NOTE4

 時間は楽しいときほど加速する。

 時計をみると十一時を過ぎていた。

「今日はもう遅いから」の秋人の一言で『第一回星空散歩しよう会』は終了した。

 玄関を出るとき、陽は秋人に呼び止められた。

「な、なに? 岡本君」

「途中まででいいけど、送ってけよ」

「わかってるよ、これでも部長なんだから」

「そうじゃない」

「なに?」

 陽は秋人に腕を引っ張られ、思わずコケそうになる。

 そのとき、なにかを握らされた。

 なにするんだよと怒鳴ろうとしたとき、「いいチャンスだからうまくやれよ」と耳元で言われた。



 マンションを出た四人は、横一列に並んで本通りに向かい歩き出した。

「きれいだったね、暗いのに、あんなに星が観れるなんて、すごいすごい」

 涼は笑いながら言い、「冷却CCDのおかげですね」と和樹が応える。

 陽は「そうだね」と応えるが視線は隣に向いてしまう。

 洋子はぶっきらぼうに、「それだけ街が明るいのよ」とぼやいた。そうして「でも……アッキーって、すごいな」と付け加えた。

 その時の彼女の顔は暗くてよくわからなかったが、どことなくうれしそうに陽はみえた。

「でも、観てる星は今のものじゃないんだけど」

 陽がポツリとこぼした言葉に、三人の視線が集まる。

「くみちょ~、どういうこと?」

 涼が服のすそを引っ張って訊ねる。

「また組長って言ったな」

「組長じゃないよ、くみちょ~!」

「同じだよ」

「ちがうよ、ちがう、ニュアンスがちがうの、最後は、ただのばすんじゃなくて、ちょっと気持ち込めて……」

 どうでもいいよ。

 組長変わりないから。

「で、くみちょ~。どういうことなの?」

「光は一秒間で約三十万キロ進むんだ。太陽から地球までは……およそ八分二十秒かかって届いてる。太陽系から一番近い恒星でも四・三年かかるんだ。それだけ光は僕らの目に届くまで時間がかかちゃうんだ。今日観たおとめ座α星のスピカは約二百二十年前、うしかい座のα星アルクトウルスは約三十六年前の光なんだ。星を観るってことは、その星の、昔の姿を観てるってことなの」

 あきれながら応えた。

 組長じゃなくて、部長だってば。

「ほんとかな~、ホラふきくみちょ~のことだから」

「ウソついてないよ、授業で習うだろ」

「じゃあ、河原で話したのはホラ?」

 あれはね。

 作り話です、はい。

「ふ~~~ん、むかしの星ね」

「そうだよ、ひょっとしたら今日観た星は、超新星で爆発しちゃってるかもしんないし」

「ちょーしんせい?」

「星の終わり……はじまりかな」

「どっち?」

「星の重さによって違うけど、太陽の三倍以上の星は寿命がくると大爆発するんだ。風船が破裂するように、ホウセンカがはぜわれるように、ガスや星の欠片を四方にとばす。そしてそれらがまた集まって、新しい星が生まれる。星の死がばらまいた欠片は新しい星を産み出す、種子だって思うんだ」

「タネ?」

「そう、タネ」

「くみちょ~って、まともなことも言うんだ」

「どういう意味だよ、酒元さん」

 ギロッとにらむと、すかざす涼は洋子の後ろに逃げ込んだ。

「くみちょ~が、いじめる~」

「悪いくみちょ~ね」

 笑いながら洋子は涼をかばう。

 そんな二人を前に、陽は深くため息をつく。

「大変ですね」と、傍らにいた和樹がなぐさめた。



 車は音を立てて走り去っていく。

 すれ違う人達は靴音たててどこかに向かう。

 時に笑い、時に無口に、どこかに向かって通り過ぎていく。

 夜をかき消す街の明かりが辺りを照らす。

 コンビニ、ゲームセンター、カラオケルームにレンタルショップ。

 自販機、街灯、ネオンサイン。

 車のテールランプが川を作り、一本のラインに結びつく。

 信号が変わった。

 ライトが一斉に尾を引いて走り出す。

 地上を駆けめぐる流星群を横目に、洋子は歩道を歩いていた。

 先の交差点で涼と和樹と別れ、陽は洋子と一緒に駅に向かって歩き出したところ。

「駅まで送って」と洋子に頼まれたとき、陽は困った顔をした。

 帰る家の方向とまったくの反対方向。

 口から出たのは「いいよ」と肯定の言葉。

「去年は部活が忙しかったしあんまり話す機会なくて、アッキーってイヤなヤツって思ったけど、結構いいヤツじゃん。志水君って、アッキーと友達だったの?」

「あんまり親しいってわけじゃ……でも、悪い人とは思わないけど」

「だよね」

 笑う洋子。

 一瞬、遠くを観る。

 そして目を閉じ、開く。

「志水君もアッキーみたいにパソコン使って星観るの?」

「ぼくは、観ないよ。あれだけそろえようと思ったらお金かかるよ。デスクトップのアクセサリーに使うぐらいかな。それに……」

「それに?」

「岡本君と僕の星に対する興味は違うから」

「ちがうって?」

「星に興味ある人には日食や月食、オリオン座や北斗七星とか地上から観た星に興味がある人と、火星の大気や木星の衛星、ブラックホールや老衰した赤色巨星、遙か彼方の銀河系やこの宇宙はどうなっているのかに興味がある人、二種類いると思うんだ。岡本君は前者で、ぼくは後者」

 と言ってはみたものの、それほど星に詳しいわけでもなく、ただなんとなく「あの向こうはどうなってるんだろう」と考えるぐらいだけどと付け加えた。

 信号の赤い光に照らされて人が集まってくる。

 まるで魚みたいに引き寄せられる。

 信号が青になる。

 堰を切った水のように人が横断歩道を歩き出す。

 陽と洋子はさっさと渡った。

「ふーん、わたしも……志水君と同じかな」

「なにが?」

「さっきの話。私も後者かな」

「……そうなの」

「星観るのはすきだけど、チカチカ光ってるの観ててもロマンの欠片も感じないから。なにが楽しいのか、正直わかんないとこあるのよ」

「ロマーニ?」

「リリカル」

「甘粕さんと話してて、初めて共通点がみつかったみたい」

 胸につかえていたものがとれた感じ。

 陽はちょっぴりうれしかった。

 自分との接点がみつかっただけで今の彼は満足だった。



 駅前。

「おやすみ、甘粕さん気をつけて帰ってね」

「志水君こそ。おやすみ」

「うん、あ……あの」

 陽は持っていたメモを洋子に渡す。

「今度、遅れるようなことがあったらメールしてよ」

 メモには、洋子以外の携帯電話の番号とメールアドレスが記されていた。

「それと、番号教えてね。部長が副部長に連絡できないのはまずいし」

 そっぽを向きながら言う陽。

 その姿がおかしくて、「はいはい、あとでメールするから」笑いをこらえながら応えた。

 陽は手を振って街中に消えた。

 彼は知らない。

 洋子の気持ちを。そして、彼の気持ちを知っていることを。

 昨年の秋、陽の書いた小説を洋子は読んだ。

 主人公が告白する台詞がある。


  本当は……詩とか、

  小説なんかが……書きたかった。

  大好きな君と一緒にいて、君のことを書く。

  それが……僕の夢なんだ。


 ストーリーとして盛り上がるところだろうけど、洋子は思わず笑ってしまった。

 こんな恥ずかしい文章を書く人間はいったいどんな子か、実際どう告白するのか知りたくなった。いまのところ、そんな素振りはないのだけれど。

 メールに携帯番号を書いて、「今日は楽しかったね。ありがとう」と彼に送る。

 しばらくして返事が来た。

「……おやすみ……だけか」

 洋子はつまんない顔をして家路についた。

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