NOTE4

 冷たい風がふく夜空は、星がいつにもまして多く輝いている。

 芋虫みたいなシュラフに入って寝転がるみんなは天を仰ぐ。

 流星が来るのをいまかいまかと待っている。

 陽の隣に寝転がる洋子は、寒いね、と声をかけた。

「こたえるよ」

 陽は返事する。

 なんか年寄りくさい、洋子が笑うと陽は悪かったねと呟く。

「すねた? ごめんごめん」

 いーよ、どうせフラれてるし。

「誰がフッたの? 私は『……ごめん』としか言ってないよ。いいとも悪いとも言わないうちに逃げてったのは志水君じゃない、男なら一度や二度断られたからって、再度挑みなさいよ。今度はOKかもしんないじゃん」

 それじゃ、と陽の声が少し明るくなる。

「でも、ヤダ」

 はぁあ?

「だって、志水君さえないし、パッとしないし、すぐすねてさ。ケガさせたのは悪いけど、四週間も家にこもってなにしてたのよ」

 陽はまばたきしてゆっくり話す。二週間は安静に寝てて、その間に風邪ひいて寝込んじゃって、治りかけたころにお母さんが風邪で倒れて、家中にうつって大変だったんだから……と、語尾のあたりは小声になっていく。

「風邪ぐらいなによ。本当にさえないんだから」

 そういうこと言うかなー、だいたい甘粕さんはすぐそうやって人のことバカにするんだから……なに考えてるかわかんないよ。

「志水君の方こそ。ま、どーせスケベなことしか頭の中にないんでしょーけど。あーヤダヤダ、男って」

 なんだよ、街中でいきなり赤ん坊みたいに泣き出した人に言われたくない、周りの人に僕が泣かせたと思われたかもしれないじゃないか、まったく!

「あ、あのときは、目にゴミが入っただけよ。風強かったし」

 女のいいわけはみっともないぞーと陽が言うと、男がすねる方がみっともないってと洋子は言い返す。

 二人の側にいた涼は秋人の方に転がった。秋人は和樹とテントまわりで三脚に取り付けた一眼レフを東の空に向けている。

 その彼に「二人ともなんでケンカしてるの?」涼は訊ねてみる。

 秋人は横目でもめてる二人を観て、「ああいうのを痴話喧嘩って言うんだよ」笑った。

「チワゲンカ?」

「いま一歩素直になれないって言うか、均衡を保ちたいのか、微妙なバランス。ま、仲のいいほどケンカするって言うし」

 秋人の言葉に祥子が割り込む。

「そうそう。ああやってグチあってるときが二人にとって一番楽しいの」

 祥子に続いて寺門先生も口を挟む。

「ほぉ~、ええな。アレが若さというものじゃ」

「ただのケンカにしか観えないんですけど」和樹、ツッこむ。

「仲良くしているだけじゃみえないこともある。胸の中にある気持ちをぶちまけることは大切じゃよ」

「そ、そうかな……」

 先生の言うことに首をひねりながら和樹は二人の方をみてみる。

 シュラフから半身出して言い合う二人。

 和樹の目にはどうしても喧嘩してるようにしかみえない。誰か止めに入った方がいいのではと思っていると、涼は芋虫のように歩きながら陽と洋子に近寄った。

「ふたりとも、夫婦喧嘩はやめなさい、そんなことしてると流星群、たのしく観れないじゃない、くみちょ~と副くみちょ~がそんなことでどうするんですか!」

 涼のきつーい言葉に、二人は素直に喧嘩をやめた。


 

 十八日未明。

身震いしながら寝転がり流星を待つ。

ひとつ流れるとどよめきがあがった。

「今のすごかったね」

 祥子が声を上げる。

「ぴかって光りましたね」

 和樹は少し興奮していた。

 またひとつ流れる。

「いま上にあがったね」

 空を観ながら涼は隣を見る。

「地球がチリの中に入って観られる現象だからだよ。宇宙に上も下もないさ」

 秋人はレリーズを触った。

 しばらくしてひとつ流れる。

「おもったより小さいね」

 洋子が陽を見た。

「雨みたいに流れないね」

 陽は小さく笑った。

「ピーク時じゃないか期待はずれか、はたまたピーク時がずれて終わっているのか」

 寺門先生はつぶやいた。

「ねぇ、流星って落ちてきても大丈夫?」

 不安げな顔で涼が秋人に訊ねる。

「流星の素になるチリはミリ単位の大きさだから大丈夫。けど……」

 深刻にの表情の秋人。

 ますます不安になる涼。

「……けど、なに?」

「人工衛星はもろに影響受けるだろうな、人工衛星が廻っているのは五百キロぐらい上空だから。一秒間に七十キロの速さで突っ込まれたらひとたまりもない。穴あくだろうし、プラズマの影響で壊れるかも」

「ひょっとして、人工衛星が落ちてきて、どっかーん、ってなことに?」

「可能性はあるかも。世の中絶対なんてないし」

「ひぃー! 逃げなきゃ」

「地球にいる以上、どこ行っても一緒だよ。それに科学者さんたちがなにもせず手をこまねいてるはずないよ。大丈夫」

「……ほんと?」

「いっぱい人工衛星あるから……ひとつくらいは」

「ひゃぁあ~~~」

 その後、いくら秋人が「大丈夫」と声をかけても涼は信じなかった。

 いつ落ちてくるのか、その恐怖におびえながら空を見続けた。

 それからしばらく流星は観られず、かわりに冷たい風が吹きだす。

 寺門先生と秋人は「星を観るときのリスクだ」と平気な顔をして言う。

 だが、寒いものは寒い。

 洋子は両手で自分を抱きしめ震えていた。

「甘粕さん、飲む?」陽はカバンから魔法瓶を取り出した。「あま酒を出かけに作ってきたんだ」

「ショウガ、入ってる?」

 陽はうなずく。

「さっすが志水君、気が利く~」

 魔法瓶を受け取る洋子。カップに注ぎ、一口飲む。

「ん~、おいしいじゃん。寒いときはやっぱ、これだね」

「洋子先輩だけずる~い」

 涼の声。

 陽は振り向くと、恨めしそうにみているみんなが紙コップを差し出していた。

 みんなに配るとあま酒はなくなった。

 あま酒を飲みながら暖まるみんなを横目に陽はうなだれる。

「僕が持ってきたのに……」

「ホント、損する性格ね。志水君って」

 洋子は隣でおいしそうに飲んでいる。

 ますます落ち込む陽。

「すぐすねる。志水君の悪いとこだよ」

「はっきり言わないでよ」

 ふさぎこむ陽に洋子は、でもね、と言葉を続けた。

「でもね、ひとつだけいいところがあるよ。気が利くってことかな」

 飲みかけのあま酒を陽に突き出す。

 カップから湯気がまだみえた。

「おいしかった、ありがとう」

「……残ってるよ」

「私は暖まったから、あとは飲みなって」

「でも」

「すねるために持ってきたんじゃないでしょ。冷めないうちにどうぞ」

 陽は洋子に言われるまま飲んだ。

 温かくて甘く、実においしい味だ。

「おびえるために生きてるわけじゃない。泣くためでもないんだもんね」

 洋子は小さくつぶやいた。



 その後、雲が空を覆い世紀の流星ショーは終わってしまった。

 期待していた流星雨は観られなかった。

 大きなあくびをしながら帰るみんな。

 数時間たったらまた学校に来なくてはいけない、という現実が気分を重苦しくさせた。

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