙っていた、なんてこともザラにあった。

 ともかく、氷上は、そんな経験を繰り返していくうちに、他人の裏をある程度読めるようになっていた。


 自分に近づいてくる者は皆、自己の利益のために動いている。

 それに嫌悪感を覚えはじめた時から、他者と一線を引くようになった。

 中には、純粋に仲良くなりに来ていた人間もいたかもしれない。しかしそれすらも、氷上の目には歪曲して映ってしまう。

 友達がいない自分に同情しているの? だってあなた、友達沢山、クラスではべらせてるじゃない。これ以上必要ないでしょう。

 そうやって遠ざけてきた。それでも特に支障は無かった。最低限ナメられないようにしていればイジメの標的になることもない。


 幸い、氷上は一人でも平気なタイプだった。

 生物として群れるのは当然。だからクラスで群れて騒音をたて、群れ特有の共通言語で話している人間たちの方が生物として正しくて、自分から孤立しにいっている自分の方が間違っているのだろう。社会に出てもきっとああいう人たちの方が評価され、認められ上にあがっていくのだろう。


 思考が逸れた。今は目の前のこの男子生徒のことを考えないと。

 この姿月翔という人物。バンドに入らないか、と言われた時は、またか、と思った。

 氷上は中学時代、同じ誘いを受けたことがある。


 好奇心から一度は引き受けた氷上だったが、すぐに辞めた。

 当時誘ってきたバンドは、なんと氷上をメンバーに加えるために前任者の女子メンバーを追い出したというのだ。もちろん氷上はその女子から恨みをぶつけられた。思い出したくもない。

 後から聞いた話では、氷上をバンドに誘った理由は、綺麗な子が歌えば注目集められるし人気出るだろ、というものだった。そんな苦い思い出があるため、快諾などできようはずもない。


 一度断った時は、そう思っていた。

 ここまで食いついてくる、言い換えればしつこいのは、翔がはじめてだった。

 普段はうっすらと見透かせる裏が、読めない。

 氷上の翔に対する印象は、クラスでギリギリ浮いていない人物、くらいで、翔の情報が全く出回っていないことも作用しているかもしれない。だから、理由を聞いてみたくなったのだ。本当の話をしてくれるか分からないが、嘘を吐けば大体察せられる。


 胸の内を晒してくれるならば、そしてその内容次第では、氷上は、検討しないこともない、という考えに至っていた。

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