NOTE2
「な、やろうよ。楽しいことなんてジッとしてたって始まんないし、やってこない。だったら自分でなにかするしかないじゃん。つまんない高校生活送って、じいさんになりたいの?」
むっ。
なにか、棘のある言い方だなと陽は思った。
でもそれも事実だなと思ったのも確かだ。
「それは……わかってる。けど」
「けど、なに?」
「堅っ苦しそうだし」
「だから一から作るんだよ。はい、決定!」
「一からって……え?」
おどろいている陽をみながら、よろこぶ秋人と和樹。
「これで部長は決まったな」
「そうですね」
部長?
な、なにそれ?
「ちょっと待った。なんで僕が部長なんだよ」
「オレは写真部の部長、羽林はまだ一年。志水君、頼んだ!」
「えー、ヤダよ」
「大丈夫だって。オレも羽林もサポートしてやるし、始まる前からあれこれ悩んでどうするんだよ」
「悩みって、先に来るモノだと思うけど」
「そう? 気にすんな、そんな小さいこと」
小さいことではないと思うんですけど。
そう言い返す言葉は、彼らの耳には届いてはいない様子だった。
陽は小さくため息をつく。
昔からそうだった。
誰かの都合のいいように、押入のタンスの奥から引っぱり出すみたいに使われる。
そんな無責任な人間関係に嫌気がさし、人に使われるのが苦痛に感じたから誘いを拒否するようになったんだ、陽はようやく思い出した。
「それじゃ、人集めの広告を学校中に張り出したいからそれを作ろう。入部希望は志水君の所に申し込むようにして、来週水曜の放課後、ここに集めて初顔合わせな」
「はぁ……それ、僕がするの?」
当然だろ、という顔を向ける秋人。
「部の名前と活動内容は?」
「部の名前は志水君が決めていいよ。活動内容はみんなで楽しく星を観て思ったこと、感じたことを、なにか形に残す。絵でも、写真でも、文章でもなんでもいいからさ。それを文化祭とか、天文関係の雑誌とかに投稿とかして広くあまねく学校内外に活動をアピールしていけたら……って考えてるけど、基本は自由に星を楽しみましょうだよ」
「はぁ……じゃあ、星詠組っていうのは?」
「なにそれ?」
「部の名前。部長命令」
小説のネタに考えていた名前だけど、とは勇気のない陽は口には出さなかった。
「ま、それでいいよ」と秋人は言った。「あとは部の会則と顧問と手続き。最初だから部じゃなくてサークルだけど、あと二人はゼッタイ入れないとな」
「顧問?」
「学校に正式な部として認めてもらうために、正規の手続き取らないと。それには顧問がいる。新しい部活を認めるときには、全部の顧問が集まって部にするかどうか決めるらしくて。最終決定は校長だけど、たいがいは認めてくれる。どのみち顧問いないとお金おりてこないよ。自費だけってのはきついって」
「そっか……五人以上は必要か」
「そういうこと。というわけで募集の方よろしく。なるべく女の子な」
女子入部は君の実力にかかっている、秋人は陽の肩を強く叩いた。
「どうして?」
「野郎ばっかじゃつまんないだろ。それにだ、この計画の目的は別にある」
「別?」
陽は横目で秋人をみた。
なにがおかしいのかニヤついている。
「志水君、カノジョいる?」
「はぁ?」
「たぶんいないだろう。あ、すまない。気に障ることを聞いてしまって」
「……悪かったね、いなくて」
あらためて、陽は彼の性格を知った気がした。
「付き合ったこともないだろう。そうだろ」
いちいち念を押すような聞き方をするな!
と、思いながらも勇気のない陽は黙ってうなずいた。
「人として生きていくのに誰かを好きにならず、カノジョも作らず過ごしていくのは不幸だ。十四過ぎたら体のつくりは大人になってきたけど心はまだ子供、心を大人にするには時間がかかる。恋することが手っ取り早い手だと思うんだ」
言ってて恥ずかしくないのだろうか、この人は。
冷めた目で彼を見る。
「とにかく、クラスメイト以外で女の子の友達作るのも悪くない。知識だけじゃ強く生きてけない、いろんな経験することは必要なことだろ」
「わかるけど……」
陽は納得いかなかった。
誰かを好きになったことがないとは言わないが、なにがしようとは思わない。
下手につけ回せば変質者扱い。
変なウワサをたてられたら平穏な学校生活を過ごせなくなる。
だからいつも片思いで過ぎていく。
遠く空の向こうに光る星を眺めるように。
「まぁ……とにかく、来週水曜の放課後までにかわいい女の子をいっぱい誘ってくれ。それまでに、オレはオレの仕事をしっかりやっておくから」
え?
来週!
「来週なんて、無理だよ」
「期待してる」
期待してると言われても……。
足取り重く、自分の教室に戻った陽はノートを広げた。
とりあえず、広告の内容だけでも考えないと。
あまり乗り気ではないにしろ、自分も関係者になってしまった以上、知らん顔しているわけにいかない。
午前中、授業をよそに文面を考え、昼休み中に書き上げた。
新しいサークル『星詠組』に入りませんか?
冬の終わりは春の始まりというわけで、
あたたかな気候と動植物達が伝える
季節の境を感じ取ったあなた、
自分のやりたいこと、
本当の自分をみつけましたか?
まだなら僕達と一緒に
星の唄を聴きませんか?
星に興味のある方、
二年三組の志水陽まで連絡下さい。
来週水曜日、放課後締切
あとは家に帰ってパソコンでレイアウトして、プリントすれば完成だ。
陽は両の手を突き上げて背伸びした。
仕事をやり終えた開放感と共に不安がこみ上げてくる。
もし、誰も集まらなかったらどうしよう。
計画倒れになってしまう。
その方が面倒なことしなくてすむ。
だいたい、どうやって女の子に声かけたらいいんだろう。
『星に興味ある? 一緒に観ない?』これじゃナンパしてるみたいじゃないか。
広告だけ貼って向こうから来るのを待つか。
いや、待てよ。
広告を貼った時点で学校中に名前が知れわたるじゃないか。
知らないヤツに名前が知られたらなにかの折に悪用されたり、周囲からいやな目でみられたりするとか。
それってヤバイんじゃないか。
陽は深いため息をついた。
今さら断るわけにもいかない。断れない。
「なにしてんの、志水君」
ふいに、声をかけられた。
陽はあわててノートを閉じて振り向く、と隣の席の甘粕洋子が立っていた。
クラスの中で男子よりも背が高い彼女。アップさせた長い髪が目印。手には購買部で買ってきたと思われる、桃饅頭をもっていた。
「なにって……その」
「午前中から授業そっちのけでコソコソと」
「……別に」
「新しい小説でも書いてた? みせて」
陽は作り笑いをしてごまかそうとしたが、洋子にノートをみつけられ、取られてしまった。
「あ、返してったら」
陽はひったくるようにノートを洋子の手から奪い取った。
「今のなに?」
洋子は前のめりに陽に近づきたずねる。
彼女の目は星の瞬きのようにきらきら輝いてみえた。
屈託のない表情に負けて、陽はしぶしぶノートを彼女にみせた。
「星詠組ってサークル。星を観て楽しもうって」
「へー、でも志水君ってコミックサークルってのに入ってなかった?」
どうして知ってるんだろう。
不思議に思いながら「半年前に辞めたよ」と返事。
「そうなの? 残念」
え?
残念?
「どうして?」
「文化祭で配ってたコピー本、あったじゃない。志水君が書いた『憶えていますか』っていう短編小説。なんか、いいなって。あ、ストーリーじゃなくて、文章がね。詩みたいで、読みやすかった」
「あ、ありがと。でもコミックサークルって、小説はダメなんだ。だから怒られた」
「だったら文芸部に入ればよかったじゃない」
「小説書きたかったわけじゃないから」
陽の脳裏に、半年前のことが思い出された。
いまと同じセリフを、部員のみんなから言われた。
本当に、なにをやりたいのかわからなかったし、いまもわからない。
「……そう。辞めたんだ」洋子の顔が曇る。
話題を変えよう。
「ねぇ甘粕さん。たしか陸上部だったよね。一年でレギュラーになって地区大会に出ただけでもすごいのに、一位だったんだよね。Jハードルだっけ?」
「ん? まぁ……昔の話よ」
「なにいってるの。陸上部のホープじゃん」
「私、辞めたの。夏休み開けてから」
「えっ、そうなの」
「そう」
知らなかった。
あんなに楽しそうに部活していたのに、どうして?
「練習中にケガしちゃってね」
「ケガ? ごめん、ぜんぜん知らなくて。大丈夫だった?」
「あ、うん。たいしたことなかったよ。けど辞めたの」
洋子はノートをくいるようにみつめながらあっさり話してくれた。
春風のような性格が親しみを感じさせ、辛いこともなんでもないような顔でさらりと言ってのける。いろいろなことを聞いても怒らない分、逆に聞いた方が無口にさせられる。
「ねぇ、志水君」
「なに?」
「この星詠組ってサークル、なにするの?」
「星観て、楽しむサークル」
「星なんか観ておもしろい?」
「おもしろいと感じるのも、たのしいと思うのも、星を観た人が決めることだから」
「ふーん、自分で決めることか」
「う、うん……そうだよ」
陽は秋人が言っていた言葉を使った。
「でも、いつできたの? 聞いたことないけど」
「これからできるんだよ」
「これから?」
「いま作ってるんだ。写真部の……昨年同じクラスだった岡本秋人君と、あと彼の後輩の羽林君と僕の三人。まだ三人しかいないんだ。五人以上必要なんだ」
「募集広告ね」
「家に帰って、パソコンでちゃんとしたのを作って、学校中に貼ろうと思ってるんだ」
陽は洋子をみていた。
彼女はノートから顔を上げ、目が合いそうになる。
陽は思わず反らした。
「なに? 志水君」
「ううん」なんでもないよと首を振る。
「入って欲しいって顔してるよ」
「いや、あの……」
「はっきり言ってみたら? ひょっとしたら入るかも」
「えっ?」
驚いて彼女を観た。
洋子はニヤニヤしながらノートを閉じる。
「入って欲しいんでしょ」
「うん……入りたいって思ってる人に」
「入って欲しい?」
陽は、迷わずうなずいていた。
「星に興味ある?」
「ん~わかんない。好きになるか興味がわくか、それはこれからじゃない?」
「じゃあ、入ります?」
「どうしよっかな~」
洋子は結わえた髪を揺らし、そっぽを向く。
からかわれてるのかな、「無理に誘わないから、いいよ」陽は彼女からノートを取り上げ、カバンに入れた。
「こらこら、誰が入らないって言った~」
「いいよ、別に」
「らしくないな~。怒んないでよ、そんなことで」
「別に怒ってないよ……じゃ、入るの?」
「うん。ブラブラしてるの飽きたし、志水君が土下座までして『入って下さい、お願いします、美人でかわいくて、頭がよくて性格ばっちりの甘粕洋子様。毎日お昼はおごりますから』って頼まれちゃ、むげに断れないじゃん。私だって鬼っ子じゃないっしー」
「そんなこと誰も言ってないけど……」
「男が小さいこと気にしちゃダメっしょ」
よろしくね、陽は彼女に手を握られた。
甘粕洋子、入部決定。
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