NOTE2
「なに二人してみつめあってるんですか?」
気がつくと、側にこわい顔した涼がたっていた。
二人はおどろき、目をそらした。
「え、えっと……部長会お疲れさま」
陽は、あはははと笑ってごまかす。
「涼ちゃん、そんな顔してると美人が台無しよ」
洋子も、あははのはと笑っている。
涼は、口をへの字に曲げながら、二人をにらむ。
「まったく、わたしが部長会でいろいろ苦労しているときになにやってたんですか! 洋子先輩も洋子先輩です、くみちょ~みたいなしっかりしてなくて、ウジウジしてる人と一緒になってひなたぼっこなんかしちゃって、どうせまた、なにかおごってよ~とか言ってたんでしょ、ひな鳥みたく大きな口を開けてピーピー鳴いてみっともないとは思いませんか」
別にわたしは……と反論しようとする洋子。
でも涼の剣幕に、言い返せない。
「くみちょ~もくみちょ~です、わたしに部長を任せるのなら、くみちょ~が部長をしている間に、どうしてもっといろいろがんばって活動しておかなかったんですか、なんでもっとわたしにいろいろ教えないんですか、かずっちやアッキーからきかなかったらわたし一人じゃてんてこ舞いだったんですよ、ちょっときいてますか、まったく、ひーくれはらくれ、のんべんだらりんと、日々湯水のごとく使ってもったいないったらありませんよ、星詠組なら星詠組らしくもっと大々的に活動しなきゃだめなんですぅ~、わかります?」
わかります、たぶん。
背の低い陽は、その場で小さくなる。
「いいえ、わたしのいってることわかっていないです。いいですか、例えばですね、いつもくみちょ~がわたしに言うようなホラ話をですね、新聞や雑誌に投稿してですね、うちの部活はこんなことしてるんですよ、っていうものを作っておいてくれないから、困るんじゃないですか、新入生の部活説明会のとき、わたしなんて言えばいいんですか? なにすればいいのかわかんないですよ、そう言うことをアッキーたち写真部の話し合いが終わってから決めるんで、考えといて下さいよ、いいですね二人とも!」
長い涼の小言に陽と洋子は素直に、わかりました、と頭を下げた。
一番、星詠組が一体何をするところかわかっていなかった彼女が、いまでは一番、星詠組のことを考えているしっかり者になっていた。
怒って背を向ける涼を観ながら二人は、彼女も成長してたんだとしみじみ思った。
写真部の話し合い後、来年度の星詠組活動をどうするのか話し合った。
星詠組は天文部とは違って、星を観るために天体望遠鏡を担いで山や海、遠方におもむき、星を追いかけることはしない。
写真部のように星空を四角に収めることに躍起になったりもしなかった。
とにかく、みあげて星を楽しむ、それだけだった。
星を観ることにお金をかけず、たのしむことをこの一年、いろいろと取り組んできたけれど、来年はもっとすごいことをやろう、と涼は考えていた。
考えてはいるが思いつかない。
そういうときこそ、みんなと相談。
向かい合うように座った五人。
その顔ぶれを涼はじっと観ながら意見を求めた。
和樹は写真を撮ろうといった。
「うちは写真部じゃーないの」涼は部長の権限ですかさず却下した。
秋人は星の観察日記を作ろうといった。
これはいいかもしんないと、少し思った。
陽は短歌や詩を作ろうといった。
星に関連する言葉を入れて作るんだ、ともいった。
「たとえばどんなの?」
涼の問いかけに陽は少し首をひねってから、りんごをね横にスパッと切ったならいちばんぼしが光っていたよ、と詠み上げた。
ホラ話の方がいいといったら、さみしそうな笑みを作って、ごめんと謝った。
洋子は星を観ながらゴミ拾いをしようといった。
生徒会活動の一環として校区の美化運動に取り組んでいる。
ダイオキシンやらリサイクルの問題もあるかもしれないが、基本的にきたない街で暮らすのは気分が悪いことから十年前から続けられているらしい。
「ゴミ拾いなんてやーだ、やだ」涼はわめく。
秋人は彼女をなだめるように、ひとつ話をした。
「獅子座流星群あっただろ、マスコミまで騒いだおかげで日本中が躍起になって空を見上げたあの日。普段は星なんて観ない人達まで観ようと、まるで花見のような騒ぎで、ライトはつける、べらべらしゃべる、走り回る、車のエンジンつけっぱなし、ゴミも散らかしっぱなし。そして天体ショーが終わるととっとと帰って、むなしくゴミだけが散らかっていた。星を観るためにはマナーはいる。マナーを守るからこそ星を楽しめるんじゃないか」
「マナーって守れないからあるんだよね、わたしはそんなゴミ散らかしたりしないいい子だもん、部屋の片付けだって、アッキーみたく夢の島じゃないよーだ」
それをいわれると返す言葉もない、秋人は苦笑した。
とりあえず、活動予定表はみんなの意見をふまえて適当に書いておくことにして、とにかく新入生のクラブ説明会のときどうするのか、という話に切り替えた。
なんせ、これといった決まった活動が星詠組にはない。だから。どう説明すればいいものやら。
星を観てたのしむということだけしかはっきりしていないんだよね。
涼は、頼りない陽を観た。
「一応、くみちょ~に相談しますけど、星詠組をどうアピールしたらいいんでしょう」
ぼくに聞かれても、といいたげな顔で、彼は横目で洋子をみた。
洋子も視線を向けられて困っていた。
それでもなにかいわないと、と思ったのだろう。
洋子は、涼の顔をみながら口を開けた。
「星は片思いの光なんだと思う、星を見上げる人がいるとするでしょ、仕事で疲れたのか塾帰りなのかそれはわからないけど、星を観ているときは星を自分のものにできる、星を自分に見立てて反省したりやりたいことを確認したり話あったり、けどね、星はただチカチカ光っているだけでなにも教えてくれない、それでも、自分の本当の気持ちを確かめてまた明日を強く前向きに生きていける方法として星を観る、それがわたしの思う星詠組」
彼女の言葉にみんなは、そうだね、と心の中でつぶやいた。
その日の帰り。
陽が洋子にぼたもちをおごったのかどうか涼は知らない。
春休み前。
河川敷の堤防。
夕暮れは、今日のおわりと明日のはじめを作る小さな山吹色。
どこか懐かしく、時の流れと隔絶されてしまったはかなさを感じる。夕日に向かって、星詠組は堤防を歩いている。
洋子の提案した「第一回ごみ拾って星観よう会」を実行しているところだ。みんな手始めに、星を観る場所として星詠組がよく使っている堤防沿いをきれいにしよう決めた。
寺門先生も、いいことを考えたな、と誉めてくれた。けれど。誉めるだけで、コーヒー啜ってばっかり。
一緒にやりませんか、と誘っても、がははははと笑って逃げられてしまった。
はじめからあてにはしていなかったので、かまわないですけど。
それにしても。
涼は思った。
思った以上にゴミが多い。
空き缶からタイヤ、ドラムカンという大きなものまで、河川敷にはゴロゴロしている。
堤防の上からそれらを見ると、残雪のように白く汚い。
「もーやめよー」
涼はその場にしゃがみ込む。
だだをこねたい気持ちは、みんなもわかっていた。
自分が散らかしたゴミならば納得もしよう。でも散らかした覚えのないゴミをどうして片付けなくてはいけないのだろうか。
ひとつ、空き缶を拾ってもその次が必ず転がっている。
実に、むなしさだけがこみ上げてくる。
「涼、部長の君が決断したんだから、その君が真っ先にへばってどうする」
秋人が、きつい言い方で怒った。
だってさー、と泣き言をいおうとしたとき、和樹と陽が真面目にゴミを拾っているのを観た。
自分達でない誰かが汚した街、汚すのが人ならば片付けるのも人しかいない。
「……アッキー、わかったよ~」
涼はそういって起き上がったとき、目の前を洋子がきなこ餅を食べ歩いていく。
「洋子先輩! なにしてるんですか」
「なにってお腹すいたから、そこのコンビニで」
「いまはゴミ拾いをしてるんです!」
わかってるわかってる、洋子は気楽に返事をした。
「昔から言うじゃない、腹が減っては戦ができない」
「言い訳しないで下さい」
「言い訳させたの涼ちゃんじゃない」
「洋子先輩!」
「もー、そんなカリカリしてどうしたの。機嫌がわるいときは糖分が不足してるのよ。食べる?」
洋子が差し出すきなこ餅、涼はあきれながらも素直にもらった。
お腹すいたもんね、確かに。
「でも、ちゃんとゴミは拾ってください!」
「はーい」
洋子は、残りのきなこ餅を口に入れた。
仲のいい姉妹がちょっとしたことでもめて姉が叱りつけるように、もとい、妹が困った姉に手をやくように、秋人には観えた。
「きりがありませんね」和樹が陽にぼやく。
拾っても拾ってもきりがない。報われなければむなしく思えてくるのが世の常というもの。やる気も失せてくるというものだ。
「そうだね」陽もうなずいた。
陽はなんとなく、地球のしあわせと人のしあわせはまったく違うことを知っていた。
人が求めているしあわせを手にするためには、この大地を思うがままに造り替えて未来永劫不変なるものとし、欲を満たす生産工場に造り替えること。地球がしあわせになるためには、大地をけがす人間という生き物が全て滅ぶこと。人が自ら環境を汚して苦しんでいる点を考慮に入れるならば、人と地球のしあわせは同義と結びつけることもできる。
けれど。
人は、地球のしあわせを望んではいない。
海を守りましょう、川を守りましょう、山を守りましょう、空を守りましょう、陸を守りましょう、木を守りましょう、鳥を守りましょう、魚を守りましょう、獣を守りましょう。
環境保全の裏にあるのは、地球を守りましょう、ではなく、人が住める世界を守りましょう、だ。その考えは、あきらかにイコールと結びつかない。
人は自然が生みだした、他の動植物となんら変わらない生き物だとおもう。
だから。
自然と隔絶し、隔離した世界でのみでは生きてはいけない。それがわかっているのに人は自然をも凌駕し、飲み込もうとしている。自然の一部に過ぎない、ただ一種の生き物がだ。
おこがましい。
人自身のしあわせを求めている。
それが悪いとは思わない。
だからといって、世界をめちゃくちゃにしてもいいということにはならない。
地球にやさしい、なんて言葉を使う人をみると、詭弁を吐くな偽善者めと思ってしまう。
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