NOTE4
水曜日まで待ったけれど、他に「入りたい」と来る人はいなかった。
予想どおりとはいえ、話を聞きに来るだけでもいいから訊ねてきても良さそうなのに。
秋人の注文通り、女の子が二人入ってくれたし、五人なんとか集まったのだからいうことはないだろう。
陽はそう思いながら、広告をはがしに校内を廻る。
約束通り、洋子は陽の手伝ってくれた。
彼女にくっついて、涼も広告をはがしに学校中を廻る。
陽の目には、二人は親しげに話し、笑い、まるで仲のいい姉妹のようにみえる。
月と地球が引き合いながら太陽の周りを廻るように、女の子は今まで知らなかった子同士、簡単に友達になれてしまう。
男の陽にとって不思議で仕方なかった。
「すみません、星詠組の関係者です?」
「はい、そうですけど」
特別校舎に通じる渡り廊下の広告をはがしているときだった。
陽は急に声をかけられた。
振り返ると髪の長い女の人が立っていた。
「志水……陽クン?」
「そうですけど」
「私は三年六組、米倉祥子です」
彼女はそう言うとなにげに、うれしそうな顔をした。
「コメクラ……どこかで聞いたような……ひょっとして、入部希望ですか?」
祥子はコクッとうなづく。
陽は手に持っていた広告を折りたたみ、ポケットに押し込んだ。
「えっと……実はですね、星詠組は」
「まだ、できていないんでしょ。五人以上集まりましたか?」
「へ? ……はい、なんとか五人は」
「そう、よかった。もし足らないようだったら入ろうかと思ったけど、その必要はないみたい」
祥子は陽に笑顔をみせ、立ち去ろうと背を向ける。
「待って下さい、あの……」
陽は慌てて呼び止める。
どうして部ができていないことを知っているのか、聞いてみたいと思うけど言葉が出ない。
星詠組を作ろうと一生懸命になっている自分と、数日前の自分との距離が埋まらない。
形のなかったモノが少しずつだけど姿を現していくのを感じる、それなのに心がついてこなかった。
祥子は立ち止まり、振り返った。
「志水君は……星、好き?」
彼女は突然問いかけ、陽はとっさにうなずいた。
「私も好き。切ったようなチクッとした痛み、あの星の感触が好きなの」
「星の、感触?」
「うん。志水君はさわったこと、ない?」
「ないですよ。だいたいさわれっこないです。手に届きそうなところで針の先ほどの小さく光ってるように観えるけど、星ってのは地球から何光年も離れたずっと遠いところで輝いている恒星なんです。太陽と一緒ですよ。からかってるんですか?」
「アッキーの言ってたとおりね、志水君って」
「なにがです」
「星を観てどう思うか、どう楽しむのか。今を大事に生きること、あなたが学校中に貼った入部募集の星詠組はそういうサークルじゃないのかな?」
唄うように祥子は自分の意見を言い、小さく息を吐いた。
陽は目の前に立つ彼女を下唇を咬んでみつめた。
知らない人が自分よりも自分のことをよく知っている。
そのことになんとなく腹が立ってきた。
自分が情けなく思えてくる。
「少し言い過ぎたね。ごめんなさい。最初から完璧な人なんて世の中いるわけないし」少し間をおいてから、「陽クン、やっぱり私も入らせてくれない?」と言った。
「やっぱり私、星をさわってみたいから」
彼女はそう言うと頭を深く下げる。
陽にはそれが、謝っているようにみえてならなかった。
放課後。
理科準備室に集まった星に興味を持つ秋人、和樹、陽、洋子、涼、祥子の六人は顔を合わせた。
秋人は「よくやった」と陽に小声で言うが、ニコニコ笑っている祥子をみつけるやいなや、顔色が変わった。
「志水君、たしかに五人以上集まったのはよかったけど、どうして祥子……もとい、米倉先輩を連れてきたんだよ」
「入りたいって言ったから。まずいの?」
「そりゃ……だいたいあの人は三年生だし、生徒会副会長だぞ」
「副会長?」
そういえば副会長はそんな名前だったような気がしてきた。
「知らなかったのか? 昨年の秋、選挙あったし始業式のときもみただろ。忘れっぽいな、志水君は」
「人の名前と顔、おぼえるの苦手だから」
「あのなー、まったく!」
そんなやり取りをしていると、ドアを開いて誰かが入ってきた。
「遅くなってすまない!」
白衣に身を包み、耳の辺りだけわずかに毛を残す頭の二年四組担任理科教師兼写真部顧問、寺門宏和先生が六人の前にやってきた。
「いえいえ寺門先生、すいません。無理なお願いしまして」
秋人は、ペコッとお辞儀をするとみんなに言った。
「寺門先生が星詠組の顧問をして下さることになった」
寺門先生は学校の中ではある意味、人気のある先生だから知らない生徒はいない。
授業中、教科書はあまり使わないし、話はすべて説法みたいで、お坊さんみたいなところが逆におもしろい。
生徒の相談も親身になって聞き、解決するまで支援してくれる。
かといって、筋が通ってないことを言ったりしたりすると、五時間の説教を聞かされる。
人それぞれ評価のわかれるところであるが、恐ろしくもおもしろい先生だ。
今年入った涼と和樹は初めてあったらしく普通に挨拶し、祥子も静かに頭を下げる。
陽と洋子は眉をひそめ、作り笑顔で寺門先生をみた。
寺門先生は軽くうなずきながら、一人ひとりの顔をみていく。
「おや、甘粕さんも入ったのかね。陸上部の方はどうした?」
「え、えっと……色々ありまして」
「辞めたのかね」
「はぁ……」
さすがの洋子も、寺門先生の前では仔猫のように大人しくなってしまった。
「さて、部長は誰かね」
「あ、僕です。志水陽と言います」
「志水君か、君もたしかどこかの部活に入ってたんじゃなかったかな?」
「……はい」
「君も辞めたのかね」
「まぁ……」
「今日のところは、まあいいじゃろう。志水君、新しい部を作るには、団体結成を学校に認めてもらわなくてはいかん。まず顧問委員会に通し、次にクラブ委員会で採決し、生徒会の許可をもらい、最終決定権を持つ学校長の印をもらわなければならない。これはワシの仕事だ。だが、部の会則と活動内容およびその主旨は岡本君からもらって理解しとるが、部員数と各自の名前、住所、あと誰が部長、副部長、会計のなのか、星詠組の名簿をもらってない。まだできていないのかね」
「す、すいません……まだです」
「なら今すぐ作りなさい。今日の四時半から顧問委員会がある。ワシの時計であと五分。急ぎなさい」
陽は秋人から名簿用紙をもらい、一人ひとりの名前と住所を聞いて書きながら、副部長と会計を決める。
秋人は写真部部長なので役にはつけない。
祥子は三年生というわけで除外。
残った涼、和樹、洋子の三人から選ぶことになった。
「やっぱし、これしかないっしょ」
洋子はそう言って、じゃんけんで決めることを提案。
涼と和樹は黙ってうなずく。
数分後。
気迫こもった死闘の末、
《副部長》 甘粕洋子
《会 計》 羽林和樹
と決定。
ちなみに、涼は書記を努めることになった。
陽はできた名簿を寺門先生に渡した。
「お願いします」
「おぅ!」と声を上げる先生。
白衣をひるがえし、さっそうとドアを開けて廊下に出ていった。
陽はこのとき右手の人差し指に痛みを感じた。
紙で指を切ったのかと思い、慌てて人差し指をみた。
だが血も出ていなければ切れてもいなかった。
「どうした、志水君」
「なんでもないよ、岡本君」
笑って応えたのだが、妙に気になる。
今の痛みはなんなのだろう。
陽は人差し指を口にくわえた。
数日後、生徒会から『星詠組』を正式に文化系クラブの属する一サークルとして了承された。
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