NOTE4
そして十月二十一日
特別校舎二階、理科準備室。
陽はうつむいていた。
「なんだか甘粕さんじゃなくなった……ほかの女子と同じだよ」
ポツっと言葉をもらす。それを聞いて秋人が言う。
「志水君が変わったんだよ」
「僕が?」
「そうだよ、志水君。すきになるってことは理由や理屈じゃない、漠然としたそのものズバリ、存在してることだけでうれしく思うこと。きらいになるってことは他人の評価、その人やモノのまわりの付加価値が気にくわなく思うこと……って祥子さんが言ってたことがあるんだ。志水君がいま甘粕さんのことがイヤだなって思ってるのは、彼女のしてるまわりの環境がきらいなんだよ。志水君の胸の中にはまだ『好き』って気持ちはきっと残ってるよ」
「でも、僕は自信がない……部活は岡本君が誘わなかったらこの半年はなにもなかった。僕は自分から進んでなにひとつしてこなかったそんな僕だから」
「したことないならすればいいよ。告白は自分から進んでするもんさ」
「それは玉砕覚悟ってことじゃ」
「あたってくだけろとも言う」
「くだけるのはいやなんだ」
陽の声が小さくなる。秋人は顔の前で手を組み、陽と向き合った。
「志水君だから言うんだけど、ここだけの話、オレ、春休みにさ、祥子さんにコクッたんだ。『すきです、つきあって下さい』って。でもフラれた。ショックだったなー『私のこと、すきになってくれてありがと』って言われてもしばらく立ち直れなかった。けどさ、自分の気持ち言えてよかったと思ってる」
「だからカノジョ探しのために部活を」
「ま、まぁな。だから、志水君が祥子さん連れてきたとき驚いたよ」
それを聞いて陽は笑った。
「結果よりも自分の気持ち、伝えた方がいいよ」
「……こわいよ」
「仮に志水君が大人になって、誰かと結婚して子供ができたとしよう」
「はぁ?」
「その子供に『なんで結婚したの?』と聞かれたとき『本当に好きな人に告白するのがこわくてできなかった』って言うのか。結婚しなくても独身でいて、誰かに『どうして彼女いないんですか』って言われたとき『告白する勇気がないんです』って言うのか」
秋人の言葉は陽に深く突き刺さった。相変わらず彼ははっきり言う、陽はそこが嫌いなんだと思いながらも彼の言うとおりだよなと素直に認めた。
陽は自分の思いを伝えることを秋人に約束した。
「運命ってヤツは待ってくれない。一度のがしたら運命は死んでしまう。あとで泣いたって、時間は前にしか進まないよ」
秋人は文化祭の写真の中から洋子の写った写真を抜き出し、陽に渡した。 笑ったり、はしゃいだり、怒ったり、眠たそうだったり、いろんな表情の洋子が写っていた。
その中の一枚に陽の目が引きつけられる。
さびしげな顔で一人きりの彼女。
そういえば、と思いだしたことがあった。
いつも明るい彼女が最近、どこか元気がなかったことに。
授業中もボーとしてることが多かった。
どうしたんだろう、急に陽は心配になった。
「全部あげる。すきにしろよ」
秋人は素っ気なく言い、残りの写真を片付ける。
陽は黙ってポケットにしまい込んだ。
「岡本君」
「なんだ?」
「柿いる?」
「はぁ?」
「親戚が送ってきてくれたんだ。みんなにあげようと思って持ってきたんだけど」そういいながら陽は足下に置いてある袋を机の上に乗せた。
「そんなモノ、学校にもってくんなよ」
「母さんが、みなさんにって……僕だってやだったんだから」
「……ひとつもらうよ。それにしてもみんなが来れないときに……ついてないね」
秋人は陽から柿をひとつ受け取った。
「ところでみんな、どうしたの?」
「羽林はカゼ。季節の変わり目だからね。酒元さんは追試。昨日、教えてあげたからたぶんいい点取れるよ。ちなみに祥子さんは受験の説明会で体育館にいる。来年、オレ達も受験か……。甘粕さんは?」
陸上部のほうに出てると思う、陽はそう言った。
「来月大会だよな。大変だな、彼女も」
陽はうなずき、秋人に「もう帰るよ」と言って理科準備室を出ていった。
陽は渡り廊下を歩く。
正面の教室、三組の中に人影が観えた。
何気なくのぞいてみる、と洋子がいた。
彼女は机の上に座り、山のように置いてある机上のプレゼントを前に腕組みしていた。
「甘粕さん?」
声をかけると猫のように顔だけ振り向き、またプレゼントに顔を戻す。陽は教室の中に入り、彼女の横に立つ。
「すごいね……どうしたの?」
「誕生日プレゼントだとさ。くれるのはうれしいんだけど、つかれてヘトヘトになってる私に、どーやってこれだけのモノ持って帰れっていうのよ」
「甘粕さんが一番いいなって思うモノだけ持って帰って、あとは……少しずつ持って帰れば。ロッカーの中に置いとけばいいし」
「それ、ナイス」
洋子はプレゼントをざっとみる。
陽も一緒になってプレゼントをみた。どれも大きな箱で、ラッピングがとてもきれい。大きなリボンが結わえてあるのもある。
「どう?」
「どれもイヤね」
「クラス委員の萩原君のは?」
「パス」
「へ? 仲いいじゃない」
「仕事手伝ってくれるから仲良くしてるの。生徒会長が率先して嫌いだから話もしないじゃ、まずいじゃん。ああいう男って嫌いなのよ。なに企んでるかミエミエで……はっきり言えば子供ね。そうそうきいてよ、彼、なんでもおごってくれるって言ったのにおごってくれたのファーストフードだもん。秋なんだから秋らしいもの食べたいよ。いくら天候不順で高いかもしんないけど、焼き芋とかさー」
「仲良くしてたのって演技なの?」
「演技って程じゃないけど……まぁそうね」
「つきあってるって噂は?」
「噂を信じちゃいけないよ~ってね」洋子は歌うように言った。
「ウソなんだ」
「すきでもない人と、なんでつきあわなきゃいけないの?」
「そ、そうだよね」
「陸上もいま大変で、私は走るのがすきなだけなのに部長代行なんかやらされて、観てなきゃいけないし。生徒会長になったからって椅子に座って、ジッとしてないといけないし。気苦労ばっか、ストレスたまっちゃう……」
「た、大変だね」
「そうなのよ」洋子はため息をつく。
陽はどことなくうれしくなった。
自分にだけは裏表のない姿をみせてくれる。
そのことが自分は彼女にとって、特別な存在なんだ。
「ニヤニヤして……なにかあったの?」
洋子は疲れた顔で陽をみた。
「ううん」
「変な志水君。あっ」
急に洋子は陽を横目で睨む。
「な、なに?」いやな予感がした。
「そういえば志水君からプレゼント、もらってないけど」
またなにかおごってとかいうんでしょ、そうだと思ったよ。
陽はそんなにあるんだからいいじゃないかと応えるが、そういう問題じゃないと思うけどと洋子にきつく言われる。
「あるんでしょ」
洋子は上半身乗り出して陽に迫る。
陽は困った。
なにも持ってきてないのだ。
しまったな、こんなことならなにか一つくらい用意しておけばよかった。 思案の末、陽はカバンを開ける。
「甘粕さん、あげる」
陽は手提げカバンからビニール袋に入った柿を机の上に置いた。そしてポケットから秋人からもらった文化祭の写真を取り出し、自分の分を残してそれも置いた。
「親戚が送ってきたんだ。むいてあるのもあるけど……どうぞ」
陽はタッパに入った柿も取り出した。
「これよこれ。こういうプレゼントがうれしいのよ。いただきまーす」
洋子はフタをはずし、口の中に柿をいれた。
「んー、んー、甘柿だね」
「僕も食べよ」
陽はそういってひとつ口に入れる。
甘い柿の味がした。
「柿はいいね。秋を食べてるみたい」
「甘粕さんって、美味しいものをおいしそうに食べるね」
「まずいものをうまいって言う人間の方がどうかしてるよ」
「そうだね」
「今日、部活なにしたの?」
洋子は口から種を出し、指をなめながら訊ねる。
陽も種を出し、応える。
「みんな用事があったみたいで……岡本君とだべってた」
「そう……ふぁ~」
洋子は口を大きく開けてあくびをひとつ。
眠たそうな瞳でぼんやり外を観た。
陽も目を向ける。
西の空は赤く、雲がピンク色の綿菓子のように観え、校庭には正門に向かって歩く人影が小さくある。室内は二人きり。
「僕、ウソついてた」
唐突に、陽は口を開ける。
「ん、なに?」
「部活つくろって言いだしたのは岡本君なんだ。僕はなにもしてないんだ。僕はいくじのないダメなヤツなんだ」
自分でなにを言いだしたのか陽はおどろいていたが、洋子の返事にもっとおどろいた。
「知ってるよ、みてればわかるって」彼女はいまさらそんな話してどうしたのという顔をしていた。
「そう、知ってたんだ」なにかが胸の中で一つ、溶けていくのを感じながら陽は顔を上げる。
「志水君はこの半年……星詠組やってきてどうだった?」
口に柿を頬張りながら、洋子が訊ねた。
「いろいろあったけど楽しかった」
そう、楽しかった。
素直にそう思うよ。
「私もそう思う、楽しかったね」
洋子のうなずきにつられるように、陽もうなずいていた。
「来月は流星群を観る計画なんだ」
「この前のコンビニ?」
「ちがうよ。今度は獅子座」
「ふーん、流星っていろいろあるんだ」
洋子は笑う。
つられて陽も笑う。
一瞬、彼女の横顔が目に入る。
くもりのない秋空のような笑顔はなく、ただつかれてつかれてやつれてみえた。
この人の笑顔を守りたい。
傷つくことがこわかった。たったひとこと言うか言わないかで世界が変わってしまう。うしなうことがこわかった。たったひとつの思いを伝えることで万有が変わってしまう。時がすすむのがこわかった。たったひとりを片思いになることで万物が変わってしまう。思い出なんかにしたくない。思い出なんかにしないため。ありったけの勇気をもって。なけなしのプライドもって。陽は言った。
「甘粕さん、つきあって下さい」
洋子はそっと顔を上げる。
ゆっくり口が開く。
その言葉が周りの空気を揺らし、耳の中の鼓膜を震えさせ、心の奥に触れる間、陽は洋子の目をまっすぐ見つめ続けた。
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