第2話 しつこい誘い
バンドしようぜ発言があった日の夜。姿月家にて。
「翔! バンドしようぜ!」
翔の部屋のドアの向こうからそんな声がしてくる。
「うるっさいんだよお前マジふざけんなよ教室で妄言吐きやがって!」
ドアに向かって声を張り上げる翔
「妄言ってどういう意味だ!?」
「でまかせ、根拠のないことだよ!」
「根拠はこれから作る!」
「それはもう根拠って言わねぇんだよ!」
「じゃあ根拠なんていらん! やりたいって思ったらすぐ行動だ! ごちゃごちゃ先のこと考えてたら何もはじまらねえ!」
「それは……この脳筋野郎、むちゃくちゃなこと言ってたはずなのに最後に正論っぽいこと言いやがって……とりあえず部屋入れ」
「うーっす」
克己はするっと翔の部屋へ入り、ベッドに勢いよく腰を下ろした。
部屋の主である翔はパソコン画面に向き直り、なにがしかのアプリケーションを操作しながら克己を問いつめる。
「バンドしようぜ発言の真意は」
「だから言葉通りだって。オレたちもう高三じゃん。やりたいこと全部やっときたいじゃん」
「そこまでは分かる。でもなんで俺に声かけたんだよ。お前にはもっと相応しいお仲間がいるじゃないか」
「んー、あいつらも忙しそうだからさ。部活も勉強も」
「俺だって忙しい」
「翔は計画的に勉強してんじゃん。今だってパソコンいじってるし」
「暇なんぞいくらあっても足りん。積み本積みゲー録りためたアニメ、各種イベントへの遠征、それに」
「もういい分かった。つまり余裕あるってことだな」
「お前は何を聞いていた」
「翔が受験のことで精神的に追いつめられてないとこ。オレの周りにいるやつら、何も考えてなさそうで、将来のことすっげぇ考えてんのよ。悩みも多くてさ。とてもじゃないけど誘えないわ」
「へぇ。お前の周りで群れてるやつら、いっちょまえに悩んでるのか。ワロス」
「あのさぁ、オレの友達のこと悪く言うのやめてくんない?」
克己は目つきを鋭くさせ翔を睨んだ。
「わーったよ。まあ事情は分かった。その上で、断る」
「なぁ今そのアプリで作ってるの、曲だろ?」
翔が断ったのに、そのことには何の反応も示さず、克己はベッドに寝ころんだ。
「そうだな。全部打ち込みだけど。同人ゲーム用のやつ」
「翔も音楽好きなんじゃん。ライブとかやりたいと思わんの?」
「別に」
「エレキギターもベースも持ってるじゃんか」
克己はベッドから離れて、部屋の隅に立てかけてあったエレキベースを手に取った。
青いボディに、白いピックガード。
克己が指で弦をはじいてみても、ほとんど音らしい音は鳴らなかった。
「それはメロディライン作るためにあんだよ」
「ふーん。楽しいと思うけどな。ドラムとかと合わせて複数人で演奏するの」
「それは……まあ、そうかもしれん」
今まで趣味で曲を作ってきた。クオリティはお察しだが、一人で楽器を弾くのも悪くなかった。だが、時折、物足りなさを感じるときがあった。
ぶっちゃけ興味はある。
翔はそう言いそうになるのを喉元で止めた。
これでは克己に押し切られてしまいかねない。
言葉を濁した翔に対し、克己はここぞとばかりにたたみかけた。
「やっぱやりたいんじゃん。んじゃ決まりね! オレ大会終わるまで忙しいから当面は翔、メンバー集め任せた!」
「ちょ、おい、待て!」
克己は素早く部屋から脱出し、自分の部屋へ戻っていった。
翔は克己とのやり取りで疲れたため脱力、向こうの部屋へ押しかける体力などなかった。
普段、翔と克己はお互い一歩引いた立ち位置で接している。
ここまで強引で人の話を聞かない克己ははじめてだ。
翔はそのことに引っかかりつつ、それほどバンドがしたかったのだろうととりあえずのところは結論づけた。
さて、どうすっかなぁ。っと思わず呟く翔だった。
それから一週間。克己とバンドのことを話そうとしてものらりくらりとかわされ、具体的なことは何一つ決まらないまま時間だけが過ぎていった。
今日は六月五日。翔と克己が在籍している公立風間高校の文化祭、通称『風雲祭』は一〇月の終わりに行われる。
仮にバンドをすることになったとして。期間は約四ヶ月。その間にメンバーを集め、曲を決め、練習して、人前で披露できるレベルにまでもっていかなければならない。
効率良く進めていかないと間に合わないのではないだろうか。
翔はまだ自分がバンドをやるとは決めていないながらも、律儀にバンドが成功する方法を考えていた。
最悪、自分の代役を用意すればいいだけの話だ。決してやる気になっているわけではない。
翔は自身にそう言い聞かせながら、バンドメンバーの候補を検討していく。
軽音楽部のない翔たちの高校の中で、有力なのは吹奏楽部。だが、なまじ部活に参加している分、そちらの活動で精一杯でこちらに回す余裕のないものが大半だろう。
後は部活に所属していが、外でバンドを組んで音楽活動をしている者。
探せばいるかもしれないが、少なくとも翔は聞いたことがない。
聞き込み調査が必要だが……。
翔:顔が広いお前が、外でバンド組んでるやつがいないか聞いて回れば一人ぐらいは見つかるんじゃないか?
こういうことはコミュ力が高いリア充に任せるに限る。
現在昼休み。克己は友達数人とだべっていたが、翔がメッセージを送ったら会話中にも関わらずすぐスマホの画面を確認し、返信した。
翔と克己は教室では直接会話するのを控えているため、同じ空間にいたとしてもスマホでメッセージを送り合う。だからこそ翔は、先日その暗黙の了解を破って話しかけてきた克己に驚いたのだった。
克己:おっけ。夏の大会終わったら聞き込みしてみるわ
翔:それっていつ?
克己:七月の終わりから。勝ち進めるかどうかで日程は変わってくる
翔:どっちにしろ遅すぎる
克己:まあなんとかなるっしょ。てか翔がなんとかして
なんとかなるはずあるか。
翔はスマホの画面を閉じ、勉強を再開することにした。
知らねぇぞ。こんな見切り発車で、見通し最悪な計画なんて。
意識を切り替えろ。勉強に集中。
「かっちゃーん。そいやーさーバンドの話はどうなったん? 翔くんやってくれるって?」
集中できなかった。
あいつなんてことしてくれたんだ。確かサッカー部の加藤とかいうチャラ男。その話題をほじくり返すな。
翔は会話の行方が気になって勉強どころじゃなくなり、密かに聞き耳を立てる。
「おう! 俺に任せとけだってさ。翔は作曲とかできるし音楽に関して詳しい方だからなぁ」
「へー。知らなかった。何か暗そうなやつだとは思ってたけど、面白いトコあんだな」
「まあな。絡んでみると意外と楽しいかもしれんぞ」
「話しかけても無視されそう(笑)」
「ははっ、違いねぇ」
あいつら俺をネタにしやがって。これだから克己と教室内で関わるのは嫌なんだ。
バンドしようぜ宣言の時と同じような視線を再び感じたため、翔は教室から移動することにした。
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