第二話 さくらんぼの実のなるころ

NOTE1

 大型連休前の水曜日。

 ぽかぽか陽気に誘われて、洋子は夢をみていた。


 天体望遠鏡を買ってもらったあの日。

 父は夜空に輝く大きな星をみせてくれた。

 望遠鏡から覗きみた世界は暗くて狭く、長く果てしないトンネルの終わり、出口にたどり着いたときに感じるあたたかな安らぎ、安堵感、胸いっぱいに広がる熱い想いに驚嘆した。

 父は言った。

『今みえている星は遠い昔に咲いた花。

 幾百年、幾千年、幾万年、人が生まれる前から輝いていた光たち。 誰かと逢うためにやってきたんだよ。

 宇宙は広い。とてつもなく広大で、深遠なる常闇の世界。

 不安、恐れ、悩み、迷い、絶望、そのなかで輝く星たち。

 今も星は死に、次の星が生まれている。

 星が死ぬとき大爆発を起こし、四方八方に屑が飛び散っていく。  宇宙の屑がどこかで集まり、次の新しい星が生まれる。

 古き星から新しい星へ、生きた証を伝え命が広がっていく。

 星の光は命の光なんだ。

 過去も現在も未来もこの世界は、今を生きる命で溢れているんだ。 この世界に無駄なモノ、無意味なコトはなにひとつないんだ。

 そのことを忘れず自分の大事なことのためにいきなさい。

 諦めず、まよわず、あせらず、一歩前に』


 頭を撫でてくれた父の顔はおぼえてない。

 本当に父が言ったのかも自信がないが、ひょっとしたら勝手に作った嘘の記憶かもしれない。

 でも、やさしくあたたかな感触だけはおぼえている。

「……ん?」

 頭の中にノイズが聞こえる。

 その音は、鐘の音。

 うっすら目を開けるとクラスの皆が起立し、先生に向かって頭を下げていた。



 昼休み。

 洋子は両手を突き上げて背伸びをすると、隣の席に座る陽の手を有無も言わさず引っつかみ、購買部にかけ込んだ。

 今週から入荷されることになった苺大福(一日限定二百個販売)を買うため列に並ぶ。

 一人二個までしか買えないレアもの。

 ひとつでも多く食べたい洋子は陽にも買わせ、四個食べようと思いつき、こうして毎日連れてきている。

 さんざん並んでようやく購入した苺大福。

 洋子はお金を陽に払わせ、早速ひとつ口に入れた。

「ん~~、美味美味」

「あの……毎日つきあわさないでよ。今日で三日目」

「いーじゃん。男が小さいこと、グダグダ言わない」

「他の子誘えばいいでしょ」

 そう言いながら、意外と食い意地はってるんだなと思った。

「でも、ヒトミもトモミもユウもつきあい悪いし。食べると太るって気にしてるから」

「甘粕さんは気にしないの?」

「全然。食べても太らないから」

「そ、それは……便利な身体だね」

「便利っしょ!」

 洋子は笑って、二つ目を口に放り込む。

 教室に戻る途中、二階の渡り廊下で秋人とでくわした。

「捜してたんだ、志水君。星を観る計画たてよう。今度の休みがいいな。近場でさ。今日の部会でそれを決めよ」

「う、うん」

「しっかり頼むぞ、部長さん」

 秋人の言葉に、そうだそうだと洋子がはしゃぐ。

「じゃあ『みんなで星を観よう会』ってどう?」

「名前なんかどうだっていいよ。任せる。とにかく積極的に活動していかないと部に昇格できないからさ。もっと真剣になってくれよ」

「……わかってる……よ」

「じゃ、放課後な」

 秋人はそう言って、特別校舎の方に向かって走っていった。

「はりきってるじゃん」

 姿の消えた通路の先を観ながら洋子はつぶやいた。

「そうだね」

「志水君も部長なんだからしっかりやんなさい」

「……わかってるよ。甘粕さんまで」

「グダグダ言わない。副部長命令」

 そう言えば、彼女が副部長なことを思い出した。

 重力に引っ張られるみたいに、陽はコクッと首を縦に下ろす。

「よしよし。じゃ、わたし行くね」

 そう言い残して、彼女は廊下を走っていった。

 教室に戻って昼食をすませた陽は、気だるくも長くて短い昼休みを過ごす。

 午後の授業までのこの時間、一人で過ごすには苦痛のほかなにものでもない。

 陽はぼんやり窓からグランドを観ると、クラスの男子とサッカーを楽しむ洋子の姿があった。

 洋子は男子女子ともに人気がある。

 裏表なく、はっきりモノを言う爽快さというか潔さが彼女最大の魅力だ。

 クラスの男子はたいがい好意を持っている。

 陽は時々思う。

 何故、自分によく声をかけてくるんだろう。

 席が隣だから?

 一年、二年とクラスが同じだから?

 ただのクラスメイトだから?

 彼女の行動を考えると、頭の中が疑問符でいっぱいになる。

「……はぁ~」

 午前と午後の授業をつなぐ合間あいまの境界時間、昼休み。

 空は晴れても心が晴れない陽だった。




 放課後。

 理科準備室に集まった陽たち六人は、折り畳み椅子を広げ、向かい合って座っていた。

 陽はみんなで一緒に星を観る、「第一回星空散歩しよう会」を提案。反対する人はなく、いつ観に行くかを話し合うことに。

 五月の連休が明けると、一年生は遠足。

 二年生は一泊二日の宿泊研修。

 三年生は三泊四日の修学旅行。

 月末は中間テストが待っている。

 六月には体育祭があり、その練習、用意にも時間がさかれていく。

 五月は学校行事が目白押しだ。

 ゴールデンウィークしか空いてないことがわかり、塾や個人の用事などから五月四日、午後九時から星を観ることに決定した。

 場所は秋人が捜してきた郊外を流れる川の河川敷に。

「星を観るのに自分の目以外必要なものはないけど、道具があった方がいいですよね」

 和樹の言葉にみんなうなずく。

「ただ観てるよりはいいよな」

 秋人も同じことを口にし、陽をみる。

「でも、なにがあるといいのかな?」困る陽。

 頭をかきながら助けを求めるような目でみんなをみた。

 一瞬、洋子と目が合う。

 洋子はトロ~ンと、眠そうな目をしていた。

「天体望遠鏡があるといいですね」そう言ったのは祥子だ。「月のクレーターや土星のリングなどの天体がよくわかります。なければ双眼鏡でもいいです。星雲や星団だって見れますし、手軽に観測できますから。カメラがあると天体写真が撮れ、記録に残せますね。使い捨てカメラはチョット困りますけど。写真のことについては写真部の方に聞いた方が詳しいかと」

 祥子は秋人に目を向ける。

「まぁ、持って行くつもりはしてるけど」

 照れる秋人。

 笑う祥子は話を続けた。

「基本的なモノとしては星図早見表があると星を捜すとき便利です。時計や方位磁石、懐中電灯、スケッチブック、これぐらいはもっていった方がいいわね」

「これは?」

 涼はカバンから星図を取り出して見せた。

「これもあるといいよね」

 祥子は涼の頭をやさしく撫でた。

 ほめられてよろこぶ涼は隣に座る洋子にも得意げに星図をみせる。

「洋子先輩にも貸してあげるね」

「……あ、ありがと」

 洋子は慌てて笑みを作った。

 話は淡々と進んでいく。

 雑談しながらも、計画が形になっていく。

 このとき陽は気がついた。

 宙に浮いてしまっている自分に。

 体から魂がフワ~っと抜けて行く違和感。

 無重力の無感覚さをおぼえ、自分だけ孤独の迷子になっていた。

「……でも、夜遅くなるでしょ。親に迷惑かけたくない」

 ぼんやりと、陽の顔をみつめながら洋子はつぶやいた。

「大丈夫だよ、そんなに遅くならないようにするから。それより心配なのが天気だよ、雨降らなきゃいいけど」

「そうだね」

「雨天中止ね」

「は~~い」

「晴れるといいですね」

 陽は話が決まっていくのを、ただ黙ってみていた。

 その後、「現地集合」「時間厳守」と決め、部会は終わった。

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