NOTE3
放課後。
星詠組、三学期最初の部会をするために、みんなは校庭に集まっていた。
せっかく雪があるんだし、昼休み遊べなかったから、溶けてしまうまえに、さんざん遊んでおこう、と洋子の独断と偏見で決まったのだ。
コートや手袋、マフラーをしているからといって、外はやはり寒い。
空は白い雪雲がおおい、冷たい風が枝を揺らしている。
「わー、雪ゆき」
洋子ははしゃぎまわっている。童謡にでてくる犬のように。
陽はポケットに手を突っ込み、ぼんやり観ている。
「甘粕さんって子供だね。こんな寒い日はこたつに入って熱いお茶でも」
「志水君って、オジン臭い」
「いーじゃん、寒いの嫌いなんだから」
「わたしは好き」
洋子は笑いながら、誰も足を踏み入れてないとこを駆け回る。
白いダッフルコートに身を包む彼女は、雪の使いにみえた。
「今日の部活はやめにしようよ。ふぶいてきたよ、志水君」
陽の隣りに立っていた秋人が白い息と共にぼやく。
特別することがあるわけではない。顔みせをして終わろうと思っていたのだが。彼の言うとおり、下校していく生徒を横目に、雪の降る中にいることはつらかった。
寒さに耐えながら立ちつくす陽と秋人、和樹と涼の四人を気にせず洋子は走りまわった。
「今年最初に降る雪は、しめっぽいかな」
四人の背後で呟く声が。
聞き覚えのある声に、一斉に振り向く。
祥子だ。
黒いコートをはおり、マフラーをして立っていた。
「米倉先輩」
「ども、米倉祥子です」
少してれながら、黒い手袋でvサインする。
久しぶりに見る彼女。
相変わらず元気そうだ。
みんな、そう思った。
「こんなところでなにしてたの? 雪の結晶でも観てたの。それだったらやめた方が」
別にそういうわけじゃ、陽は頭をかきながら応えようとした。それより涼が先に「結晶って、チーズをつくってるとこのマーク?」と訊ねた。
チーズ? はて、なんのことだろう。
陽が悩んでいるとこに秋人が、
「そうだよ。六角形を基準にした樹枝状六花っていうのかな。基本形は板状と柱状の二つあるんだ」
「それってこれだよね」
涼は、手のひらに落ちてきた雪を指さしていう。
ほこりのような雪。
みるみるうちに溶けて水になってしまう。
「溶けちゃった。どうやったら観れるの」
「そうだな、黒い布の元で、ルーペを使うんだ。雪の結晶は普通一ミリ前後から、大きなものは五ミリぐらいのもあるんだ。肉眼でも観れるのがあるらしいけど」
秋人はそういいながら、カバンから虫眼鏡を取り出した。
涼がそれを取るや、レンズを祥子に向けた。
「なに、してるのかな……涼ちゃん?」
「結晶観てるんです」
「ははは……やっぱり」
祥子は苦笑した。
降り出した雪が、祥子のコートにつくと、すかざすルーペでのぞきみる。
「雪の結晶を観てわかることがあるんですよね」
いままで黙っていた和樹が口を開けた。
「雪はですね、雲の温度や水蒸気の違い、地上に落ちてくるときの空気の状態でいろいろかたちが変わるんです。空気が湿っているようなときはどこかの乳製品の会社みたいなきれいな形になります。べちゃっとした雪のときがそうなんです。空気中に水蒸気が少なく、温度も低いと、針みたいにとがった形になるんだ。このときの雪はさらさらしてる」
「かずっち、くわしいね」
涼がほめると、和樹は気恥ずかしそうにうつむいた。
「気象予報士目指してるんで、一応」
「ふーん、かずっちの夢か」
「ま、まぁ……そんなところです」
和樹は照れくさそうに笑った。
「でもさ、なんかごちゃごちゃしててよくわかんないね」
「ん? そう」
涼が秋人にルーペを渡す。
秋人は自分の手袋に落ちてきた雪を観てみる。
涼のいうとおり、べちゃっとしていてよくわからない。
困っている秋人を観て、祥子がいった。
「語るに落ちたってところね。あのね、実際に落ちてくる雪は、本なんかで観られる結晶の形をしているものはまれなの。たいていは、結晶の一部が折れてたり欠けてたり。北の方と違って、ここは比較的温度が高いから、少し溶けて形が崩れてることが多いの。まぁ、それでなくても互いがくっつきあって、雪片として降ってくることが多いし、雲粒が付着してたり……。講釈師は観てきたように語るから、涼ちゃんも気をつけてね」
涼は首を縦に振った。
秋人の立場なし。
和樹の顔がにやける。
それを観て、陽は笑った。その瞬間、陽の顔面を白い雪玉が襲う。
よける間もなくあたり、その場にひっくり返ってしまった。
秋人たち四人は、何が起きたのか理解できなかった。が、すぐにわかった。
「あったりー」
高笑いをする洋子。
ベンチの上に仁王立ちをしながらみんなをみている。
「いたたた……なにすんだよ、甘粕さん」
「そんなのもよけれないの。どこに顔ついてんだかねー」
「いったな!」
陽は雪を丸め、洋子に投げる。
雪玉は洋子の頭の上を、放物線描いて飛んでいく。
「ノーコン」
「くっ、こんにゃろー」
陽は両手に雪玉を抱え、洋子目指して駆け出す。
それを観て、逃げる洋子。
いくら雪の上とはいえ、陸上部のホープと謡われた彼女に陽が追いつけるわけがなかった。二人はそのままグランドの方へと走っていってしまった。
あきれる四人。
「どっちも子供じゃん」
涼は深く、ため息をもらした。
ただ、ボーっと二人を見送った。
「さ、さて、あの二人はほっといて、オレ達は帰りますか」
「アッキーって冷たいのね。友達ほっておくの?」
歩きかける秋人に向かって、祥子が言う。
「祥子さんも、受験前なんだから帰った方がいいですよ。今月の終わりでしたよね」
「うん。二十九日」
「あと三週間ですか」
「あと三週間ですね」
二人の会話を聞いていた涼が割ってはいる。
「祥子先輩、あの……」
「ん? なに」
振り返る祥子。涼と目が合う。
「先輩はなにがしたいんですか」
祥子は首をかしげる。
「えっと、なにやりたいから、その……」
「わたしのやりたいこと? わたしは図書館司書になりたいんだ。本が好きだから、ね。本ってね、人の想いや考えを閉じ込めて、永遠にしたものをいうの。作者が死んでも、本がある限りその思いは生き続ける。ヘミングウェーとかヴェルヌやコナン、わたしが生まれる前の人と会話できる、そんな気になる。そこがいいの」
「夢、ですか」
「夢……ねぇ、いまのわたしにはそうかもしれない」
「もし、その夢が叶わなかったら?」
「うーん、そうね。そのときは……」
祥子はしばらく考えた。
秋人にそんなこときくなよと怒られるが、涼はきいてみたかった。
髪にまとわりつく雪をはらい、祥子は笑っていった。
「そんときは、別の夢を捜す」
風が雪を散らした。
一つひとつ、雪がダンスしている。
涼の口元がゆるむ。
「そうですね」
二人は互いをみつめながら笑った。
側にいた秋人と和樹は、なにが起きたか理解できていなかった。
「帰りますか?」
祥子がそういうと、涼はうなづく。
二人は手をつないで歩き出した。
秋人と和樹は黙って、その後をついていった。
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