NOTE4
放課後。
いつものように理科準備室に集まった陽たち六人は、星詠組の夏休みの部活内容と文化祭にことについて話し合っていた。
みんなの手元に配られたプリントには、陽と秋人が相談して作った活動計画の原案が書かれてあった。
みんなは目を通す。
『星詠組』今日の活動内容
議題 ☆夏休み活動を決めるゾ!(活動内容計画)
一、学校に毎日来る。太陽黒点観測 雨天中止
二、週一回、星空散歩しよう会実施 雨天中止
三、泊まりで星を観に行く(山or海)雨天中止
四、文化祭に出展計画 (写真部共同)
星に関することを展示
例:天文写真 (参加or不参加)
五、秋、冬の計画 (未定)
和樹が唐突に口を開けた。
「あの……思ったんですけど……これじゃ星を楽しめないと思うんです」
向かいあって座るみんなの視線が彼に集まった。
和樹はプリントを半分に折り、また半分にたたみ、またまた半分に折りたたんだ。
「あの、志水さんが前……言いましたよね、星を感じることで一番大切で一番身近なものを知らないって。だから雲を観て、太陽黒点観測も始めましたよね。ちょっと勉強したんですけど……海があるから生物は生まれ、潮の満ち引きは太陽と月の引力が作り出してる、そのリズムに合わせ生き物は生きているって、タイトル忘れちゃいましたけど本に書いてあったんです、けどこれがわかったところで星が楽しいのかっていうと、そうは思えないんですね。えっと、岡本先輩。前に話してましたよね、星を観てなにか感じればそれでいいって。親が持ってた古いカメラをもらって、いろいろ星座とか取りました。写真は絵を描くことと違ってそのものズバリありのままの姿を永遠に閉じ込めることができます。一応写真部員ですから星を撮ったりするようになって、けど決まりきった星座ばかり撮っていてもおもしろく思えないんです。生意気なことだと思います。……不躾がましいって、そう思います。けど、今のやり方で星を観ていても、星のことを考えていても……うまくいえないですけど、なにか足らない気がするんです」
和樹の言葉に陽と秋人は驚いた。
なにが驚いたかと言えば、あの無口で大人しく、受動的かつ内気で温厚な性格の和樹が、自発積極的に話をしているということにだ。
「確かに、そうね」洋子が言葉をもらした。
「星観るより、くみちょ~のホラ話の方がおもしろい」涼は笑う。
「それは一理あります」祥子はほくそ笑む。
秋人は、どうしたらいいのかな、頭の上で腕を組みながら陽に言う。
「どうしたらって……言っても」
わかんないよ、陽は文句を言いそうになるが、みんなの視線が自分に集まっていることに気付く。
副部長の洋子、会計の和樹、書記の涼、補佐役の秋人、先輩の祥子。
五人の瞳が自分がなにかを言うのを待っている。
そう感じながら、ヘビに睨まれたカエルとはこのことか、陽は小さくため息をもらした。
「正直言うとね、ぼくもあんまり楽しくないよ。言いだしたのは僕だし、星詠組の舵取り、部長でもあるから……しっかりしないといけないのはわかってる。わかってるけど、うまく言えないけど、僕はもっと気儘に気楽で気軽に星を楽しめれたらいいって思ってた。でもなにをどうしたらいいのか……よくわからない」
陽はうつむき、胸の思いを言った。
上目遣いで正面に座っている洋子を観たとき、彼女は親指の爪をかんでいた。
わからないんじゃない。
本当は……甘粕さんから逃げたかったんだ、いつも隣席にいる彼女。
観ているだけでせつなくなる。
胸を締め付けるのは、秋人と並んで歩く後ろ姿をイメージさせる。
昼休みだけでも遠くにいたかった。
遠くにいれば考えなくてすむから。
どうしていいのかわからないから。
だから、自分でも楽しくない観測をしようと言いだしたのかもしれない。
なに考えてるんだ、ぼくは。
陽はまともにみんなの顔を、洋子をみることができなかった。
陽が黙ると途端に室内が静かになる。
沈黙には、なぜか重苦しいイメージがある。
「だったら、気楽にやればいいじゃん」
重苦しい雰囲気を壊したのは洋子だった。
「星を観て自分勝手に楽しめばいいじゃん、ってのが星詠組なんでしょ。だったら誰かが決めたやり方を、踏み外すことなくたどるのなんて絶対、誰が考えたっておもしろくない。マニュアル読みながらゲームやるのと一緒だよ。星座捜して星観るのがイヤなら、堅っ苦しい考え捨てて楽しんじゃえばいいんじゃない? 涼ちゃんも言ったけど、私も志水君が話すバカみたいなホラ話はすきだよ」ニッと歯をみせて笑った。
「そうね、既成概念にとらわれてたって、気楽に楽しめないよね。陽クンのおバカな話みたいに、好き勝手に楽しんだ方がいいかもしれないね」
「楽しんだもの勝ち~」
洋子の意見に祥子と涼も賛成した。
「でも、自由勝手にはしゃいで、楽しんでもすぐ忘れそうですね」話が盛り上がる中、和樹の言葉が釘をさす。「思い出として忘れちゃう。昔、幼かったころ……って言っても数年前だけど。お父さんと星を観たときはきれいに思えた、でも今日早起きして観た星も、みんなで観た星もきれいだけど……今の僕は、星観てもきれいだって言えない」
なにそれ。涼が眉間にシワをつくって和樹をみた。
「なんとなくわかる、確かにそうだよな」秋人が口を開ける。「小学生のとき、オヤジと山にのぼって観た星って、『これを満天の星って言うのか』って思えるくらいすごかったのをおぼえてる。よく考えると、パソコンで観れるようになって便利になったって思うけど、昔みたいに感激しないよな。どうしてだろう?」
秋人の問いかけが、みんなの口を閉ざした。
沈黙に、疑問というイメージが加わった。
どうしてだろう。
人は詩を詠んだり、画像を観て感動したことを時間が経つにつれて忘れてしまう。
なぜなんだろう。
人は子供だったころ、経験して感激したことを記憶の奥底から失ってしてしまう。
なにがそうさせるのだろう。
明日の自分と友達を価値のないものになっていく。
誰がそうさせるのだろう。
退屈で簡素な日々を、無意味な虚像とウソで塗り固めていく。
星はなにもかわらず輝いている。
かわったのは誰?
なくしたのは何?
「お、やってるな」
ドアを開けて寺門先生が入ってきた。
いつものように白衣に身を包み、片手にはお気に入りの猫の絵のついたマグカップを持ち、
「どうした、みんな元気ないな。若者はもっとハツラツでカイカツじゃなきゃいかんぞ、がはははは」
と笑った。
寺門先生は側にあった椅子に腰掛け、「ふー、ところで、岡本君。どうなったんだ、みんなでどこか星を観に行く話は。顧問じゃから責任者としてついて行くからな。どこに行くんだ?」コーヒーを飲む。
「いえ、……そのことなんですけど」
秋人はことのあらましを簡単に説明した。
タバコを吸わない、お酒も飲まない、コーヒーをこよなく愛する寺門先生は黙ってコーヒーを啜りながら話を聞いた。
日がゆるやかに傾いていく。
静かな時間。
遠くで廊下を走る足音。
校庭で部活に励む声音。
遠くかすかに聞こえる。
陽は横目で寺門先生を観た。
秋人の話を聞いたあとも、ただ黙ってコーヒーを飲んでいる。
やがて眉間にシワをよせ、首を傾げた。
「ん、ふぅ~。おもしろいことに気付いたな。『楽しいことはすぐ忘れてしまう』か。確かにそうだな。けど君らのような若い子供がそんな思いを抱いているということは、抱かせているワシら大人のせいだな」
「どういうことですか?」陽は訊ねる。
寺門先生はマグカップのコーヒーを飲み干し、席を立った。
「部長は志水君だったな。どこに行くのか決まったのか?」
「いえ。まだ、です」
「そうか。それならワシに決めさせてくれんかね。君らの疑問に対する答えのある場所を知ってるんでね」
「……はぁ、どこです?」
「それは今は言えん」
「でも」
「言ってしまったら楽しみが減るってもんだ。そうじゃないかね。具体的な計画、日時や時間、費用なんか夏休みはいる前に、早めに決めて岡本君にでも渡しておくから」
意味ありげに笑ってみせる寺門先生は白衣をひるがえし、廊下に出ていった。
みんなはただア然と先生を見送った。
和樹は、自分の言いだしたひとことで話が大きくなってしまったような気がしてしかたなかった。
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