NOTE3
ベランダは寒かった。
五階、しかも下から吹き上げる風が身体を振るわせる。
陽はふたご座流星群をみんなで観たときのことを思い出した。
獅子座流星群を観たときのように学校の屋上でみんなして寝転がってみたのだが、とにかく寒く、早く帰りたいと思った。
昨年はエルニーニョと温暖化の影響で世界全体で○・八二度、日本では一・二八度平年より高かったと新聞に書いてあった。
暖冬で冬物商品が売れ行きが悪く、年末商品の売上が一年前より落ち込んだとテレビのニュースでいっていた。
先月と今月のはじめに雪も降ったが、暖かな陽気と寒い日が交互に続いている。季節の変わり目を感じさせる。
今年は暖かい、といわれても陽は寒いと思っている。
寒がりなのだ。
みんなはベランダから夜の街をみた。
宝石箱をひっくり返したような輝きは、空の輝きよりも明るくきれいにみえる。
あの光のもと、人は集まって泣き笑い嘘をつきそして心を交わす。
あれはよろこびとかなしみの光だ。
人が生まれる以前の産物を使い、多くの命を凝縮して照らされている。
自分ではない誰かの命の光が夜の街に昼の明かりをもたらしている。
だから美しく、はかないのか。
ゴミを捨てる場所がなく大空にその場所を求めた。
ゴミを捨てる場所がなく干潟にその場所を求めた。
ゴミを捨てる場所がなく森林にその場所を求めた。
燃料をもやして空がよごされていく。
今日も山が削られ森がこわされていく。
土砂で埋め立て海がころされていく。
人は欲深き煩悩を抱えているから欲求がさびしさを埋める行為なら、大きな山を深い海を広い空をつぶしてもさびしさはなくならない。
街に溢れるゴミクズが今日もひとつふたつと増えていく。
川を流れるゴミクズが今日もふたつみっつと増えていく。
宙に浮かぶゴミクズが今日もみっつよっつと増えていく。
誰も観てみぬ振りですぎていく。
大人が投げ捨て子供がまねする。
未来を託す大人と未来はいらないという子供。
さびしさ抱えた人達が、嘘とごまかしで過ごしている。
今だけ大切、今だけ大事、今だけ大好き、自分は嘘つき、大人は嘘つき、誰もが嘘つき、だから確かなものがほしい。
嘘じゃない本物を手にしたい。自分の価値を認めてほしい。
本物偽物ブランド志向。
偉い人はわかったフリしてせつせつと語る。
みている人は納得してうんうんうなずく。
どちらもいい加減で手に着けられない。
誰もなんにもわかっちゃいない。
声を限りに叫びたい。
世の中は間違っている。
この国は間違っている。
進む道は間違っている。
みんなは間違っている。
何もかも間違っている。
この星は傲慢をする場所じゃない。
この国は強欲に生きる所じゃない。
この場所は、この場所は、この場所は……そう思いながらもポジティブにアクションしない人が多いことが、一番始末に負えない。
観上げる場所に三ツ星のオリオン座が瞬いている。その足下のウサギ座はみえない。
目を凝らしてもよくわからない。流星も、ビルにさえぎられてしまい、しし座の姿がまったくみえなかった。
なにもみえない、みえない……。
吐く息だけが白い。
寒いから中に入ろう、と秋人がいった。
みんな賛成し、涼、和樹、洋子、と秋人に続いて暖房のきいた室内に戻っていく。
獅子座が出てきてからまた観ようよ、秋人は陽にささやく。
そうだね、と応えて陽も中に入ろうとした。何気なく振り返る。すると祥子が空を観上げたまま動こうとしない。
冷たい風に吹かれながら立ったままで。
「米倉先輩、寒いですから……」
陽は声をかけながら彼女の隣りに立つ。彼女は、右腕をそっと上げ、三ツ星に向かってのばしていく。
「陽クン、あなたは星に触れた?」
「えっ?」
「星の感触」
その言葉に、四月に彼女と初めて会ったときのことを思い出した。あのとき、彼女は星の感触がすきだといった。
「星には触れません。あそこに瞬く星は」
「指先で触るんじゃないよ、意識で触るの。胸の中にある星と観えている星、二つをつなぐように手を伸ばそうとすれば針が刺さったような感触が指先に」
彼女は人差し指を三ツ星の真ん中の星に重ねた。
「陽クンが手を伸ばしても触れないのは、ここに星がないから」
そういうと、彼女は星をさしていた指を陽の胸に向けた。
ドキッとして、陽の肩が強張る。
服を通して彼女の指の感触が胸に伝わったからだ。
「頭の中で思うだけじゃ星には触れない。行動するだけじゃ触れない。もうひとつ、大事なものがここにないから手を伸ばし、背伸びしても星は触れない」
「もう、ひとつ?」
陽は聞き返すが、祥子は静かに笑うだけでそれ以上は教えてくれなかった。
寒さのために、陽は上着のポケットに手を入れた。なにかが手に触れる。
「そうだ、先輩に星詠組から……」
陽は小さな包みを祥子に手渡した。
中をあけると、おうし座の入った腕時計が出てきた。
「みんなからの気持ちです。光あてておくと暗いところで光るそうです」
「ありがと。どう似合う?」
祥子は左手につけて観せた。
陽は似合いますよ、と応えた。
「……お姉ちゃん」
そのとき隣のベランダから声がした。
陽と祥子は覗き見るようにとなりを観た。
部屋の明かりに照らされて女の子が立っている。
「どうしたの、理香子」
「誰、それ?」
「志水陽クン。部活の、後輩」
陽はどうも、と頭を下げた。
理香子はトレーナーの上に何も羽織らず、風で髪が乱れている。
「こっちにくる? 一緒に」
祥子がそういいかけたとき、理香子は首を振って、部屋の中に入ってしまった。
「先輩の妹さんですか?」
「理香子っていうの」
陽の質問に応えながらやりきれないため息をついた。
聞いてはいけない、と思いながら、
「なにか、問題でもあるんですか」
と訊ねてしまった。
祥子はそれには応えず、中に入りましょ、と背を向けてしまった。
祥子の後に続いて室内にはいる。
窓を閉めようとしたとき、何気なく隣のベランダを観た。
理香子が同じようにこちらを覗いていた。
目が合いそうになると、彼女は顔を引っ込めてしまった。
陽は窓を閉めた。
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