NOTE4
「詩人だね」
洋子は呟く。
「志水君は詩人だよ。いいね、そういうのわたしすき。なんか父さんみたい」
お父さん?
陽は聞き返すと、彼女はうれしそうな顔をしていた。
「小さい頃からおかしな話ばっかりしてくれた、屁理屈じゃないかって思えるほどくだらないものばっかりだけど……なんか、いいのよ」
「甘粕さん?」
「……なに?」
「甘粕さんは、星を観ているときなにを考えてるの?」
「わたし? わたしは……」
洋子は考える。
うんうん唸って、洋子は考える。
考えて考えて考えて……。
「そうだ」
「なに?」
「名前」
「はぁ?」
「あのね、わたし洋子って名前なの」
「うん、知ってる。いい名前だね」
「ありがと」
もっとほめて、と陽の顔をつつく。
「あのね、どうして私が洋子って名前つけられたかっていうとね、はじめ男の子だと思ったらしいの、生まれる前ね。だから洋子の洋と書いて、ひろしって名前だったの。海みたいに大きな人間になれるようにって。でも生まれてきたのがわたしだった。かわいくてキュートでセクシーでチャーミングな女の子だったの。だから洋子だって。おかしいでしょ。もっといい名前つけてくれたらいいのにね」
「でもいい名前だと思うよ」
「えへへ、ありがと。志水君の名前の由来は?」
洋子は笑いながら訪ねる、けど陽はしゃべらない
「教えてよー。知らないの?」
「知ってるよ」
「だったらさー」
「洋子さんと同じだよ」
「同じって?」
洋子は陽はの顔を覗き込む。
「……だから、はじめ女の子かと思って陽子ってつけてたらしいの。生まれたら男だったから、子を取って、陽になったんだって。だいたい、いまは生まれる前から性別わかるって時代なのに」
「ふーん、陽子ちゃんか。かわいいじゃない」
洋子は、ニヒヒヒと笑った。
「笑わないでよ」
「だっておもしろいんだもん、陽子ちゃん」
「うっ……なんだよ、洋のくせに」
「そうきたか……」
洋子は仕方なしに、おとなしくした。
星はいつもと変わらず瞬いている。
街はいつもと変わらず光っている。
「ところでさ」
陽は思い出したように切り出した。
「洋子さんは、なにしに来たの? 暗いよここ、女の子がひとりでこんなとこにいたら危ないよ」
最近何かと物騒だしと言うと、「陽がいるじゃん」彼女は笑った。
「そうだけど。ぼく頼りないよ」
「たしかにね」きっぱり口にする。
はっきり言わないでよ。
「ほんとのことでしょ」
「……はい」
でもね、と洋子は続ける。
「本音で話してくれるもんね。相談相手にはもってこいって感じ。クラスの男子とかってどうもねー、なんていうのかな、ろこつっていうか、下心ミエミエっていうか、そういうところからっきりないってのも子供っぽすぎていやなんだけど。両極端っていうか……そう、アッキーみたいにね、ひとつのことにまっすぐな人もいいんだけど、自分がそれ以上に前しかみていない人間だからどうしてもその欠点がわかってるのよ。ひとつのことに熱中しすぎると、それがだめになったときの人の心のもろさというか…」
「どうしたの? なにかあったの?」
陽は脈絡もない彼女の会話に不審がる。
「いや、そうじゃなくて……」
洋子は笑って、頭抱えてうつむき、顔を上げて自分が納得するようにうなずく。
「あのね、わたし北国の女なの」
「知ってるよ。でもなまってないね」
「そうでもないんだけど。それでね。はじめはなれなくて、よく一人でいたの。いわゆる、無視されてたの、女子の子達とか男子からも。知らないでしょ、大変だったんだから」
そうなんだ、と応えて陽は洋子の手を握った。
突然のことでおどろいたが、洋子はその手を握り替えした。
「……洋子さんだけじゃないと思うよ。だってさ、いろんな家庭で育ってきた人達が集まって、知らない顔ぶれでクラス作って日々過ごすのって、だれも彼も大変だと思う。ぼくもそうだったし、他の子だって。そうやって世渡りっていうのを覚えていくのかもしれない。ぼくは納得したから、つらいのが当たり前ってそう思うことにしたよ」
「わたしにはそれができないんだよねー。ひとりで突き進んじゃって、孤立して、陸上部で騒がれて、孤立して、頼れる人もなくて、孤立して、どうしようかなってめちゃめちゃ悩みまくって、陽の作った話を観た」
「ぼくの?」
そうだよ、洋子は陽に肩を寄せる。
「人生って、夢はかなわないものだって思っちゃうと、楽に生きられるのかもしれない。実際、広告とかテレビとか音楽とか、きらびやかで、明るく観えるけど、観えるだけで結局は抱いた夢もボロボロにされてしまうんだよね。寿命がさ、八十だっけ。あと六十年くらい生きなくちゃいけないと思うとつらくてね」
女性は長生きだからね。
世界一長寿国だから、いまのところ。
でもこの先はわからないよ。
ツッコミをいれる陽に、あんまりおもしろくないと厳しいコメントを洋子は口にした。
「洋子さんは、かわいいおばあちゃんになるよ」
「陽は頑固じじいね」
そりゃないよ。
すねる陽は洋子に肩をぶつける。
ぶつけ返す洋子。
「だって素直じゃないもん。さんづけでよばないで」
「……うん。わかった……洋子」
「うわ~、なんかヘンなの。呼び捨てって」
自分で言ってなんだかな。
ため息が出そうになるところを、陽は我慢した。
「まあ、世の中めちゃくちゃになってもいいやって、なげた考えもやけもおこしたくなるときあるでしょ。でも、陽のあの小説『憶えていますか』みたいにさ、二十歳過ぎてから『ぼくの夢はこうだったけどそれはかなわないんだよ』なんていいたくない。あれ読んで、そう思った。負けられないよ、もうひとりの理想の自分に。だからさ、陽には感謝してる」
洋子はチラッと彼をみた。
陽は黙っている。
「ありがと。もし、陽がわたし以上に苦しんでるなら今度はわたしが力になるよ。ほら、いうじゃん。えっと……よろこびもたのしみも二人で分かち合えば二倍になり、くるしみやかなしみは二人で分かち合えば半分になるって」
陽はそれを聞いて小さくうなずいた。
そして。
「ぼくは……詩とか、小説なんかが……書きたい。大好きな君と一緒にいて、君のことを書く。それが……ぼくの夢なんだ」
少しはにかみ、照れくさそうに言った。
その彼の顔は夜の闇にまぎれてよくわからない。
でも洋子はどんな顔をしているのかわかっていた。
「いい夢ね。で、どんな話になるの?」
「ひとりの少年がね、星空を見上げているところからはじまるんだ。最初は、詩から入るんだ。それでね……」
陽は詠うように話し始めた。
寄り添う二人の頭上には、静かに星が瞬いていた。
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