NOTE3

 翌日。

 陽はパソコンで作った広告をコピーして、校内の目につきやすそうなところに貼ることにした。

「一人じゃ大変だから」

 洋子はそう言って手伝ってくれた。

「特に一階に貼った方がいいよね」

「どうして?」

 陽は洋子の後ろを追うように階段を降りながら聞き返した。

「一年生は強制入部でしょ。三年生は受験だし、二年生で入ってくれる人って、大宇宙よりも広い心を持った私ぐらいだろうから」

「……そ、そうかな」

「そうよ」

 彼女の言うとおり、一年生は四月中にどこかの部活に必ず入らなければならないきまりだ。

 やりたい部に入れた人は続けていくだろうけど、嫌々入るとユーレイ部員になって辞めてしまう。

 一度辞めた人間がまた部活に入るなんて考えないだろう。

 休み時間の合間を使い学校中に広告を貼り、昼休みにようやく終わった。

「お疲れー、志水君」

「甘粕さん、手伝ってくれるって言ったじゃない」

「手伝ったでしょ。何階のどこどこに何枚貼ったらいいんじゃないかってアドバイスしてあげたじゃん」

 洋子は教室に戻ってきた陽を明るく迎えた。

 席に戻ると陽は、購買部で買ってきたカレーパンを食べ始めた。

「お昼、まだだったんだ」

「うん」

「そっか、悪いコトしたね。今度なにかあったらちゃんと手伝ってあげる」

「ホントかな……」

「エヘヘへ、あげる」

 洋子は笑ってコーヒー缶を机に置いた。

 彼女の精一杯のわびだった。

「……あ、ありがと」

 ちょっとうれしかった。

 水曜日まであと六日。

 土、日を省いてもあと四日。

 それまでに何人の人が「入りたい」といってくるだろう。

 隣で桃饅頭をおいしそうに食べる洋子をみながら、陽は心配だった。



 掲示してから、クラスメイトの冷やかしがはじまった。

 名前が幼稚だとか今さらなにをはじめたんだとか、なにかにつけて笑った。

 その度に陽はイヤな気分になった。

 覚悟はしていた。

 けど、なにも笑わなくてもいいのに……。

「気にすることないよ」

「……うん」

 洋子は、手に持っていた桃饅頭を割って陽に差しだした。

「自分でなにもせず、ただ相手をけなすだけの人より、自分からなにかしようとする志水君の方が、ずっといいと思う」

「ははは……ありがと」

 陽は力無く笑った。

 部を作ろうと言いだしたのも、誘ったのも自分じゃない。

 秋人だ。

 自分はただ誘われ、手伝いをしているにすぎない。

 笑ったクラスメイトとたいして違いはないんだ。

 そのことを口にもできず、陽は洋子からもらった桃饅頭を口に放り込んだ。

「あの……すいません、あなたが志水陽さんです?」

 うなだれる陽の前を通り越し、洋子の前に小柄な女の子が現れた。

「はい?」

 一瞬、洋子は驚く。

「私、一年一組、酒元涼と言います、はり紙、みてきたんです」

 涼と名乗った彼女は、スカートのポケットから折りたたんであった星詠組の広告を広げ、洋子にみせた。

「あ、あの私は」

 洋子がなにか言いだそうとした。

 涼は聞こうともせず話し続ける。

「なんかやさしそうな人でよかった、こわそうな人だったらどうしようって、ドキドキでした。自分のやりたいことってよくわかんないですけど、でもでもそれを教えてくれるサークルなんですよね、星の唄ってどうやってきくんですか、そもそも星の唄ってどんな唄です? そんな唄ありました? あんまし知らなくて、そういえばなにするサークルなんです? バンドとかなんかですか、それだったらヴォーカルがいいな、こうみえても唄には自信があるんです、カラオケ超好きで、春休みは友達と歌いまくったりして、でもオンチって言われますけど、裏声出せるようになればオンチはなおるってテレビで言ってたから大丈夫ですよね! けどウチ貧乏だからお金あんましないし、景気よかないし、部費とか個人で買う道具とかっていくらぐらいかかるんですか、あっ、貧乏っていっても人並みぐらい、フツウだと思うけどバイトはまだできないし、でもでもお年玉貯めてるのあるから少しぐらいは大丈夫かもって」

 洋子はなにも言えなかった。 

 堰を切ったように押し寄せる涼の話は、夏空に響くセミの声みたくうるさく感じられた。

 隣の席に座る陽も涼のしゃべりに、アッ気にとられていた。

「なにはともあれ、なにかおもしろそーかなって思ったから、っていうか、はやく決めなさいって、担任の青島先生がうるさくて、でもでも入りたい部がなくてどうしようかって、どこでもいいからテキトーに入っちゃえーって思うけど、やっぱりイヤだから、あちこち見学とか、友達の話とか、お父さんとかお母さんとかお兄ちゃんたちに聞いたりして色々考えたんだけど、考えて考えたけど、やっぱりやりたいとこに入ろって思って、そういえば私なにがやりたいんだろうって思って、中学のときはバドミントン部でしたけど、さぼってあんまり行かなかったし、よく考えたらなにがやりたいのかもわかってなくて、で、選ぼうとしてもムリだなって思ってたら、そんなときコレみつけて、一階の下駄箱とか廊下とかトイレ前とか気がついたら、あちこちにこの紙がはってあるのみつけて、いつのまにって思ったけど、内容みて、文書読んで、『コレだ!』って思ったからなけなしの勇気振り絞ってきたんです、コレでも私、内気で無口で大人しい性格で、自分でも『もう少し明るく元気だしたい』っていつも思ってるけど、なかなか行動できなくて、情けなくって、今日も、今も不安でこわくて心臓バクバクで、けど志水さんって、やさしそうな人でホントにホントによかったです、で、こんな私ですけど入れてくれますか?」

 ようやく彼女の話が終わったころには、予鈴が鳴りだしていた。

 洋子はばつが悪そうに頭をかき、隣を指さして言った。

「一生懸命話してくれたからあなたのことはよくわかったけど、志水君は隣。私は甘粕洋子っていうの」

「えーっ、志水さんと違うんですか? 名前からして私のイメージ、ビンゴなのに、ゼッタイ女の人だって思ったのに」

 涼の驚きの言葉に洋子は吹きだした。

 陽はムスッとした顔で洋子をにらんだ。

「ダメ、ゼッタイダメです! 私的に、志水陽さんは先輩みたいにスリムでカッコイイ女の人じゃなきゃダメなんです、こんなイケてない顔の男が志水陽だなんてゼッタイなんかの間違いです、すぐ役所に名前変更に行きましょう、イヤするべきです、こんなことが世の中にあってはいけないんです、神様が許しても私がゼッタイ許しません、私のイメージと合わないから」

 洋子はまた笑った。

 イケてない顔で悪かったな。

 陽は洋子を横目でにらみ、心の中でつぶやいた。

 笑い終えてからひと呼吸のち、洋子は口を開けた。

「イケてない顔ってのは言い過ぎよ、せめて童顔って言わなきゃ」

「あ、そうですね」

 彼女達は笑う。

 二人の笑いが陽の怒りを深く静かにつのらせる。

 怒鳴りそうになったとき、洋子が笑うのをやめた。

「でも、いい所もあるよ、志水君。なかなかいい文章書くの」

 陽はその一言に、スッと怒りがひいた。

 笑っていた涼も、洋子の言葉で真面目な顔に戻り、二人に頭を下げ、背を向けて教室を出ていこうとした。

 洋子は『引き留めて』と目で促し、陽は慌てて呼び止めた。

 肩をすくめて立ち止まる涼は、おそるおそる陽の前に立つ。

「笑ったことについては謝りました、けど、私はそう思ったから」

「星詠組はバンドじゃないけど……酒元さんは星はよく観る?」

「えっ……う~ん、たまに」

「星観て、なにか感じれたらそれでいい、ってカンジのサークルなんだ。星に興味もってる人や星がすきな人なら、誰でも入っていいんだ」

 涼は陽の話を聞き、押し黙ったまま眉間にシワをよせた。

 星詠組という、雲のようなイメージだけが彼女の頭の中を混乱させているのだろう。

「……って言いたいけど、まだサークル活動として機能してないんだ」

「ど、どういうことです?」

「只今制作中」

「えっ?」

「五人以上じゃないと、許可おりないんだ」

「えーっ、それってそれって、まだ……できてないってコト?」

「あと一人で五人なんだけどね」

「志水さん以外は……誰がいるんです?」

「写真部部長の岡本君、その後輩の羽林君、それと」

「私なのだ!」

 陽と涼の脇から洋子が、Vサインをして顔を出した。

 涼は彼女をみて表情が変わった。

「私、入ります! 甘粕先輩お願いします」

「洋子でいいから」

「はい! 洋子先輩」

「そ、それじゃ……水曜日、授業が終わったら理科準備室に来て。初顔合わせするから」

「はーい」

 酒元涼、入部決定。

 これで五人になった。

 陽ははしゃいで廊下を駆けていく涼を見送りながら、これで本当によかったのだろうか、と首を傾げた。

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