第十話 みかんをのせるころ
NOTE1
真新しい原稿用紙を前にして、涼はうんうん唸っていた。
題名は、「わたしの夢について」
ほかの冬休みの課題は既に片付けてある。
最後に残った敵は、かなり手強い。
ゆめ。
ユメ。
夢。
睡眠中に物事を見聞きする現象のこと?
今年はじめてみた「初夢」のこと?
それなら書ける。
わたしはお馬さんにまたがって、ぱっかぱっか前に進んでいた。
すると、大きな山が目の前に現れた。
お馬さんは、きゅうに動かなくなってしまった。
仕方がないので、お馬さんをおぶって、ひーひーいいながら山を越えた。
おしまい
夢は脳がつくる幻覚といわれている。
だから未来に起きることではない。
それでも初夢は正夢ならば、今年はものすごいとしになるってこと?
……ちがうちがう。
「夢」違いだ。
明日から三学期。
涼はシャープペンシルをくわえながら、とにかくうんうん唸っていた。
三学期。
昨日はなんでもなかったのに。
今朝、起きたら世界は一変していた。
窓の向こう側に広がる世界、まるでテレビ画面を見ている錯覚をおぼえる。
その光景に、陽は驚いていた。
真っ白な世界を目の当たりをするだけで、寒さで身震いしてしまう。
指先がじんじんとして、感覚を一つひとつなにかに奪われていく。
感触、痛み、かゆみ、そこに指はあるんだけど、存在しているという感覚が希薄。自分のもののはずなのに、そうじゃない気分。
やがて周囲の温度と混ざるようにして寒気よりも別の、風景とひとつになっていくような感じ。
それは風だったり、雲だったり、空だったり。なにかにぶつかって変化したときに、それがあるとわかるんだけど実際につかむことができない。
「そのもどかしさにとらわれていくと、胸のどこかが寒いっていうんだ」
「とにかく寒いね」
あきれて秋人が言った。
うなずく陽。
ピン、ポン、パン、ポーンと音が鳴る。
『校長先生より、校内にいる生徒のみなさんへお知らせします。
降雪のため、学校開始時刻を一時間、遅らせます。
よって、始業式は午前十時から十時五十分まで、
授業開始時刻は午後十二時四十分から始めます。
校内にいる生徒のみなさんは、
それまで自分のクラスで各自、自習をしていて下さい』
ピーン、ポン、パン、ポンとスピーカから音がして、再び静かになった。
「いっそのこと、休みにすればいいのに」
陽はつぶやく。
「そうか?」
秋人は横目でみている。
理科準備室。
二人は外を眺めながらストーブにあたり、暖を取っていた。
「そうだよ、こんな日はこたつに入って、温かいお茶でも飲んでいたいよ」
「ついでにミカンも?」
「うん」
陽のうなずきに、秋人は大きくため息をついた。
「ったく、志水君は相変わらずだな。家に閉じこもってばかりじゃ星も観れないよ。四日のりゅう座流星群みたか?」
「なにそれ?」
「おいおいっ」
「嘘だよ。ちゃんとみた、みたけど、曇っててみえなかったよ」
「星詠組の部長が、そんなんでどうすんだよ」
秋人は陽を冷たくにらんだ。
肩をすぼめながら陽は反論する。
「星を観て楽しむのに、天文ショーを全部把握してなきゃいけないのかな? たまたまみあげて、星を観るってのは、だめなの?」
「いけないねー。仮にも志水君は部長だったんだから。部長っていうのは部の代表者でもあり、責任者でもあるんだ。たとえていうなら、船長だ。船の運命も性格も、船長次第で良くも悪くもなるんだ。六分儀片手に星を観て、目的を目指す。舵取りの判断や航行方法、船長が優柔不断でいい加減の我が儘だったら、部員が困る」
陽は秋人の言葉に頭にきた。自分の欠点を他人にズバリ、言われることはおもしろくない。あたっているだけに、なにも言い返せない。それが、くやしいのだが、彼ははっきり言ってくれる。影で愚痴ったり無視しない。それだけは感謝しなければならないのかもしれない。
陽は静かにうなづいた。
「ま、まぁ……最初から誰も知ってるヤツなんていないし、志水君なりの考えがあると思うし、今の部長は涼だった。この話は終わりでいいや。ところで」秋人の表情が変わる。「冬休みはなにしてた?」
「岡本君は?」
陽はすかさず聞き返す。
「オレ? オレは……」秋人はアゴに手をあて、首を右、左、とふってから、「年末は風邪ひいて倒れちゃって……。涼が毎日見舞いに来てくれた。電話もくれた。正月はそのお礼……ってわけじゃないけど、一緒に初詣に。近くの神社だけど。あとは定番通り、親戚参りとか、温泉とか。さっきもいったけどりゅう座流星群も観た。いやー、実に有意義な冬休みだったよ」と言った。
「へー」
陽は感心する。
「それより志水君は?」
「別に。寝正月」
「本当かよー。甘粕さんとはなんにもなかったの?」
「う、それは……べつに」
陽の顔色が一瞬曇る。
秋人はそれを見ていない振りをしていう。
「そうだろなー、志水君が自分からモーションかけてどうこうしようって人間には、みえないから。抱き合ったり、キスしたりなんて、キャラクター的に合わないし」
「い、いや……その」
「志水君だもんなー、しゃーないな」
「……したよ」
「へ?」
「……その」
陽の顔が真っ赤だった。
別に、ストーブが熱いわけではない。
秋人は陽の肩に手を置く。
「志水君」
「……ん」
「からかって悪かったよ。だから別に無理して話つくらなくたっていいってば。わりぃ、ごめんな」
「嘘じゃ、ないよ……」
陽は上目遣いで秋人をみながらいった。
「またまたまたまたー、顔に似合わないこといっちゃって」
「ほ、本当だよ」
秋人はジッと陽を観る。
「……正確には、しようとした、だけだよ」
秋人は首をひねった。
陽は辺りを見渡し、秋人以外に誰もいないことを確認すると小声で話し始めた。
「大晦日に、その……鐘つきにいったんだ」
「鐘? ……あ、除夜の鐘のことか。一人で?」
「甘粕さんに誘われて」
「ほぉ~」秋人は声を上げる。「それで?」
「それから……お参りして、中華そば食べた」
「は?」
「いや、……お寺の前に屋台があって、『ここの中華そばはおいしいって評判があるらしい』って甘粕さんがね」
「はぁ」
「で、一緒に食べたの。百円で麺だけおかわりできるんだ。寒かったし、結構おいしかった。値段も三百円で、税込み」
「はぁ……」
「甘粕さんは三杯ぐらい食べたかな。お腹すいてたしね」
「……で、それから」
秋人は少し呆れた顔で訊ねる。
「夜風に吹かれながら、歩いて公園にいった」
「うんうん」
「しばらくそこで、星観てた」
陽の眼がくるっと動く。
そしてうつむく。
「一緒に星観たんだ。ムードもでるよな、で」身を乗り出す秋人。
「で、……したいなって思ってそっと近づいたら、バチって」
「叩かれたの?」
「ちがう。静電気」
「なるほど。それで」
「いたずらされたと思われて、怒っちゃった」
秋人はうなずきながら、なるほどと思った。
陽はぼんやり窓を観る。
窓ガラスが曇っている。外はみえない。手を伸ばして窓に触れる。冷たさは水に変わる。擦った手跡からしたたり落ちる水滴。怪我した傷が治っていくように窓ガラスが曇っていく。
秋人は渇いた唇をなめてから、口を開けた。
「冬はね、星を観るにはいい季節だけど、ロマンチックじゃないんだよ。雪景色とかクリスマスとか、イベントはいいけどね。冬のデートは静電気を取り除くような服装をしておくことが基本さ。キスする前は身体に貯まった静電気をスーッと放出させておくか、抱きしめて電気を通わしておかないと」
「遅いよ……今さら」
「今後の参考にしたら?」
力なく肩を落とす陽。
身も蓋もないことをいったな、秋人はそう思った。
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