NOTE2

 屋上から戻った陽と和樹は理科準備室のドアを開けた。

「よっ、志水君」

 室内には秋人が雑誌を読んでいた。

 その脇にそれをのぞき込むようにみてる涼の姿が。

「くみちょ~、はよ~ん」

「おつかれ。ふたりしてなにしてるの」

 ふふふ、と不敵に笑ってから、天文雑誌を読んでただけだよと応え、秋人は手に持っていた雑誌を指さした。

「いろんな星の写真が載ってるんだよ」

 涼はそういうと秋人の背中からおもむろに抱きついた。

 それをみて陽は妙に恥ずかしくなった。

 二人がつきあってることを知らないわけじゃないから驚きはしないが、なんとなくみてはいけないものをみせられているようで嫌だった。

「志水君、ここみて」

 秋人は何事もなかったのような、すずしい顔で雑誌を広げた。

「えっ、うん」

 秋人はページを開けたまま手渡し、陽はそれを受け取ってみた。星の写真が載っている。ページを一枚一枚めくるたびに、月や銀河、星雲、流れ星の写真が一つひとつ目に入ってくる。実際の宇宙に存在している星たちの瞬間を閉じこめた記録だ。サイズや構図、季節や場所も違う星の写真。同じ月の写真でも、まったく違う形で掲載されている。星としてみなければ、ただの風景写真だけど。

「星の写真だね」

「フォトコンさ」

「放っとこうって、誰を?」

 秋人と涼は冷めた目で陽を見た。

 ボケがすべった。

「ごめん。で、フォトコンってなに?」

「この雑誌の月例フォトコンテストの略称だよ。世界各地からの応募があって、天体写真の腕を競い合ってるのさ。天体写真を撮ってる人なら知らない者はいないほどだよ」

「ふーん」

「張り合いないヤツだな、志水君は」

 だって興味ないから、などと口が滑っても言うまい。人がなにをしようと、どんなことをやっていようと、誰かに危害を加えてない、すきでやってることをそれを知らないで、やったこともない人間が横から口出しするのは失礼だ。

 陽は秋人を怒らせないよう、なるべく目を合わせないようにした。ページをめくりながらみていると見覚えのある名字。陽はその名前の所を指さし、秋人にみせる。

「うちの親父だよ」あっさり応える秋人。

「へぇー。これって、すごいんでしょ?」

「まあね。けどな、オレも前から何度か出してるんだけど、なかなか載らないんだよな。親父とキャリアが違うっていわれたら、そりゃそうだけど、一度くらい載りたいよ。全国誌だから、オレの名前を知らしめるチャンスだし、星詠組の立派な活動、宣伝にもなるんだ」

「宣伝?」陽は、聞き返す。

 秋人は小さくため息をもらして陽にいった。

「学校内外問わず、活動をしていくことも星詠組をつくった主旨のひとつだったともうけど。涼なんてみてみろよ。星の詩を新聞の投書欄に投稿して、掲載されたんだ。夕刊の地方欄だけど、でも立派だろ。どうだ」

「うん、すごいね」

「それだけか、志水君」

「それだけって……なに?」

 陽は雑誌を机の上に置いた。

「あのな、オレ達は星詠組に入ってる。星詠組っていうのは、学校と生徒会に認められた文化系の正式な部活だ。一緒に作ったんだから、いまさらそれぐらいのこと言わなくてもわかってるともうけど」

 秋人の言葉に、陽はうなづく。

 秋人はそれを確かめることもせずに、話を続けた。

「部活っていうのは、やりたいことがあって、その、寄せ集めみたいなものだろ。ひとつの目的に集まった運命共同体、みたいな感じの、仲間。そんなとこだ。まぁ、万人周知の事実だ。写真部なら写真を撮ることだし、文芸部は本を読むこと、陸上部は走って、跳んで。あまりくどくど説明しなくても、わかるよな。じゃあ、オレ達星詠組は、なにをする部活だ?」

 秋人は椅子を深く腰掛けたまま、陽を見上げる。

「それは星をみて楽しむことだよ」

「そうだよな。活動は?」

「太陽黒点の観測や雲の観察もしてるし、文化祭にも参加したじゃない。あと、流星群も……あんまり観られなかったけど」

「でもなあ、ただやってるだけってのはよくないと思わないか。それなりの結果を出さなきゃだめなんだよ。来年になれば、新一年も入れなくてはいけない。活動費もいま以上にほしい。そのためにも実績が必要なんだ。わかるだろ?」

 秋人には、いつものおだやかさがなかった。

 みえないなにかに追い立てられている。

 危機感、だろうか。

 ぴりりとした険悪ムードが、陽の背筋に悪寒を走らせる。

「そうだね」

「だろ。でも志水君はなにをした? 部長としてがんばったのはオレも涼も、和樹だって知ってる。そのことについてはなにも言わない。けど一部員としてなにをしたんだよ。なんにもしてないだろ」

 陽は黙ったまま立っていた。秋人になにも言いかえせないのは、彼の言うとおりだからだ。秋人の言ったことは、部活を始めたときから、いつも心のどこかで引っかかってきたことだから。

「写真部の活動とだぶってるけど羽林はオレと一緒に星の写真を展示させてもらえるように市役所に行ったりしてる、甘粕さんは生徒会の方で学校のホームページに部活動ページを設けてそれぞれ部活の内容を大きく取り上げることにしたらしく、来年早々にもできるんだって。なにもしてないのは、志水君だけだよ」

 秋人の脇で涼がそーだそーだと言った。和樹は黙っている。

「一応考えてることがあるんだけど」

「なんだよ、言ってみな」

 陽は近くに立てかけてあった折りたたみ椅子を開いて、秋人とむかいあうように座った。

「なんどか星をみてきたよね、ちょっと前にも双子座流星群をみた。雲が出てきてあんまりだったけど、それより星をみにくくしてる明かりがやっぱり問題だと思うんだ。特に十二月はクリスマスがあるからイルミネーションはすごい」

「光害だよな、屋外照明っていうんだ。大概の照明は光の三五%が上に、六五%が下を照らしてるんだけど、地表で反射する光が一五%、全体でいうと一○%が上空に行くんだ。四五%の光が空を照らす結果になってることが、夜空を明るくする原因の一つなんだ。フルカット型っていう光害になる光を地表の照り返し一○%だけにした照明が出てきたけどまだまだ明るいから」

「へー、岡本君ってくわしいんだね」

 たまたま特集に載ってたんだよ、と言って秋人は手に持つ天文雑誌を指さした。「気持ちのよい夜空のために」と英語のタイトルがつけられている特集記事に陽は目をむけた。

 光害は星空の問題だけでなく環境をおびやかす地球規模な問題であり、エネルギー浪費や障害光という地球で暮らすものにとって共通のテーマである。

 そういえば、思い出したように陽は口の中で呟く。

 原子力発電の是非を問う前に、どうやってエネルギーを作り、利用し、活用していくのかを考えるべきなんだよな。

「それで志水さんは」和樹が声をかけた。

「屋外照明から星空を守ることをしたいんですね」

 そうなんだけど、と応えるものの何をどうやればいいのか具体的なイメージはできてなかった。それでも秋人はその意見に賛成し、放課後の部活のとき、くわしく話し合おうと言った。いいですねと和樹はうなずき、涼も首を縦に振る。

「それじゃ、くみちょ~は洋子先輩に伝えといて」

「うん、わかった」

「そういえば甘粕さんはどうしたの? いつもなら志水君におごらせるために来るのに、今日は来ないな」

 悪気なく秋人が陽に訊ねる。

「体調がよくないみたいで」ため息混じりに陽は言う。

「風邪ひいたの? 洋子先輩」涼は驚く。

「インフルエンザが流行ってるからな、生徒会と陸上部があって大変だろうし、受験勉強もあるからな。オレ達も人ごとじゃないけど」

 秋人の言葉にそうだねと陽は応え、話はしておくよと言った。



 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 陽は教室にかけ込むとき、入れ違いに洋子が紺のコートを着て出ていく。

 どこにいくのと声をかけると、早退するのと返事。

「一人で大丈夫?」

「平気へーき」

 そう言うも、洋子はまっすぐ歩けていなかった。

 今にも廊下にへたり込んでしまいそうで、陽は心配だった。

 急に彼女は立ち止まり、小走りに駆けて陽の前まで来ると、「お見舞いに来るならおいしいりんごをもってきてね」それだけ言うと廊下をフラフラ歩いていった。

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