第七話 あまがきのたべごろ
NOTE1
十月二十一日
特別校舎二階、理科準備室。
陽はぼんやり窓の外を眺めた。
九月の終わりから聞こえだしたジングルベル。
突然花をつけるソメイヨシノとアジサイ。
半袖を着なければならないほど、暑い日が続く十月。
秋はどこに行ったのだろう。
「早いもんだね、星詠組ができてもう半年か」
隣でカメラレンズを磨く秋人が話しかけた。
「なんだかんだいいながら、がんばったじゃん。志水君」
「べつに僕は……」
「そんなことないって」
「がんばってきたのはさ、僕じゃなくて岡本君だよ。みんなで星を観にいったときだって、夏休みのキャンプだって、文化祭だって僕はなにもしてないよ。部長なのに」
「そんなことないって、寺門先生言ってたよ。『志水君はよくやってる』って。あの寺門先生がほめるなんてそうあるもんじゃないよ」
「……べつに」
「志水君が作った『星を楽しく観る方法』配ってたじゃん。あれがよかったってほめてたよ」
「文化祭か……」
陽はつぶやきながら思い出す。
四週間前、
文化祭当日。
陽は人の行き交う渡り廊下にいた。
文化系クラブの展示場として生徒会が割り当てたのが普通校舎と管理校舎をつなぐ渡り廊下だった。
星詠組は写真部と合同に展示すると生徒会副会長の祥子を通して申請を出しておいたため、真ん中の一番いい場所を手に入れた。
洋子の展示物『超図解、全天八十八星座』をメインにし、間に挟むように写真部の写真と星詠組の写真を飾った。みてくれた人には陽の作った『星を楽しく観る方法』のプリントと一緒に祥子の用意したコンペイ糖、限定二十名ではあるが涼特製、カレイドスコープを配った。ついでにひとこと、感想を書いてもらった。陽はその場に来る人たちに声をかけ、ビラを配る。
そのころ秋人は自分のクラス、四組の発表の最中。
和樹は写真を撮るため校内をあちこち回り、祥子は役員の仕事で忙しい。
「くみちょ~、ただいまー」
「おかえり。手伝ってよ~」
陽は持っていたプリントを半分、涼に渡した。
涼は全部のクラス発表を観て回ってきた。
一年生はなにもかもが初めて体験すること、今をしっかり観ておいてほしい、陽はそう思っていた。
一応、彼女が星詠組の次期部長。
なぜ彼女なのか。
理由は簡単、他に人がいないからだ。
祥子は卒業してしまうし、陽と秋人、洋子は来年三年生。
和樹は写真部の部長と決まっている。
消去法からして、必然的に次期部長は彼女しかいないのだ。
……いささかな不安は否めない。
だがしかし、自分より明るい性格の持ち主だから大丈夫。
陽は情けなくもそう思っていた。
「ねぇ、くみちょ~、あれなに?」
写真を展示してある脇に貼られた一枚の紙
春夏冬二升五合
を、涼は指さす。
「はるなつふゆ……、なにあれ?」
「アキナイマスマスハンジョウって読むんだ」
「私たち、なにか商売してました?」
「ただの、雰囲気だって」
「ふーん、ヘンなの」
「それより、甘粕さんは? 一緒じゃなかったの」
「洋子先輩って、ホント、食べ物に目がないんですね、お菓子配っているクラスに行っては食べてばっかし。だから途中で置いてきました」
「そういう人だから」
陽は頭を抱えた。
あれでスタイルいいから不思議なんだけど。
「正直、先輩のどこが好きなんです? くみちょ~。やっぱり、自分よりもある身長とか?」
「ちょっと……酒元さん」
陽はあわてて涼の口を手で押さえる。
それでも涼は手を振りほどいてしゃべり続ける。
「好きなんでしょ。前、言ってたじゃないですか」
「そりゃ……まぁ、……その」
「はっきりしてー、くみちょ~」
別に今そんなこと言わなくてもと、陽は思いながらため息をつく。
「この前、アッキーに聞いたけど、つきあってないそーですよ」
陽はうなだれる顔を上げる。
涼が笑っていう。
「くみちょ~の思いちがい」
「そうなの?」
「そうです、好きなんですよね。オール阪神巨人コンビ誕生です」
「誰も漫才しないって」
「はっきりしない人って、嫌われますよ、くみちょ~」
「わかってるよ」
「結果はどうあれ、好きならサクッと、思いを言うべきです」
「サクッて?」
「あれ? ちがったかな……ズバッ? それともドカッとかバキャッ……ツルン、ベロン、なんでしたっけ?」
「それを言うならガツンでしょ」
「ひゃぁ~、ガツンだなんてくみちょ~、暴力的。そんな人だったとは」
「い? そ、そういう意味じゃないでしょ」
「そうですね。痛い目みてるのはいつも、くみちょ~だし」
そうなんだよね、思わずうなずく。
とくに財布の厚みが薄くてかさばらなくなってきたんだよね。
「って、なに言わすんですか、酒元さん!」
「ボケツッコミ、うまいうまい!」
いや、そんなところ褒められてもうれしくない。
「とにかく、先輩に気持ちをはっきり言うべきです!」
廊下ゆく往来のさなか、二人はあまりに大きな声で話すからいつの間にか人だかりになっていた。
それに気付いた陽はみるみるうちに赤面していく。
「ねぇくみちょ~、星詠組やめて来年から、お笑い組にしません?」
ぜったい行けますよ、と涼の言葉に「いいかげんにしなさい」と陽はきっぱり応えて涼の頭を軽く叩いて頭を下げる。
「どうもありがとうございましたー」
集まった人たちはコントだと思ったらしく、拍手をしてくれた。
人が引けていくのをみながら、陽は礼を言った。
「……ありがと、酒元さん」
「いえいえ、お礼に今度おごって」
「そういうとこ、甘粕さんに似てきたね」
「私がどうしたの?」
陽はあわてて振り向くと、お菓子を両手に抱えた洋子が立っていた。
「べ、べつに……それよりそのお菓子、どうしたの?」
「これ? もう大漁大漁。志水君に綿菓子あげるね。これ、アッキーのクラスでもらったの。カルメ焼きとかアメとか……まるで縁日みたい。文化祭が毎日続いたら、幸せなんだけどなー」
洋子は小さな子供のように目をきらきら輝かせてお菓子を食べる。
満足げな笑み、すべての悩み苦労から解放された至福のよろこびを感じているようにみえた。陽はひとこと「よかったね」と言った。
「ねー、洋子先輩、アレ、おぼえてます?」
涼がいつにもましてまじめな顔で洋子に話しかけた。
「アレね。バッチシ。祥子さんにも話はしてあるから」
洋子は一気にラムネを飲み干し、応えた。
「なんのこと?」
陽は綿菓子を口に入れながら訊ねる。
二人は目を合わせ、笑ってみせた。
「午後のカラオケ大会にでるの」
「カラオケ大会?」
二人の応えに思わず陽はむせかえった。
文化祭は午前の部と午後の部にわかれ、午前の部は各クラス、クラブの発表展示時間。午後の部は全員が体育館に集まり合唱コンクールと生徒会主催のイベントがある。
そのイベントのひとつがとびいりカラオケ大会。
「だ、誰がでるの?」
「私と洋子先輩と祥子先輩、三人でユニット組んで歌うんだ、ユニット名はSAK、名字から取ったの」
涼は不敵に笑った。
ふたたび十月二十一日
特別校舎二階、理科準備室。
陽は頬杖ついて、小さくため息をつく。
「カラオケ大会で歌いまくった彼女たちはあれで一躍有名になったから。……星詠組の宣伝にもなったみたいで」
「よかったじゃん。入部希望が殺到して大所帯。棚からボタモチ、ヒョウタンから駒っていうんだよ」
秋人はファインダーから窓の向こうをのぞく。薄黒い雲が空に浮かんでいる。
「なにいってるの」
「ん? 違った?」
ファインダーから目を離し、秋人は陽を観た。
「一見さんお断りだよ」
「まぁまぁ、そう言わない」
「……あのあと大変だったじゃない」
「あのあと? なにかあった、志水君」
「後期生徒会役員選挙」
「ああ、あったねそういや」
「大変だったんだから」
陽は下唇を咬んで思い返した。
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