NOTE4

「彗星あたーっく!」

 洋子は、ボーリング大の雪玉を陽めがけてぶつけた。

 顔面に直撃。

 そのまま雪玉と共に、白い大地に倒れた。

「さすがに、あれをまともにくらっては立ち上がれまい」

 袖で額の汗を拭き、おもむろに息を吐いた。

 雪のグランドはだだっ広く拡がっていた。

 風と共に雪が強く降ってきたようだ。

 洋子は真っ赤な両手を息で暖める。

 じんじんとして、感覚がわからない。

 しばらくして、洋子は気がついた。

 陽がなかなか起き上がってこない。

 少し心配になって近くによってみる。

「……生きてますか?」

 返事がない。

「こんなとこで寝てると風邪ひくよ」

 言葉がない。

「……マジでのびちゃった?」

 洋子は陽の隣りにしゃがみ、顔をのぞき込んだ。

「志水君?」

 声をかけた瞬間。

 洋子の視界が突然真っ暗に。

 なにが起きたのか分からず、そのまま後ろに倒れた。

「へへーんだ。彗星あたっく返し」

 陽は洋子の投げた雪玉を彼女の顔にぶつけたのだ。

 顔の雪をはらって、洋子が起き上がった。

「人が心配してあげたのに、なによ!」

「心配する人間が、あんな大きな雪玉ぶつけるか、普通。それに『彗星あたっく』って、なに?」

「言葉通りの意味だけど。彗星って『汚れた雪だるま』なんでしょ。だから小さな雪だるまをつくってそれを投げたの」

「痛かったんだけど」

「そうでしょうね」すました顔の洋子。

 陽は彼女をにらむ。「ほんと痛かった」

「狙ったからね~」舌を出してからかう。

「ひどいなー」

「ひどいのはどっちよ。大晦日に変なことしてきたじゃない。お返しよ」

 洋子は足下の雪を陽に向かって両手でかき上げる。

「うわぁ~~、ごめんなさい。もうしませんから、やめてよ」

「まだまだ。こんなものじゃ許してあげないんだ」

 逃げ出す陽を追いかけて、洋子は雪玉をぶつける。

 豆をぶつけられる鬼のように、陽は逃げる。

 グランドを抜けて校庭に戻ってくると、陽は立ち止まった。

「うわぁぁぁっ、急に止まらないで!」

 後ろから来た洋子は、勢い余って陽を押し倒した。

「痛い……」

「ごめん。急に止まるから」

「……だって」

「どうしたの?」

 立ち上がる陽に、洋子は訊ねる。

「みんなが、いないんだ」

「あら、ほんと。帰っちゃったんだ」

「……甘粕さんがはしゃぐから」

「いいじゃない、楽しかったんだし」笑ってごまかそうとする洋子を、陽は冷たい目でにらむが、「……まあ、楽しかったからいっか」

「そうそう。じゃあ、帰る?」

「うん」

 陽はうなづきながら、洋子を観た。

 手をさすりながら、息を吐きかけ暖めている。両手がさくらんぼ色になっていた。

「手袋なしで雪にさわるからだよ」

「だって……」

 なにか言いかえそうとした洋子に、陽は自分のはめていた左手の手袋をみせ、すっかり冷え切った洋子の左手に、それをはめた。

「片手だけー? どうせなら両方して」

 洋子はねだるような顔で、右手もさし出す。

 陽はその手を左手でつかみ、自分のコートのポケットの中に入れた。

「帰ろ」

「…………うん」

 陽と洋子は校門を出ていった。



 帰ってきてから自分の部屋に籠もり、真新しい原稿用紙を前にして涼はうんうん唸っていた。

 題名は、「わたしの夢について」

 結局、まだ書いていなかった。

 先生には、来週の月曜日まで、と期日をもらった。

 机の上に置かれた原稿用紙が「早く書いて、早く書いて」と無言で叫んでいる。

 涼は目をつぶる。

 ゆめ。

 ユメ。

 夢。

 陽の夢。

 秋人の夢。

 洋子の夢。

 和樹の夢。

 祥子の夢。

 いろんな人のいろんな夢。

 人によって夢は違う、そんなこと当たり前だ。

 自分の夢。

 自分がしたいこと。

 やりたいこと。

 目指す方向性。

 涼は頭の中で、自分の中にあるコンパスを想像する。

 右や左。上や下。縦や横。

 どこに向かって指し示そうとしているのだろう。

 いままではなにもみえてこなかった。

 暗くて、広くて、なんにもなくて。

 ただ自分がいて、みんながいて、それだけで良かった。

 それだけでいいと、いまも思っている。

 でも、なにかが違う気がする。

 いままでの自分となにか違うものが、確かに自分の胸の中にある、それを感じる。

 人から強制されるものじゃない。

 時代の必要性からでもない。

 同じ形をいつもしていない。

 不定形だけど確かなもの。

 ほんとうの気持ち。

 自分がやりたいこと。

 自分がやってみたいと思うこと。

 自分が乗り越えなきゃならないハードルのこと。

 おぼろげながらみえてきた。

 ゆっくり目を開けた涼は、シャープペンシルを手にすると文字を綴り始めた。



『わたしの夢について』


 一年一組  酒元 涼


 自分の夢についていろいろ考えてみました。

 高校生になったばかりの頃は、とにかく楽しいことができればよかった。友達とおしゃべりして、カラオケ行ったり、美味しいもの食べたり、どこか遊びに行ったり。でも、それは夢じゃない。今日までわたしはいろんな人と友達になりました。いろんなことを知りました。それらがわたしの中で少しずつ変化しています。きっかけは、夏休みに星詠組で星を観にいったこと。結局、曇って観れなかったけど寺門先生がお話ししてくれた。

「人間は自然から生まれたものだから、自然を切り離して生きてはいけないのに自然を汚してる」

 わたしの夢は「自然のある当たり前の暮らしが当たり前にできる社会にする仕事」をすることです。はっきり言って、どうすればいいのかどうしたらいいのかはわかりません。

 家の近くに、昔はさびれてた池が、いまは立派な公園の一部となり、毎朝その廻りをランニングしたりしている人とかでにぎやかです。市役所の人達がいろいろお金を使ってつくってくれたからです。ゆたかさがつくったものです。でもうちの兄たちは困ってます。ちょうどそこを通勤するサラリーマンたちの通りになっているのですが、どこかのオバサンが餌をばらまいて鳩が集まり通れなくなるんです。これもゆたかさがつくったものです。

 前より目的がはっきりとした夢を持ったわたしは頑張っている。大嫌いな地理の勉強や英語の勉強をしている。行ってみたい国が増えていく。いろんな国の衣食住についてもっと詳しく知りたい。世界中の人と会って話したい。留学したいとは思うけど、その前にしなきゃいけないことがある。わたしは、いまこの国でなにが起こっているのか、問題なのか知らない。大人だって知らないかもしれない。

 でもわたしは知りたい。知らなくちゃいけない。

 自分の国のことがわかってない人間が世界に出たって、うまくいくはずがない。自国の文化も知りたいという気持ちが出てきた。バイトしてお金を貯めて、外国にいってその文化も知りたい。そのためにはもっと英語の勉強は必要だし、わたしの夢の実現にどうすればいいのかもっと情報を集めなくてはいけない。夢の実現まで忙しそうだ。やらなくてはいけないことがたくさんある。でも、それを乗り越えなくちゃ、わたしの夢はずっと夢のままだ。とにかくいまは、自分の夢を信じて、走り続けるしかない。


 おしまい


 涼は、机の上にシャープペンシルを置いた。

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