まとめ43 故郷・2

 主人である君の指示に従い、ココアはセインと共に岩トカゲとワイバーンが……いや、正確に言うと馬車がやって来た方向へと駆ける。

 そんな中、ココアはセインへと話しかけた。


「なー、向こうに何かあるのか?」

「あると言えばあるのですが……、ココアさんは気をしっかり持って欲しいのです」


 いったいどういうことなのか分からないままココアは小首を傾げつつもセインの後を追いかける。

 途中、サンズが巨大な岩トカゲと戦う姿を見たけれど、そのモンスターの大きさにココアはギョッとした。

 更に地面を駆ける2人を狙ってワイバーンが急降下しようとしていたようだがフィンに邪魔されていた。

 そこへマジックの魔法が放たれ、ワイバーンは上空を羽ばたいていた。

 まるでお前の敵は自分たちだと言うように。それを感じ取ったのかワイバーンはココアとセインには目を向けずにフィンとマジックを睨み付けていた。

 そんな彼女たちの援護を受けながら、ココアとセインは目的地へと辿り着いた。

 けれどそこは荒れ果てた地面があるだけに見え、ココアは何故ここに来たのか頭を悩ませる。


「見事に何もないけど……どうしてここに来たんだ?」

「怪我人の治療に来たのです」

「怪我人? あの馬車から誰かが落ちたっていうのか?! だったら助けないと!!」


 セインの言葉にココアは声をあげる。

 そしてココアは鼻をクンクン動かしながら、人のにおいがするかを鍵取り始める。

 そんな彼女をセインは少し哀れむように見ながら、口を開こうとする。


「あ、においがした! こっちだ!!」


 だがそれを言うよりも早くにココアは人のにおいを嗅ぎ分け、駆け出す。

 それを見て、セインも駆け出す。


(そうです、今は事実を言うよりも無事な者を助けないといけないのです!)


 心で思いながら、セインはギュッと杖を握り締めながら駆けて行くと……小さな岩トカゲが群がっている場所があった。

 小さな……といっても、セインほどの大きさの岩トカゲだ。

 多分、あの巨大な岩トカゲの子供だろう。


「ど――きやがれぇぇぇぇぇぇっ!!」


 群がっている中央に人がいる。そう判断しているのかにおいを嗅ぎ取ったのか、盾を構えながらココアは群がる岩トカゲへと突っ込んでいく。


『『SYA!? SYAAAAAAAAAA!!』』


 突っ込むココアに気づいたのか、岩トカゲは威嚇しながら襲いかかる。

 だがココアは怯えること無く突撃をすると、襲いかかってきた岩トカゲへと盾と共にタックルを行った!!

 ドゴッ! という衝撃音と共に襲い掛かってきた岩トカゲの体はひしゃげ、しばらく宙を舞い……地面へと落ちると回転しながら滑っていった。


『SYA……、SYAAAA!! SYAAA!!』


 頭が潰れ、全身の骨が砕け……ビクビクと痙攣をする仲間を見たからか、他の岩トカゲたちは恐怖に狩られるようにその場から逃げ出し始めていった。

 それを見届け、ココアは息を吐くと地面に打ち捨てられた怪我人へと駆け寄る。


「おい、大丈夫か!? いま助けるから!!」

「ぅ…………ぁ…………」


 岩トカゲに群がられ襲われたからか、怪我人である幼い少女はボロボロだった。

 特に足はモンスターに喰われたからか、無くなっており血がダラダラと零れている。


「セイン、はやく治してくれよ!」

「わかったのです。神よ、彼の者を癒したまえ――治癒(ヒール)!」


 セインが杖を掲げると、光が少女の身体へと降り注ぎ……痛々しい傷が塞がっていった。

 けれど、無くなった足は再生することがなかった。

 ……失った物は戻らないのだ。


「よかった。もう大丈夫みたいだ……」


 息絶え絶えだった少女の呼吸が正常に戻ったのを聞き取り、ココアはホッと安堵する。

 そんな彼女へとセインは声をかける。


「この子は無事だったのです。ですが他の子は無事なのか分からないので速く向かうのです」

「え、ほ……他?」


 セインに言われようやくココアは気づいた。

 同じように岩トカゲが群がっている箇所があるということに。

 これはどう考えても変だ。

 それに気づきココアは、顔を蒼ざめさせながらセインへと尋ねる。


「な、なあ……こいつらっていったい何なんだ……? 馬車から落ちたわけじゃない……よな?」

(そうだよ、この無くなった足って……どう考えても、逃げられないように無くなったようにしか感じられねーじゃんかよ……!)


 気づいた。けど気づきたくない。

 そう思いながらココアはセインを見る。

 そんな彼女へとセインは悲しそうな顔で口を開く。


「きっと、この子たちは……『商品』なのです」



 フィンとマジックがサンズの援護へと向かい、ココアとセインが馬車から落とされた商品とされる者たちの救助と治療へと向かったのと同時に君とミルクは全力で走る馬車に向けて駆けて行く。

 が、途中で君はミルクと並走する。


「あるじ、どうしたの?」


 並んで走る君に首を傾げながらミルクは尋ねる。

 そんな彼女へと君は途中で気配を消して馬車の背後に回るか何時でも串を投げることが出来る位置に立つように告げた。

 君の言葉を聞き、ミルクはどういうことかわかっていないようだったが……君の言葉だからと頷いた。


「わかった。あるじの言うとおりにする。……背後に回るね」


 少し考え、ミルクはそう告げると闇の魔法を使い自身の気配を薄れさせると徐々に君から離れて行く。

 それを見届けてから君は先程よりも走る速度を上げ、馬車に近付くと止まるように促した。

 だが馬車の御者は君の声が聞こえていないのか止まる気配は無い。

 いや、端から止まるつもりは無いだろう。

 君は馬車の中身、積荷が何であるかを理解しているから迷わず車輪へと手を向けると手から風の弾を撃ち込んだ。

 ガタンッ! と君の放った攻撃を受け車輪が衝撃を受けると車体が揺れた。

 その揺れに必死に馬を操っていたであろう御者は慌てたようだが、なんとか横転しないように馬車を急停止させた。


「くそっ! いったい何なんだよ!?」


 苛立ちながら御者台から御者が降り、君を睨みつけながら近付いてきた。

 御者はどう見ても荒くれ者といった風体をしており、君を睨みつける姿はどう見ても三下チンピラのようであった。

 そんな御者へと君は、突然で悪かったが何度も止めるように言ったと言う。

 君の言葉に御者は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、しばらく黙る。

 何か言い訳を考えているのだろうか。


「そ、それはだな……あ、あれだ! モンスターが襲ってきたから逃げてたんだよ!!」


 捻り出した言い訳、それに対し君はそれらは自分の仲間が相手をしていると告げる。


「そ、そうかよ……」


 君の言葉に御者はホッと安堵したように感じられた。

 どうやら無視をしていたと言うのもあるようだが、モンスターに対しての恐怖も感じていたようだ。

 そう思っていると、馬車の中から御者の雇い主であろう男が姿を現した。


「ホッホッホ、突然止まったかと思ったら助けてくださったのですか」


 人の良さそうな笑みを浮かべながら、商人然とした服装をした男は肥え太った腹を揺らしつつ君の元へと近付いてくる。

 疑わしいと思っていたとしても、警戒を解いてしまいそうな柔和な笑みだ。

 ……が、細く開かれた瞳の奥にはドロドロと濁った泥の様な欲望が感じられた。

 君は考えていた通りのことにならないことを祈りつつ、商人へとこの場所で何をしていたのか尋ねる。


「なに、商品の仕入れですよ。本当モンスターに追われていて危ない所でしたから助かりましたよ」


 商品、ね……。

 君は商品を見せて貰えないかと尋ねた。……が、商人は困った表情を浮かべた。


「いやぁ、申し訳ない。わたくしどもの商品は都に居る貴族様のための物でして、簡単に見せることが出来ないものなのですよ」


 貴族のための物で、簡単には見せることが出来ない。それは残念だ。

 そう言いながら、君は残念そうに軽く手を振って言う。

 そんな君を御者は嘲るようにニヤニヤ笑い始める。

 どう見てもバカにしているのがまるわかりである。

 そして商人のほうも君に価値は無いと判断しているようで、何処か見下すように君を見る。


「ではわたくしどもは速く商品を届けたいので、ここから失礼させていただきます。……おっと、お礼はこれで勘弁してくださいね」


 商人はそう言って、懐から出した袋を地面に放り投げる。

 その際、じゃらりと金属が擦れ合う音が聞こえたから、中はお金だろう。

 それは必要ないので無視することにする。

 というよりも、君は本題を口にした。


 ――生憎と自分は奴隷商人は逃がすつもりは無い。と。


 ぴくり、と商人は立ち止まった。


「おや、気づいていたのですか……。なるほどなるほど、でしたらわたくしどもが去る際に殺すといったことは必要なかったようですね」


 振り返り、先ほどの柔和な笑みを消し醜悪な笑みを浮かべた商人は軽く手を上げる。

 だが、何も起きない……。


「な、なに? おい、何をやっている!!」

「あるじ、後ろから出てきた奴を倒した」

「なっ!? ひ、一人じゃなかったのか!!」


 馬車の後ろから、スッと姿を現したミルクと彼女の側に倒れる男を見ながら商人は驚きの声を上げる。

 倒れた男の近くには、狙撃に適した機械式の弓が落ちており……どうやら背後から君を狙おうとしていたようだ。

 君は奴隷商人に対し、諦めるように告げる。

 だがその言葉は奴隷商人の気に触ったようで、苦虫を噛み潰したような表情へと変化させ……馬車に向かって走り出した。


「おい、命令だ。こいつを足止めしろ!!」

「へへっ、金はたんまり寄越せよ!」

「分かっている! それ相応の働きは見せろ!!」


 逃げる際、奴隷商人は御者に命令を下すと御者の男はナイフを抜き、君と奴隷商人の間に立ち塞がる。


「何処から来たのかはわかんねぇけど、変な正義感を振り翳したのが運の尽きだなぁ!! 死ねっ!!」


 君に大した実力がないと思ったのか、御者は素早く動くとナイフを君の心臓目掛けて突き出した。

 だが君は軽く体を逸らすと、ナイフを避けて御者の足を蹴り飛ばす。


「ぐおっ!?」


 君に蹴り飛ばされた男は、自身の体を支えることが出来ずに簡単に地面へと倒れ込んだ。

 どうやら目の前の御者の男は実力がまったく無い町のチンピラレベルのようだ。

 そう思いながら、御者の頭を殴打し気絶させる。

 気絶したことを見届けてから、君は馬車へと向かおうとする。

 だがそんな君へと、馬車から奴隷商人が姿を現した。

 その手には何か肉の塊が持たれていた。


「う、うちのボスが持たせたもんだが、困ったときには使えと言われたもんだ……! 使わせて貰うぞ、ボス!!」


 奴隷商人は叫び、それを投げた。

 投げられたそれは地面にベチャリと落ち、血だまりを作るだけだった。

 それを見ながら君たちは呆然とする……。


「は……? ボ、ボス、なんだよこれは……!? どうにかなるんじゃないのか!?」


 この場には居ない組織のボスに怨みの声を上げながら潰れた肉塊と血だまりを前に地団駄を踏む奴隷商人だったが、それは突然起きた。

 グチュリ、と地団駄を踏む奴隷商人と気絶する御者に地面に落ちた肉が触れた瞬間……まるでエサを見つけたとでも言うかのように肉は男たちの体を捕らえた。


「ひっ!? な、なんだこれは!? や、やめろ、はなせぇ!!」

「んん……う、うぉ!? な、なんだこれ!? いったいな――ごぐげ!?」


 驚きもがく男たちを喰らうように肉は段々と巨大化し、男たちの体を包み込んで行く。

 そして、男たちの体が完全に呑み込まれ……もがいていた腕の動きが止まってしばらくして、肉は形を取り始めた。

 人の様な形をしているけれど、ブヨブヨとした肉体をしているが君の二倍の体格を持つモンスター。

 初めて見るそのモンスターに君は警戒を露にしながら見つめる。


「あるじ、手伝う」


 モンスターと対峙する君の元へとミルクが近付き、小太刀を構える。

 そんな彼女に礼を言って、君は剣を構えた。

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