まとめ29 冒険者・4

 草原が見える人の行き来で踏み固められた道をわたしたちは歩きます。

 門番の人に尋ねたところ、森はこの道を歩けば良いそうです。

 久しぶりに歩く外は何というか新鮮な感覚です。

 ……まあ、家の庭や畑の手入れを行っているので何時も通りな気もしますけど、風情があると思うことにします。

 そう思いながら道を歩き続けていると時折わたしたちをチラチラ見る人たちが居ることに気づきました。

 一瞬どうしてかと悩みました。

 ですがすぐに見られている理由に気づきました。

 だって、サンズ以外は全員メイド服姿の女性ですから、この集団はなんだろうとか大丈夫なのかという心配が込められた視線だと理解します。

 ……うーん、今度相談したほうが良いでしょうか?


「はい、ちょっと待ったー」

「え……なんですか?」


 考えていると突然サンズがわたしたちを呼び止めました。

 どうしたのかと思うとわたしたちに向こうを見るように言いながら草原のある方向に指を向けました。

 その方向に視線を向けると……プルプルとした半透明の赤い物体が草原に数体いるのが見えました。

 あれって、ハンゲショウですよね?

 半透明の赤い物体の頭の上から伸びるツインテールを見ていると、あの出来事を思い出してしまい……顔が熱くなります。


「ん? どうかした?」

「っ!? い、いえ、何でもありませんよ! それで、ハンゲショウがどうしたんですか?」

「森に入る前の練習がてら、君たちで倒してくんない?」


 わたしがサンズに尋ねると、彼女はさらっと言います。

 その言葉に驚きつつも、ミルクとココアを見ると唖然としている表情をしていましたが……すぐにやる気に満ちた表情に変わりました。


「フィンねぇ、あたし戦ってみたい」

「オレも戦ってみたい! 良いか、フィンねー!?」

「えっと……、まあ……戦ってみましょうか」


 2人の勢いを止めることが出来ず、わたしは結局頷きました。

 すると2人は飛び出すようにして草原にいる数体のハンゲショウへと近付きました。

 っと、見ててはいけませんよね。わたしも少しは近づかないと。

 2人に遅れてわたしも草原へと入ります。

 ちらりと後ろを見ると……サンズは道で待っているのが見えます。

 つまりは本当に小手調べっていうことなんですね?

 そう思いながら、わたしは射程範囲まで近付くと2人に呼び掛けます。


「2人とも、初めてのモンスター戦ですが初めは何時も通り行きましょう!」

「ん、わかった」

「りょーかい!」


 わたしの言葉に返事を返しながら2人は武器を構えます。

 一方でわたしたちが狙いを定めているハンゲショウたちは襲われるとは露とも思っていないのか、先ほどの場所から移動せずにピョンピョン跳ねています。

 人畜無害といった感じですね。でも増えると面倒なのでしょう。

 そう思いながら、ココアが大盾を構えるのを確認してからわたしは弓を構えます。

 ミルクを見ると金串を手に頷くのが見えたので、わたしも頷き返します。


「では、行きます」


 わたしは合図として魔力の矢を放ちました。

 矢は素早くハンゲショウの元へと向かい、ハンゲショウへと命中……


  →しました。

   しませんでした。

   ツインテールに弾かれました。


 パンッ!と放たれた矢がハンゲショウに命中すると、半透明な物体は弾け飛びました。

 それを見た他のハンゲショウが恐怖を覚えたのか、ぽよんぽよんとその場から立ち去ろうと飛跳ねて逃げ出します。


「逃がさない」


 逃げ出したハンゲショウを追いかけながらミルクが金串を投げ付けます。

 金串はハンゲショウに突き刺さりましたが、痛みを感じていないのか金串を刺したままぽよんぽよんと逃げ続けます。


「串、返して」


 このままでは金串を持って行かれる。

 そう判断したのかミルクは小太刀を抜きながら、逃げるハンゲショウへと近付くとその胴体を斬りました。


「ん、やった」

「うえ、もう終わったのか? くそー、何にも出来なかった!」


 金串を回収するミルクを見ながら、戦いが終わったことを悔しそうにココアは言います。

 そんな2人を見ながらわたしは首を傾げました。

 こんなにあっさり終わったことが疑問で仕方ありません。

 ご主人様との訓練のほうが厳しかったのに。


「3人ともー、初めてのモンスター退治はどうだったかな?」


 悩んでいるとサンズがいつの間にかわたしに近付いており、ニコニコとした笑みを浮かべています。

 ……その笑みで物凄く嫌な予感を感じました。

 ですが、初めてモンスターを倒した2人はとても嬉しそうに笑顔を向けます。


「らくしょーだった」

「オレの出番が全然なかったー!」

「そっかそっか。それじゃあ、討伐証明のツインテールを回収したら森のほうに行こうか」

「採取依頼と、駆除依頼……ですね?」

「うん、そうだよ。普通にやれば大丈夫だから簡単に終わるよ」


 サンズはそう言います。

 ……気を付けないと。

 彼女の笑顔にわたしは森での行動に気をつけることを考えながら、ハンゲショウのツインテールを採取するためにハンゲショウの死体を漁ります。

 死んだハンゲショウはブヨブヨとした半透明なままなのですが、徐々に黒ずんでいるように見えました。

 鮮度が一気に落ちている、ということでしょうか?

 そう考えながら、わたしは採取したハンゲショウのツインテールを採取用の袋の中へと入れます。

 ミルクとココアも終わったのか、2人とも満足気に見えます。


「さ、それじゃあ行こうか」


 サンズの言葉に従い、わたしたちは今度こそ森に向けて道を再び歩き出しました。

 途中、看板があり、それを見ます。

 そこには真っ直ぐ行けば森に到着することが書かれており、分かれている道はそれぞれ別の村や町に向かうことが書かれています。

 どんな場所なのか少しだけ気になりますが、今は森に行くので真っ直ぐ進みます。

 森に進んでい行くに連れて、度々見かけていた人の量も減っているのに気づき、周囲を見ます。

 時間が時間だからでしょうか? 道を行く冒険者もあまり見かけません。……それとも、初級冒険者はあまりいないのでしょうか?

 そんな疑問を感じながら、森の中へと入ると空気が変わりました。


「っ!? これは……」


 清浄な空気を感じると同時に、何というかネットリとした嫌な感じ。

 そんな空気を感じながらサンズを見ると、口元に指を当てています。

 何か考えている?


「んー……、まあ一応やってみるか」

「あの、サンズ?」

「ああ、大丈夫大丈夫。とりあえず薬草を探してねー。で、時折モンスターを見つけたら倒すなり隠れるなり好きにして良いよ」

「わ、わかりました」


 サンズの言葉に頷き、わたしはココアとミルクを見ます。


「2人とも、薬草採取をしましょうか」

「ん、わかった」

「どの草を取ればいーんだ?」

「そうですね……」


 周囲を見渡してみます。ですが、森の入口だからか目的の薬草が見当たりません。

 もう少し奥、でしょうか?

 そう思いながら奥に進むと、木の下に目的の薬草を見つけました。


「ありました。この薬草を集めるんです」

「この草? くんくん、スーってするなー」

「すんすん、面白いにおい」


 抜いたそれを2人に見せると、彼女たちは薬草のにおいを嗅ぎ始めます。

 特徴的なにおいでもあるのでしょうか?

 彼女たちの行動に苦笑しつつ見ていると、視線を感じました。


「「っ!?」」


 2人も感じたのか、尻尾が警戒するようにピンと立ちます。

 そして、体を起こすと誰に言われること無く、武器を構えました。


「2人とも、あまり離れないようにしてくださいね?」

「ん、わかった」

「フィンねーこそ」


 わたしの言葉に返事を返しながら、2人は周囲に気を配ります。

 わたしも弓を構えてすぐに放つことが出来るようにしていますが……サンズはどうしたのでしょうか?

 チラリと彼女を見ると、何時の間にかその姿はありませんでした。

 多分、手を出すつもりは無いと言う現れでしょう。

 そう思いながら、ジッとしているとピクリとミルクの耳とココアの鼻先が揺れました。


「フィンねぇ、息が荒いからそろそろ来る。それとも、燻り出す?」

「片方はオレが押さえるから、先に倒してくれよ」

「分かりました。ではミルク、お願いします」

「わかった。――てりゃ」


 わたしがお願いすると、ミルクは金串を鬱蒼とした茂みに投げ付けました。

 瞬間、「ぐぎゃっ!!」と悲鳴と共に二足歩行をする動物が姿を現しました。

 特徴からしてこれがコボルトでしょう。そう思いながら、わたしは矢を放ちました。

 放たれた矢はコボルトの頭部に命中し、倒れました。

 それを皮切りに、複数のコボルトが飛びかかるのが見えたのと同時に背後から「「ぐぎゃーーっ!」」と雄叫びが聞こえ、視線を向けると緑色の体をした子供ほどの大きさの存在が見えました。

 多分ゴブリンですよね?


「ココア、無茶はしないでくださいね!」

「分かってるよ! さあ、かかってこい!!」


 わたしに返事を返しながら、ココアは迫り来るゴブリンに対して大盾を構えます。

 ココアを信頼し、わたしはコボルトを相手にすべく弓を引き、矢を放ちました。

一匹、二匹と矢が命中しますが、素早く動き回るために狙っている箇所に刺さりません。

 これが、実戦ということですか……。

 ご主人様との訓練とまったく違う。

 そう心で思いつつ、わたしは矢を放ち続け、撃ち漏らした敵をミルクが小太刀で仕留めます。

 というか、何匹も倒してるはずなのに数が減らないし……逃げる気配もありません。

 いったいどうして!? モンスターの行動に戸惑いを覚えながら矢を放ちます。

 そんな中、わたしはモンスターたちがわたしたちに向ける視線の正体に気づきました。

 その視線の正体、それは……、


   殺意だった。

  →肉欲だった。

   虚無だった。

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