NOTE2

 三週間前 

 後期生徒総会前日。



 陽は理科準備室にいた。

 水曜の放課後、いつものように集まったみんなは文化祭の反省会をしていた。反省の材料としたのは、みにきてくれた人たちに書いてもらったコメント文。それを読むかぎり苦情のようなものはなく、また好評だったというものでもなかった。

 ただ、洋子の描いた『超図解、全天八十八星座』をほめるものが目についた。おそらく彼女に好意を持つ男子のコメントだろう。あと、「コンペイ糖がおいしかった」だの「私も万華鏡ほしかった」というのも二、三あった。

「それじゃ、ひとりずつ意見があったらどうぞ」

 陽はそう言って秋人を観た。

 秋人は,展示物の数と種類を増やすこと、もっと活動をしなくてはいけないこと、今のままでは部費が少なく自己負担が大きいことなど、現実的な問題をあげた。

 和樹は言葉を詰まらせながら小声で、ほしい人に写真を焼き増ししたりしてはどうかと言ってみた。

 涼はしばらく考えたあと、一度満天の星空を観たいと頭の中で浮かんだイメージをそのまま話した。

 洋子は即答で、アキナスが食べたいと見当違いなことを応えた。

 祥子は少しうつむき瞳をうるませ、私は今日で最後だから。半年間だったけど楽しかったとみんなに言った。

 三年生は受験のため、文化祭がすぎると引退していく。

 それは体育系のクラブでも文化系クラブでも、ましてや星詠組でも同じだった。

 秋の日はつるべ落としのもらい水。

 楽しいときはどうして時間が加速してしまうのだろう。

 楽しかったあとはどうして哀しみが待っているのだろう。

 祥子の言葉を聞くまで、陽はもちろんみんなもすっかり忘れていた。

 いつまでも今日という日々が続く、永遠という幻想が終わりを告げる。

 今さらながら陽は恥ずかしかった。情けなかった。

 花かなにか、用意しておけばよかったと後悔した。

 せめて気持ちだけでも、心のこもった言葉を言わなければと必死に考えてみたものの、「いつでも遊びに来て下さいよ」と儀礼的なことを言ってしまった。

 祥子は明るい顔で小さくうなづき、部会は終わった。

「さてと、準備に、行かなくちゃ」

 祥子は鼻を啜って席を立った。

「準備?」

 陽は顔を上げ、彼女を観た。うれしそうだ。

「副会長としての最後のお仕事」

「……選挙、ですか」

「ピンポ~ン、御名答。正解者の志水陽クンを推薦してあげるね」

「なにをです?」

「生徒会長とか」

「け、結構です」陽は右手を振って断る。

「てれちゃって」

「てれてません」慌てて両手を振った。

「遠慮しない」

「結構です」

「ホントに?」

「いいですって」

「ん~、でも」

 祥子は少し困った顔を陽にみせた。

 そんな顔をされても困るんですけどと陽は思いながら、ホントにいいですからと言った。

「そう、残念。いろいろ手伝ってくれたからお礼したかったんだけど」

「……そういうお礼返しはやめて下さい」

「アッキーもそういって断ったのよね。男子って恥ずかしがり屋なのね」

 恥ずかしがり屋とか、そういう問題ではないような気がするんですけど。

 陽は胸の奥で思ったが、言葉にするのはやめた。

 そして逃げるように席を離れ、窓際に立つ洋子に近寄った。

「なにしてるの?」

「あれ」

 洋子が指さす東の空にうっすら虹が観えた。

「赤、橙、黄、黄緑、青、紫……あれ? ねぇ、志水君。虹って七色だったよね。あとひとつって、なんだっけ」

「藍色だけど、虹は七色って決まってないよ。犬の鳴き声が万国共通じゃないのと同じように、虹の色の数も国によってまちまちらしいよ」

「……そうなの」

 洋子は首をかしげながら、もう一度虹の色を数えた。

 そんな彼女に祥子が声をかけた。反射的に陽は一歩下がる。

「ねぇ、洋子さん」

「なんです?」

「生徒会役員になりたくない?」

「私?」

「そう」

「後期クラス委員に決まったから別に」

「それじゃ、生徒会長とかやりたくない?」

 洋子は軽く首をかしげ、あんまり思わないと呟く。

「いろいろ手伝ってくれたから、やることはわかってるでしょ」

「わかってる分、なんとなくね……」

「今しかやれないことはやっておかなくちゃ。生徒会長なんて人生一度きりしかないのよ」

 それはそうですけどと肯定しながらも洋子は断る。

「どうして?」

「祥子さんみてて、大変なのわかってます。大変だってわかっているとこにわざわざ首を突っ込むほど、私はバカじゃないですから」

「そう? みてたのならラクだってこと、わかるじゃない」

 祥子は洋子の隣りに立ち、肩に手をかけた。

 彼女の目はさりげなく陽に向けられている。

 その視線を感じた陽は身を縮めた。

「選挙、出てみない?」

 なるほど。

 洋子は陽を一瞥し、でも……と言葉を発する。

「出たからって、必ず当選するってことないから」

「……それは、そうですけど」

「私の顔、たてると思って……お願いよ。私の推薦する人、決まってなくて困ってるの」

「私より、志水君に声かけたらどうです?」

 洋子は隣にぼんやり立っている陽を指さす。

「ぼ、僕はさっき断ったから」

「聞いたとおり、アッキーも断っちゃって。お願い、洋子さん」

 祥子が手を合わせ洋子に頼み込んだ。拝まれても困るんですけどと胸の中で呟きながらも、

「……まぁ、選挙に出るだけならいいですけど」

 と洋子は応えていた。

「ホント、助かる~」

 よろこぶ祥子をみながら、出るだけですよ、洋子は軽い気持ちで引き受けた。



 みたび十月二十一日

 特別校舎二階、理科準備室。


 

 陽は頬杖ついて、小さくため息をつく。

「おどろいたよ、まさか……ね」

「ああ。まさかホントに生徒会長になっちゃうなんて、誰が予想できたんだか」

 秋人の言葉に陽は力なく「そうだね」と応えた。 

 選挙に出た洋子は数人の立候補者を押しのけ、多くの票を集め、見事当選した。

 副会長であり、影の生徒会長と言われた祥子の推薦と、文化祭カラオケ大会で優勝した事実がある意味、いい宣伝になったのだろう。

 余談ではあるが、涼はクラス委員に推薦され、そのうえ一年生のクラス委員長に選ばれたそうな。

「女の子って、パワフルだよ」

 秋人は机の上にカメラを置く。夕日を浴びる一眼レフは黄昏ていた。

「こわいもの知らずだよ」

「そうだね、志水君」

「でも、偶然だよ」

「そうか?」

「そうだよ。偶然が重なっただけ」

「でも、偶然が続けばそれは実力なんじゃないかな。甘粕さんと酒元さんはすごいってことだよ」

「……どっちでもいいよ。なんにしてもさ、選挙が終わったら部活見学に来る子たちもなくなったしね」

「彼女たちは今じゃ時の人、ってカンジ」

 秋人は鼻で笑った。

「ホントに忙しいみたいだから」

 夕日が色付くのを観ながら、陽は思い出す。 

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