第四話 ももの実が熟れるころ
NOTE1
七月。
期末テストも終わり、七夕も雲って一年に一度の出逢いを観ることもできなかった今日このごろ。和樹は理科準備室にいた。
眠い目をこすりながら窓の向こうを観ると、朝日を浴びて白く光る校舎。制服姿のみんながうつむいて正門をくぐっていくのがみえる。
学校は同じ仲間に銃を向ける少年少女兵に変えていく。
成績で競い合って、他人の評価で自分を守り、疑心暗鬼と脅迫概念をおぼえさせられる。
見上げた校舎のひとつ窓の向こう、辞書をめくる人がいる。
今日もほら、誰かを突き落とす戦争の準備をしているよ。
せっせと励む姿がまるで銃に弾をこめるみたいに観えるよ。
校舎に入っていく生徒達は狂った感性の時代を生きている。
自分もその一人。
陽は理科準備室にやってきた。
昨日、秋人に「明日の朝、理科準備室に来て」と言われたのだ。
秋人は暗室で写真を現像している。
和樹は現像の時に使う定着液を作っている。他に人はいない。
……あとはユーレイ部員か。
言葉には出さず口の中でつぶやいて、陽は窓の外を観た。
朝日を浴びて白く光る校舎。
制服を着た生徒達がうつむいて次々に中に入っていく。
昨年まで汚い灰色の校舎だったが、創立五十周年とかで、慌てて白く塗り替えた。
別に記念行事をするわけではないのだがなにかしないと気が済まないらしい。
白く塗ったおかげで精神病棟か刑務所のようにみえる。
「羽林君、校舎を観てどう思う?」
和樹は陽の問いかけに手を休めず応えた。
「まぶしいですね」
「そうじゃなくて、イメージ」
「あ、……病院ですね」
「やっぱり?」
「はい。……あと、学校周辺の高いフェンスとか窓の鉄格子とか観ると少年院に通ってるみたいでいやですね……入ったことはないですけど」
和樹はうっすら笑ってみせた。
定着液作りは、水に粉を溶かす単純な作業。
できた液をボトルに注ぎ、和樹は机の上に置いた。
「それにしても……暗室の中、暑くないの?」
「暑いです。夏は入りたくない所です。換気扇は回ってますけど……少なくとも扇風機ほしいですね。クーラーなんてぜいたく言いませんから」
「梅雨明けしてないのに暑い日ばっか続くし、異常気象」
「ですね。でも天気だと空と星の観測は助かります」
「……そうだね」
グッと両腕を突き上げ、背伸びする陽。
そのとき暗室のドアが開いて秋人が出てきた。
「ふぅ~、暑い暑い。まるでサウナだよ」
「お疲れさん、岡本君」
「お疲れさまです先輩」
汗だくだくの秋人は二人に軽く手を上げて挨拶し、準備室に備え付いている手荒い場で顔を洗う。
「おまたせ、志水君」
タオルで顔を拭きながら、秋人は窓際に立つ陽に歩みよった。
「夏休みのことでしょ?」陽は軽く手を挙げる。
「そう。写真部で撮影会が行けそうにないから。星詠組のみんなで星を観にどこかに行こうと思うんだ」
「いいんじゃない」
「うん。それで海と山どっちがいい?」
「もう決まってるの?」
相変わらず手際がいい。
迅速に行動する彼に、陽は感心する。
「星観るのなら……街明かりが少なければどこだっていいと思うけど、そうすると泊まりになるから……どこか泊まるのならお金と宿泊するとこに予約しなきゃいけないし、キャンプなら道具を用意しなきゃいけない。海にしろ山にしろだけどね。今日の部会で決めようよ」
話だけでもみんなに伝えておこうと思って陽は携帯を取り出すが、「一応みんなに言ってあるよ」と秋人は制した。「米倉先輩も甘粕さんも酒元さんにも」
手際が良すぎる。
さすが写真部の部長をしているだけはある。
部長という肩書きだけの自分とはやっぱりちがう、陽は自分が情けなく思えてきた。
「あと、文化祭なんだけど……どうする?」
「どうするって?」
応えてみたものの、秋人一人で決めてくれた方が早いと思ってしまう。
それでも聞かれるのは、部長という肩書きのせいなんだろう。
「九月に行われる文化祭で、星詠組はなにする? ウチの写真部は展示会をする予定でいるけど……具体的に決めてないだろ」
「なにかやろうよ……って、ひょっとしてもう手はうってあるとか」
「さすがにそこまではしてないよ。ただ米倉先輩には出る予定で話はしてあるけど。あの人、文化祭実行委員もしてるから」
左様ですか。
もうお手上げ。
彼の手回しにはなにも言葉が出ない。
まるで三分クッキングの料理みたく淡々と物事が運ぶ。
ただ傍観してるだけでできていき、あとは「よくできました」と声をかけるだけ。
会社の重役みたく楽でいいけど、部屋の片隅で忘れ去られ埃まみれの人形みたいに哀れでみじめに思えてくる。
部長って肩書きは結局、名前だけのお飾りなんだ。
「悪いね……岡本君」
「いいって。写真部のことのついでに頼んだだけだから」
「そう……なんだ」
「そうそう」
秋人はにこやかに笑った。
一緒に部活をしていて思ったことだが秋人はいいヤツだ。
なんでも率先して行動し、頼まれごとはたいがい引き受けるし(悪いこと以外)たまにおごってくれたり、おちゃめでおバカなこともする。
裏表のない性格からクラスのみんなからも頼りにされているようだ。
そんな彼をみて、偽善的と思ってしまうのはただの嫉妬、ひがみなのだろうか。
チャイムが鳴る前に教室に戻れた陽は、慌てて席に着いた。
「おはよー、志水君」と洋子が言った。
隣の席の彼女、下敷きをうちわ代わりに仰いでいる。
「おはよ。今日も暑くなるね」
「ほんとよ。だいたい私、窓側だから直射日光ズバッてくるのよ、UVケアはかかせないね、面倒だけど」
「……そ、そだね。甘粕さんって……夏はキライでしょ」
「ううん、好き」
「どうして?」
「だって夏はかき氷もところてんも水ようかんも食べれるしー、スイカもトマトもトウモロコシも美味しいものてんこもりだよ、嫌いなわけないじゃん」
よだれが、と彼女は持っていた口にハンドタオルを当てる。
「そっか……そだね。ははは」
「けど、このうだるような暑さは……なんとかしてほしい……クーラーいれて~死んじゃうよ~」机の上に伏せる彼女。「それよか志水君、今までどこ行ってたの?」
「理科準備室。部活のことでちょっと……」
「あぁ、旅行の話でしょ。やっぱ、美味しいもの食べて、ゆっくり温泉つかれるところがいいな~」
頭にハンドタオルをのせて、ニンマリ笑う。
それじゃあ仕事疲れのOLのセリフだよとつっこんでみた。
「それに旅行じゃなくて、部活だって」
「そうなの? アッキーから聞いたとき、お腹すいてたからそう思っちゃったのかな」
「相変わらずだね」
「エヘヘ……あとでなんかおごってよ。冷たいジュースでいいから」
「岡本君にでも頼んだら」
「えー、志水君おごって」
「考えとく」
そう応えながら財布の中を確認。
最近、お金の減りが激しい。無駄遣いをしていないはずなのに、すべて彼女に吸いとられている気がする。
「やったー、約束したからね。男に二言はなーし、忘れたって言っても私は忘れないから。ところで、昨日のテレビ観た? 十時からやってるドラマで」
いつものように挨拶して、いつものようにだべり、部活のことテレビの話、授業、宿題のことで雑談。
洋子はいつものように笑ったり、怒ったり、つまらない顔をして、だらけてみせる。
陽と洋子。
机との距離、わずか五十センチの距離がとてつもなく遠く感じる。
まるで星に話をしているような淋しさを感じてしまう。
「ねぇ志水君。午前中だけでいいから席かわってくれない? 大丈夫、先生気付かないって」
「あのね……」
「お・ね・が・い。こんなこと頼めるの、志水君しかいないから……」
ため息が出る。「いいよ、わかったよ」
「ホント? らっきー☆ そういう素直なとこ好き」
「えっ」
「言葉のあや、ジョーダン。マジにとらないで」
「わ、わかってる……よ、ははは……はぁ~」
彼女の隣にいる以上、作り笑いは耐えない陽だった。
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