NOTE2
「僕も撮影しようと思います。写真部の展示会も近いですから」
和樹の意見に、
「私はね、なにしよっかな~?」
涼は腕組みをして考える。
首を右に左に、上へ下へと動かして、考える考える。
星詠組部長二代目、自称、りょうちょ~。
ここはひとつ、すごいことしなきゃ……と、涼はテスト勉強の時より頭を使って考えた。
一分後。
「アッキー、なにしたらいいのかわっかんなーい」
あっさり泣きついた。
秋人は顔色変えずに考え、「詩なんてどう?」と言った。
「う~ん、でも作文が苦手な私ができるかな、五・七・五でしょ」
「それは俳句」
「五・七・五・七・七」
「それは短歌」
「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」
「それは標語」
「じゃ、なんなの~アッキーのイジワル」
「詩ってのはその人が思ったまま文字を羅列していけばいいんだよ。作る人が決めればいいんだ」
「ふーん、くみちょ~が得意そうなことだね」
涼の言葉のあと、沈黙が辺りを支配した。理科準備室には秋人、和樹、涼の三人だけ。陽と洋子の姿はなかった。十一月に入ってから、二人は部会に顔を出していない。
「あの……」
和樹が秋人をみながらおそるおそる口を開ける。
「なんだ?」
「どうして志水さんと甘粕さん、来なくなったんですか?」
「私も知りたい、アッキー、どうして?」
涼も、円らな瞳で秋人に訊ねる。しばらく考え込む秋人。
二人の心配そうな顔を前に、重い口を開けることにした。
「あれはもう、四週間くらい前になるかな、志水君が甘粕さんに告白したんだ、甘粕さんは断った、でもあとで考え直して、もう少し考える時間がほしいと思ったんだ、落ち込んでとぼとぼ廊下を歩いていたあいつの後を追いかけたんだ、そしたら急にあいつが走って逃げ出したんだ、まあ甘粕さんの足に勝てるわけがないんだけど、階段を駆け下りて踊り場廻ったところで甘粕さんは追いついて捕まえようと手を伸ばしたんだ、指先が肩に触れるそのとき志水君が足をすべらせて引力の導きでドンガラガッシャ-ン。右腕骨折、二週間絶対安静。こうして玉砕覚悟で告白した志水君はフラれてしまい、身も心もあたって砕け、ショックから学校を休み、現在不登校中。塾には行ってるらしいけどね。甘粕さんはケガさせたことに詫びをいれたいけど言いづらいらしいし、生徒会と陸上部と塾で大変なんだと」
秋人の話を聞いた二人はなにも言えずただただ驚いた。
なにを言えばいいのか言葉もみつからない。
それでも涼の口は開く。
「なんでくみちょ~逃げたの?」
「さてね、わかんないよ。恥ずかしかったんじゃないの」
「ふーん、でもどうしてアッキーは知ってるの?」
「甘粕さんから聞いたんだよ。あのとき、まだ学校に残ってて、急に先生たちがバタバタ騒ぎ出したからなんだろうって思ってた時、保健室前で逢ってね。一応先生たちには階段でふざけて転んだって言ってあるから。二人とも、今の話は誰にもするなよ。志水君と甘粕さんの名誉にかかわるから」
秋人の真剣な顔に、和樹も涼もうなづいた。
同時刻。
洋子はグランドのトラックを一人、走っていた。
陸上部に再入部した洋子は、今日も顧問の佐藤先生につきっきりでトレーニングをしている。才能があるかもしれないが、一年間のブランクは否めなかった。大会で納得のできる成績ではなかった洋子は陸上部での存在意義を見出せなくなっていた。惰眠を貪る時間はない。もう一度基礎トレーニングを重点に励んでいた。部活内の時間はひたすら走り込み、部活後もやはりひたすら走り込む。がむしゃらにやっているだけでタイムがよくなるとは思わない。体を酷使するような練習がはやく跳べるようになるとは思えない。だがしかし他人の倍、練習しなければ相手に勝つことができない。汗が頬をつたって流れてくる。意識が一瞬、なくなりかける。視界がだんだん、狭まっていく。焦点があわずにぼけてくる。振り上げる足も腕も感覚が薄れる。肉の重さだけがずっしり重く感じる。意識は前に進むのに、体はその場にいようとする。
「ペースが落ちてきたぞ」
佐藤先生の声が耳に届く。
体の悲鳴に耳を塞ぎ、腕を振り上げ足を前に出してペースをあげた。トラックのまわりには陸上部の部員が洋子の走りを観ている。彼、彼女らは同じ部の仲間としてでなく特別な存在として洋子を観ていた。
昔つけられた陸上部のホープや学校の広告塔というイメージ、新しい生徒会長という自分を間接的に表すなにかに、ねたみ、そねみ、わらい、怒りや嫉妬、そういった思いを胸に抱いて洋子を観ている。
誰ひとり声をかけず応援もしない。
黙って洋子の走りを傍観している。時折聞こえる笑い声。聞こえないように聞こえる声でクスクスと笑っている。特別じゃない者が特別な者に対する行動。たくさんある星の中で急に注目される星に向けられるように、歪んだ好奇心が彼、彼女らの瞳を曇らせる。自分は哀しきトリックスター。
大会のときみせた醜態を消去するためにも走らなくてはいけなかった。走り終えた洋子は荒く息をしていた。立っているのも儘ならなかった。五分休憩を挟み、ハードルの練習に取りかかる。鉛のように体が重い。それでも洋子はスタートラインに立って走り出す。彼女を走るようかりたてているもの、それは目にみえない『期待』だ。先生や学校、大人の期待。友達や部員、生徒の期待。自意識過剰だ。そう思っていても、自分のためでなく他人が作り上げた自分のイメージを守るため、これ以上壊さないためにも自分を自分で演じていくしかない。
甘粕洋子という、もう一人の人間に洋子は追いたてられている。
今の自分から逃げるようにハードルを跳び越えていく。
ひとつ飛び越す度に自分らしさが消えていく気がした。
下校時刻。
星詠組の部会後に開いた臨時写真部部会を終え、最後に部屋を出た秋人は生徒会室に立ち寄った。
「失礼しま……あれ?」
ドアを開け、中をのぞくと洋子が一人いた。彼女はプリントの束を片手に仕事している。
「甘粕さん一人? 涼は」
「涼ちゃんなら、とっくに帰ったけど」
「待ってろって言ったのに……ったく」
秋人は頭をかき、机の上にカバンを置いた。
「アッキーって、涼ちゃんとつきあってるんだ。初耳~」
洋子はプリントから目をはずし、顔を上げる。
「まあね」秋人は笑う。
「どっちが声かけたの?」
「別にどっちがってことはないけど、勉強みてあげたりとか話し相手とか……なんとなく」
「それって、つきあってるって言うの?」
「さぁ~、でもお互い意識しあってるから、いーんじゃない。大事なのは言葉よりも気持ちだよ」
「そーですか。自慢しに来たのなら帰ってくれる? 私、まだ仕事あるから」
「なんの仕事?」
「月末のリサイクルの段取り」
洋子は脇に置いてあるパソコンを前に置いた。
「ふーん、大会の方はどうだった?」
「だめだった」さりげなく応える。
「そう。残念だったね」
「まぁね」
洋子はシャーペンをくわえながらパソコンの電源を入れる。
カタカタッとキーを叩く音がさびしい。
「まだこない? 志水君」
洋子は手を止め、
「まだだよ」
といってまた動かす。
「なにしてんだか、アイツ。直ったらサッサとこいよな」秋人は今月の予定が書かれているホワイトボードに目を向け、「来週は期末テストだってのに」近くに置かれた折りたたみ椅子に座り、「いじけてないで早くこいってーの」あくびをしてから秋人は両腕をあげ背筋を伸ばす。「逃げてたってしょうがないのに、あのバカ」
キーを叩く洋子の手が止まる。
「……そんな言い方、ひどいよ」
洋子は顔を上げ、秋人を観る。
「そうだね」秋人は笑った。「ふられるのがこわいからずっと片思いだったんだ、志水君。でも勇気だして告白したんだ。それと同じように甘粕さんもふるのが怖かったんだと思う。ふるために相手のこと一生懸命考えて勇気ふりしぼってふったんだろうから、志水君より甘粕さんの方がずっとこわかったんだと思う」
「……あっ」
洋子は秋人の言葉に視線を落とす。
「ただオレは、ふられたからってグジグジしてる志水君が許せない。ハッピーエンド、誰もがみんな、必ずむすばれるような世界ほど退屈でつまらないものはないんだ。恋愛で一番最高のときって、ふられたときなんだよ」
「なんで?」
目だけ秋人に向ける洋子。それを確認してから秋人は答える。
「誰だって、ふられたときって悲しくってつらいもんだよ。ひょっとしたら泣いちゃうかもしんない。けどさ、その悲しみが深ければ深いほど、相手の子がすきだったんだって思えるんだ。『いい恋したな』って感じることができるんだと思う。誰もが今を生きている。だから、うれしくて、ちょっと痛いけど大切な気持ちは思い出なんかにしたくないよ」
「……思い出、か」
「まぁ、そういうわけだから今日の十一時までに志水君を屋上に連れてきて。頼んだ! ……と言いつつオレは帰る。お疲れー」
「えっ? ちょっと、アッキー」
洋子の声を無視して、秋人は逃げるように部屋を出ていった。
洋子は閉まるドアにむかって「お疲れさま」とつぶやいた。
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