NOTE2
長い陽の演説のあと、みんなは黙ったまま椅子に座っていた。
涼だけは手を叩いていた。
「志水君、別に悪いとは言わないけどもう少し絞らないか?」
秋人は顔の前で手を組みながら口を開けた。
「星を見るためにも空のことを知っておいた方がいいとは思う。でも空のことって言っても自然学、天文学、物理に……メチャ範囲広いぞ。オレ達ができるコトなんて限られてる。だいいち天文となんの関係も」
「岡本君、ぼくらは天文部じゃない。星詠組だよ。部会則にも書いてあったけど、『星を観ることで、自分の向上、自己発見をし、学校内外、地域との交流を図り、学校生活を有意義なものとするため』だよね。……岡本君が作ってくれたから間違いないと思うけど。で……夜空に瞬いているのも星だけど、太陽も月も地球もみんな星だよ。その星が生きてる証として毎日の空の変化も星を観ることだと思う。空だけじゃなくて……海だって森だって、僕たち人が作った街だって星の一部だよ」
「……だけどな」
唸る秋人。
彼の言うことも最もなんだけど。
陽は思いつくまま口を走らせる。
「写真部は星も風景も人も撮るじゃない? それと同じだよ。今までとこれからの……途中の変化、そこに感じるものを写真に撮るんじゃない? 写真でしかできないこと、建物や風景はしゃべれないけどなにか言ってる、その言葉を読みとるため、この一瞬を永遠に収めることでしょ。星だって、人がしゃべる言葉はしゃべれないけど、なにか唄ってる。星の唄を詠みたいから……僕は星詠組ってつけたんだ。僕達のできるコトなんて限られてる? 限られててもいいじゃない、今のありのままの姿をしっかり観ようよ、星の唄を詠もうよ。今は今しかない、似ていることはいくつもあるけど同じものなんてひとつもないんだから」
部屋の中は静かになった。
陽の言葉に言い返してやりたい秋人だが、言葉が思いつかない。
みんなは賛成も否定もせずに口を閉じていた。
沈黙。
しかし、あっさり破られた。
突然扉が開き、拍手が聞こえた。
みんな、扉の方に振り向くと、白衣に身を包んだ寺門先生が立っていた。
「がはははははははは、おもしろいこと言うな志水君」
右手に持っていたお気に入りのマグカップを口に運び、一口飲む。
「星の唄を詠む、まるで中国の詩人みたいやな。君にそんな趣味があるとはワシは知らなかった。ウン、けどこの前のテストはひどいな。ありゃ落第もんやな、金曜日もう一回テストやるからしっかり勉強してきなさいよ。アレは基礎的な問題、基礎がしっかりしてればなんだってうまくいく。基礎は大事だからな」
陽は首をすくめる。
何もみんながいるときにそんなこと言わなくてもいいのに、そう思いながら「はい」と応えた。
「星詠組の部長としては、テストで追試ばっかじゃカッコつかんし……ワシが顧問してるサークルの部長だぞ、部長はみんなを引っ張って行かなきゃいけない。勉強がすべてじゃないにしても、もう少し……まぁ、今日は説教に来たんじゃないからこの辺でやめとくが、志水君。金曜のテストが悪かったら、ワシも考えなきゃならん。……それじゃ、ワシは退散しよう、なるべく遅うならんうちに帰りなさい」
寺門先生はマグカップに入ったコーヒーを飲み干し、部屋を出ていった。
「なんだったの?……」
ポツリ、涼はつぶやく。
「……とにかく、星だけ観ててもダメだよ。岡本君、言ったじゃない、部にするには活動してるってアピールしなきゃって。米倉先輩、そうでしょ?」
「まあね。活動しない部に存在理由はないから。予算もおりないし」
祥子はさらりと応えた。
「だったら色々やろうよ。太陽なんて一番身近な星だよ」
「……太陽黒点観測か」
秋人はカメラを触りながらつぶやく。
「空を観て、雲の姿を観て、天気を知れば星の観測にだって役立つよ」
言われてみれば納得できる。
秋人は「そうだな」と応え、みんなも空の観測をすることに賛成した。
さっそく明日の昼休み、みんな屋上に上がることにした。
見上げる空はまだらに雲が広がり、太陽は出たり入ったりと忙しい。
「曇ってても、紫外線はふり注ぐのよね」
洋子はハンカチを頭に乗せ、パタパタと手をうちわのように振った。
屋上まで望遠鏡を運んできた和樹と秋人は、取り合えず床に置いた。
祥子は紙パックのコーヒー牛乳を飲み終え、くずかごに捨てる。
ベンチに座る陽と涼は購買部で買ったアンパンを食べていた。
「ねぇ、くみちょ~」
「なに? 酒元さん」
「どーして、昼はあかるいの? どーして、空は青くて夕日は赤いの?」
「それは……」
「どーして?」
また変なことを質問するんだから、この子は。
陽は口を閉じて、ちょっと考え、応えた。
「昔はね、昼は夜と同じ真っ暗だったんだ。宇宙空間はいつも闇のように暗く星がチカチカしてる、その風景が一日中観えてたんだ。一日中夜だったんだ。夜起きて働いてるのは泥棒さんだけ。みんな泥棒になって互いに盗みあいをはじめた。人を信じあうこともできず憎み合うことばかりの毎日。そんなとき心ある電力会社の人がみるにみかねて大きな電球を取り付け、昼を明るくしたんだ。そのおかげで昼は明るく夜は暗いのさ。めでたしめでたし」
「……ウソっぽい」
疑惑の目を向ける涼。
その隣で聞いていた洋子はおもしろがっていた。
「えっ、そうかな」と陽はひるむ。
「じゃ、青いのは何故?」
「空の色、実は……アレは……えっと、鳥さんの信号なんだよ。青は進め、赤は止まれ。鳥同士、正面衝突しないように色分けされてるんだ。夕日なんて、まさに赤信号そのものだろ。たまにカラスが夕方、飛んでたりするけど、交通法規を無視してるんだ」
「なにそれー」けらけらと、涼は笑った。「でも、おもしろいからいいや」
「そう? ありがと」
ベンチに並んで座る陽と涼は笑った。
二人の様子を観ていた洋子は下唇を軽く咬み、三脚をたてている秋人の側に歩み寄る。
「アッキー、ちょっといい?」
「いいけど」
秋人は背を向けたまま三脚の足をのばす。
「どうして昼は明るいか知ってる?」
「知ってるよ。太陽の光が散乱してるからだよ。昔は空が澄んでて、目がいい人は昼間でも星が観えたってオヤジからきいたことがあるよ」
「じゃあ、空が青くて夕日が赤いのはなぜ?」
「大気中の小さな粒子が光を散乱させるからだよ。太陽光の中で波長が短い青が散乱されるから空は青いし、夕焼けは波長の長い赤だけが目に届くから赤いんだよ」
それがどうかしたの?
秋人は洋子に顔を向けた。
「つまんないね」
洋子は横目で陽を観ながらつぶやいた。
そんな二人を、祥子は傍観していた。
望遠鏡のセッティングを終えた和樹は陽に声をかける。
「志水さん、できましたよ。そろそろ……」
「そうだね、みんな望遠鏡のまわりに集まろ」
陽は涼の肩を軽く叩いて歩き出した。
地球の鼓動のまにまに雲は行き、とみに空が開く。
辺りは明るく照らされる。
「えっと、青空散歩しよう会を行う前のプロローグみたいな感じで、今日は集まったわけで、空のことを知る足掛かりとして雲を楽しく観る方法を羽林君から教えてもらいましょう」
陽は一歩下がり、和樹を前に出す。
恥ずかしそうにテレる和樹はポケットからメモ帳を取り出した。
「えーっと、ども。……説明します。一八〇三年、イギリスの気象学者のハワードおじさんが雲を十のグループに分けた『十種雲形』ってのがあります。雲は形を変えて色々ありますが、雲は十の顔しか持ってません。怪雲十面相といったところですね」
読み上げた十種類は次の通り。
きり雲の層雲。
すじ雲と呼ばれる巻雲。
わた雲で知られる積雲。
うろこ雲やいわし雲と呼ばれる巻積雲。
にゅうどう雲と呼んでる積乱雲。
うす雲と呼ぶ券層雲。
おぼろ雲と呼ばれる高層雲。
あま雲やゆき雲と言われる乱層雲。
うねり雲と呼ばれる層積雲。
ひつじ雲と言っている高積雲。
「今の空は……西の方に観られるあれはひつじ雲。つまり高積雲ですね。この雲は過冷却の水の粒からできていて、雨は降りそうで降らないんです。この雲が群をなし、空一面におおうと雨が降る。つまり西の空でひつじ雲が群を作りながら集まってきている、ということは夕方に雨降るかな」
「雲で天気がわかるんだ」
洋子は空を見上げた。
「今は気象衛星と気象レーダー、アメダスを使って数値予報で明日の天気を予報してる。科学の力を借りているけど、やってることは昔の人達がやってきたことと同じ、空を観て天気を占ってるだけ。応用、ですね」
和樹は空を指さした。
みんなは真上を見上げる。
ゆるやかに雲が視界に入ってくる。
音もなく、しずかにしずかにしずかに…。
「次に、岡本君。太陽黒点観測についての説明、お願い」
陽は上を見上げたまま言う。
小さくうなずく秋人は、望遠鏡を手で触りながら話し始めた。
「太陽を観るとき大事なことは、いかに強力な光を安全にみやすくするかだ。焦点が合うと燃えだすから、太陽に直接望遠鏡を向けたりのぞいたりしちゃだめ、目がつぶれるから。安全に撮影するためには対物レンズに減光フィルターをつける。あとは低感度フィルムを使って撮ればいいんだ。太陽黒点の活動なんかが観れて、継続すれば結構いい資料になるんだ。カメラで記録撮るのがイヤなら……対物と接眼レンズはずして対物側に厚紙に小さな穴開けて取り付け、接眼側に減光フィルターをつけ、紙に光を当てる方法がある。紙に黒い斑点が写って、それが黒点。鉛筆でそれを記しつけて記録するっていう方が……簡単っていえば簡単だね」
「アッキー、しつもーん」
涼が手を上げる。
「なに? 酒元さん」
「それで、なにがわかるの?」
「黒点を観察していれば太陽が活発に動いてるっていうのがわかるよ。黒点の動きから太陽も自転してるってのもわかるし……」
「それって楽しい?」
「楽しい楽しくないとかじゃないと思うけど」
「楽しく、ないんだ……」
「たしかに単調で同じことのくりかえしだけど」
「けど……」
涼は口を閉じてしまった。
なんとなく険悪な雰囲気。
自分ではどうしようもなく判断に困ったとき、ついリーダーをみてしまう。
涼は陽の顔をみつめ、洋子、和樹、秋人も陽をみた。
「ん? あ、あのさ……そうだね、やるからには……やっぱ、楽しい方がいいよね。太陽観てても星や雲みたいにあんまり変化ないもんね……」
ここは部長として、しっかりしなくては。
陽は軽く咳払いをして、話を続ける。
「日食と月食ぐらいだし。今を楽しく感じることは重要だよ。自分が楽しいかどうかを決めるのは……やっぱり自分、だから今を大事にしようよ。今しか観れない姿を観とこうよ。継続は力なり、なんて月並みなことはいいたくないけど、続けることはメリットあるよ」
陽は考えながら考えて、一生懸命考えてみんなに訴えた。
正直いってみんな、乗り気ではなかった。
単調な作業と聞いただけで重い空気が身体いっぱい広がっていく。
陽がなにを言っても、一度嫌気がさした人はなかなか考えを変えられないもの。
「メリットね。そうね、例えば……ちょっと早いけど、文化祭で部活動発表に出すとか。活動しないと部費も降りないし」
ボソッとつぶやいた生徒会副会長、祥子の言葉にみんなの表情が変わる。
「早めに取りかかっておけば、あと楽だし」
秋人が口の両端を上げて笑う。
「うんうん、さんせー、さんせー」
涼が笑う。
「いいですね、そうしましょう」
和樹が黙って笑う。
みんな現金だね。
陽はみんなをみながら苦笑いをした。
こうして毎日、昼休みに屋上に来て、太陽の黒点観測と雲の観察をすることが決まった。
二人ペアの当番制にした。
厳選なる話し合いの結果、
(月曜日) 岡本秋人 米倉祥子
(火曜日) 志水陽 酒元涼
(水曜日) 羽林和樹 志水陽
(木曜日) 甘粕洋子 岡本秋人
(金曜日) 酒元涼 甘粕洋子
*雨天中止*
と決まった。
陽は用意していたノートを涼に渡した。
「早速、明日から始めよう」
「はーい」
「終わったら次の日の当番の人にその日のうちに渡すこと」
「はーい」
「望遠鏡は理科準備室から持ってくること。終わったら片付けること」
「やー、重いから」
「……だから二人ペアにしてあるんだけど」
「そっか」
涼はてれながら洋子にノートをみせた。
「洋子先輩、頑張ろうね」
「うん、涼ちゃん」
二人は軽く握手した。
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